第48話

 おそらく最後の衝突になるであろう予感をさせつつ、ザシャの軍勢はゆっくりと歩みを進めてきていた。


 デニスの軍が新神教兵に矢を射かけるも、相手は怯みもしない。新神教兵はすぐ傍で仲間が倒れても整然として前へと出てきた。


「狂信者どもめ……」


 ザシャは降り注ぐ矢を、天にかざした右手で霧散させ、新神教兵達と共に馬防柵を乗り越え始めるのであった。


「カンタン! ヨーゼ! ゴロウ!」


 デニスは最も信頼に置く4人のうち、3人の名を呼ぶ。


「戦いが終わったら一番いい酒をやる。俺のおごりでな!」


 デニスのそんな傭兵みたいな物言いに、3人は笑う。


「僕はあまり酒が強くないですけど、少しだけなら付き合いますよ」


 カンタンは少し恥ずかしそうに笑いながら、ベガルタと鉄製の盾を構えた。


「魔王討伐の時もそれを聞いたな。今回はちゃんと盃(さかずき)をもらおう」


 ヨーゼは兜の仮面を下ろし、大剣を持ち上げた。


「東方の酒がないのは不服でござるが、それで手を打とうでござろうか」


 ゴロウは大太刀を正位置に持ち、精神を研ぎ澄ませ、集中した。


 デニスは後ろの3人を確認した後、手を胸元に置いて空に軽く印を刻むのであった。


「原神が生み出し空と大地の元、我らの行く末を見守りたまえ……」


 デニスは小さく祈りをささげると、しっかり前を向いた。


「さあ、一番槍は誰かな! 全軍、突貫!」


 デニスが初めに駆けだすと、それにカンタン、ヨーゼ、ゴロウ、そして背中の仲間たちが続いた。


 両軍がぶつかる時、最初の一太刀を浴びせたのは意外にもゴロウだった。どうやら獣人族の脚力はデニスよりも上手らしい。


「ハアッ!」


 ゴロウは正位置の刀を軽く振り上げると、ザシャの横にいた新神教兵の兜を叩き割った。


 ザシャは呑気に仲間の頭から噴出する鮮血を浴びながら、あくびのでるような仕草で右手を伸ばしてきた。


「させるか!」


 だがデニスの槍がザシャの右腕の付け根を狙うと、ザシャは腕を引っ込めて左腕の大鎌『アダマスの鎌』でガードした。


 2人が交錯する瞬間、神器と神器、刃と刃で火花が走る。


 その間にも遅れて新神教兵とデニスたちの混戦兵がぶつかり合い、ついに白兵戦が開始された。


 デニスはそのままザシャをカンタンたち3人で迎え討とうとするも、敵軍にその隙は無い。


 カンタン、ヨーゼ、ゴロウ共に目の前の新神教兵に敗けずとも苦戦を強いられていたのだ。


「おっと、よそ見が過ぎるじゃねえか」


 デニスが戦況を伺っているとザシャの右腕が伸びる。


 デニスはザシャの先の行動から右手のサインの力は腕に効力がないと推測し、回転させた槍の柄でザシャの肘を弾く。


 それはかなりリスキーな賭けであったが、予測通りザシャの右腕を強かに打ち付け、軌道を逸らせた。


「何だ。だんだん理解してきたじゃねえか」


 ザシャは体勢を戻す反動で、今度は左腕のアダマスの鎌で攻撃を仕掛ける。


 これをデニスは身体を捻り槍で受け流し、アダマスの鎌は地面に突き刺さった。


「ふんっ!」


 デニスは槍を持ち直し、ザシャの胸の中心を狙う。しかし、その槍さばきはある違和感によってザシャの左脇に流れてしまった。


「神器解放だ」


 よく見ればデニスの神器である『ボー』に透明な鎖が繋がれている。軌道が変更されたのはこの鎖に引っ張られたためだった。


「近接戦闘でも打ち込めるのか!?」


 デニスはアダマスの鎌と繋がっているボーを無理やりに引きながら後ろに下がる。それから鎖を打ち壊すように槍を捻り、刃先をぶつけた。


 すると透明な鎖に手ごたえがあり、楔(くさび)が外れた。どうやら攻撃は受け付けるようである。


「なら……」


 デニスは近くで横たわっている新神教兵からウォーハンマーを奪うと、素早くザシャへ投擲する。


 ザシャの方は適当に投げられた武器を避け、視線をデニスに合わせたまま嗤った。


「おいおい、どこを狙ってんだよ」


「馬鹿言え。後方注意だ!」


 デニスのサインの力は武器を遠隔する能力だ。ザシャの後方に飛んでいったウォーハンマーは旋回し、今度はザシャの背中を狙う。


「ちょこざいな!」


 ザシャは振り向きざまに右腕を払い、後ろを狙ったそれをサインの力で破壊した。


「隙あ――」


 デニスはザシャの懐に踏み込んで槍を突き立てようとするも、直感で後ろにさがる。


 そのデニスの残影を抉る形でアダマスの鎌が半円を描いて下方から飛び出してきたのだった。


「おしいおしい。隙ってのはこうやって作るもんなんだよな」


 ザシャはどうやら大鎌を後足でけり上げて回転させたようだ。しかも大鎌と左腕は透明な鎖で繋がれており、すぐにザシャの手元に戻ってきた。


「へえ、便利な神器解放じゃないか」


「そちらこそまだ神器解放をしていねえじゃねえか。本気を出すなら奥の手をさっさと出しやがれ」


 ザシャは挑発するように手の平をひらひらさせた。


「ああ、そうだな。どうせ時間はかけられない」


 デニスは右肩に槍のボーを乗せ、投げやりの構えをした。


 それに対してザシャは右手を向け、受け止める体勢をするのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る