第17話

 鬱蒼とした西の森は茂みが多く、僅かな獣道は馬が1頭やっと通れるかの悪路であった。


 そんな細い獣道を、馬に乗ったカンタンが行く。その後ろには誰も乗っていない馬が1頭ついて歩いていた。


 そんなカンタンの様子を草木の間から覗く男が1人。男は身体には鎧を身につけ手には短い槍を持ち、姿を隠している。


 男はカンタンを襲うつもりのようだ。男は葉が擦れる音や姿で察せられるのを注意して、カンタンの先に回り込もうとしていた。


「3人目」


 男の耳元で短く声が呟かれたかと思うと、その胸を貫き赤い槍の穂先が突き出した。


「がっ!」


 男の断末魔にカンタンは気づき、そちらを向く。そこには男の胸を刺し貫いたデニスが男の背後から現れた。


「す、凄い!」


「この程度放浪の旅で野頭に襲われたときに比べれば簡単さ」


 デニスはついに絶命した男から槍を抜くと、片手で丸と十時を空に描いて男の来世を祈った。


 デニスとカンタンは今、西の森を抜けて斥候が見つけたという200の軍勢を確認しに行く途中だった。


 その道すがら、デニスが予想した通り既に相手の斥候が森に隠れていたため、カンタンを囮にデニスが始末していたのだ。


「まだまだいるだろうが全員は殺しきれない。斥候狩りはこのくらいにしてさっさと西に向かうぞ」


「はい!」


 デニスはカンタンの後ろにいた馬に自分を乗せると、歩きより少し速い駆け足で小さな道を進みはじめた。


「それにしてもこちらの斥候班に被害がでなくてよかったですね。遭遇したら一たまりもなかったでしょうに」


「どうせただの農民だと思ったんだろう。こちらの装備は村を抜けたそのままだからな」


 デニスの言う通り、斥候班の村人は農具と急造の木の盾を持っただけの兵員だ。鎧で姿形を固めた兵士たちにはよくて反乱農民にしか見えないだろう。


 そんな金も持たないただの農民にすき好んで挑む兵士は少なくともこの世にはいない。


「相手は討伐軍か、そのはぐれものだろう。金や食い物に目がなくても極力人殺しはしないはずだ。それが例え魔族だとしてもな」


 デニスたちが向かう西の森の外れにいるのは、おそらく王国騎士団と討伐軍の一部だ。飢えた討伐軍を上手くまとめた王国騎士団の団長、ヨーゼがその指揮を取っているのだとデニスは考えいてる。


 デニスたちはやっと西の森を抜けて少し小高い丘に出る。そこからは延々と続く草原が視界いっぱいに広がっていた。


 そして重要なのは、緑のカーペットの上を行く無数の人の群れだ。


「歩兵が150。騎士が50くらいか。妥当な構成だな」


 デニスは一目見ただけで軍勢の規模を測る。軍勢は縦列を組み、歩兵を中央に並べて騎士たち騎兵が横を固めている。


 これなら素早い機動戦にも対応でき、更に脱走兵を減らす監視網を作るという利点があった。


「カンタン、例のものを」


「は、はい」


 カンタンは馬にくくりつけていた棒と布を天に振りかざす。


 それは旗だ。白い生地に黒の円を射抜く十時が象徴的な見た目をしていた。


「さて、どうでる?」


 軍勢はこちらの旗を目視したらしく、別の動きを見せる。縦列の隊列を横に広げ、横陣になろうとしているようだ。


「こちらに気づいたようだな。まずまずだ」


 デニスがここまで来たのは何も偵察のためだけではない。自分の姿を見せつけて軍勢の行軍をすこしでも抑えるのが目的だった。


更に、デニスの登場は向こうに別の反応を与えたらしい。


「デニスさん。こちらに誰か来ます」


 軍勢から離れ、騎兵の1人が先行してきたのだ。


「交渉役だろう。だがいまさら何を話そうってんだ?」


 デニスが不思議そうにしていると、騎兵はデニスたちの前に止まった。


 騎士は磨かれた白銀のフルアーマーを見せつけ、馬の上から高らかに名乗った。


「そちらの馬の者! 貴殿をデニス・リーツマンとお見受けする。間違いないな」


「ああ、俺がデニスだ。そちらが言うところの反逆者のな」


 デニスが皮肉を言い返すと、騎士は得に反応もなく目的を告げた。


「リーツマン、貴殿に恩赦の提案をしにきた」


「恩赦だと?」


 デニスが首を傾けていると、騎士は構わず話を続けた。


「国王様は魔王の討伐後ちりぢりとなった討伐軍を気にかけていらっしゃる。リーツマンはこれを速やかにまとめあげ、彼らを無事に領地へ戻したまえ。その後王国中心部に来れば……」


 騎士がそう告げている最中に、デニスは大声で笑って言葉を遮った。


「反逆者の俺に討伐軍をまとめて戻れと? 無事に彼らを帰したところで恩赦なんぞ反古(ほご)にするつもりだろう? 馬鹿にするのも対外にしろ!」


「な、なにを! これは王命であるぞ!」


「その王命で汚名を被せたのはどこのどいつだ! 寝言は寝ていえと返答しておけ!」


 騎士はその答に顔を真っ赤にすると、それ以上何もいわず引き換えしてしまった。


「いいんですか? あんな返答をしても」


「いいんだよ。どうせ討伐軍が統治するはずの魔族の領地や人族の領地を略奪するようになったんだろう。もしくは盗賊に身を落としたか。どちらにしろ今更討伐軍を再建するのは無理だよ」


 デニスは憎々しげに吐き捨てると、横に1本の線を引いた軍列を見下ろした。


「これからどうします?」


「向こうがこちらの意図に気づくまで粘る。足止めさえすればダンジョンの方の準備は整うはずさ」


 デニスはカンタンへ優しく語りかけると、目の前の軍勢を睨み直したのであった。

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