第15話

 ベガルタで右目を傷つけられた牛鬼はたたらを踏み。痛みに呻(うめ)いていた。


「ぐおおおおお!」


 牛鬼は右目に刺さったベガルタを取り除こうとするも、あまりに小型な剣のため太い指ではすぐに摘めないようだった。


「勝機!」


 デニスは横たわった身体を起きあげ、一挙に牛鬼との距離を縮めた。


「姑息! 姑息!」


 牛鬼は片腕で金棒を振るい、デニスを追い払おうとするも死角に回り込まれてうまく当たらない。


 ただしデニスの方でもままならぬ事態があった。


「ちっ。武器を壊しやがって」


 デニスは牛鬼の一撃で粉砕されてしまった石斧やこんぼうを操ろうとするも、動かない。


 デニスのサインの力では破壊されて細かくなった武器までは遠隔操作できないのだ。


「ぬうっ!」


 牛鬼は見えぬデニスに苦戦しつつも、ついに衝突コースの一振りを見舞う。


 しかし片腕のため、あまりにも遅い振りの速度ではデニスに回避されてしまう。しかも、ただ避けられただけではない。


「あらよっ!」


 デニスは軽く空中で身を捻ると、なんと牛鬼の金棒に乗ってしまった。


 そしてそのままデニスは片腕を金棒に触れたのであった。


「ぐぬっ!?」


 その途端、牛鬼の動きが一瞬止まる。


 なぜならデニスが金棒に触れたことで牛鬼の力とサインの遠隔操作による力が拮抗したためであった。


 牛鬼の振りが遅くなったのを皮ぎりに、デニスは金棒から左腕を伝い。牛鬼の顔に走り寄った。


「もう1個!」


 デニスは手に持った槍のボーを軽く放ると、牛鬼の残りの目を潰した。


「がああああああ1」


 牛鬼は再生力があっても痛覚は遮断できないようだ。そのため、致命的な時間をデニスに与えてくれた。


「獲った!」


 デニスはサインの力で剣のベガルタを引き抜くと、巨木のような牛鬼の首を一刀両断したのであった。


 そうして牛鬼の首が丘陵の坂を転がると、子分であるモンスターたちに動揺が走った。


 数の有利があるにもかかわらず魔族の村人たちを放っておいて我先にと逃げ出すのであった。


「俺たちの勝利だ! 勝ちどきをあげろ!」


 魔族の村人たちはデニスの急な言葉にためらいつつも、カンタンを先頭に各々の思いで歓喜の声を上げはじめた。


 勝ちどきは味わった経験のないものには意味がないように思えるかもしれないが、この強烈な成功体験が兵士としての練度に重要だ。


 戦への恐怖、殺しへの罪悪感、それらを薄めて喜びに心を満たせば次の戦いにうろたえる機会は少なくなる。


 ただあまりにもこれに頼ると、蛮族や狂戦士が生まれかねないが、村人育ちの彼らには無縁の心配だろう。


「よしっ。すぐに必要なものだけを持って帰るぞ。昼までに戻れば野営地で食事を……」


 デニスがそういいかけたとき、後ろからむくりと影が伸びてきた。


「デニスさん! 後ろ!」


 デニスは後方の脅威に気づくと距離を取るように飛び跳ねる。


 ただしデニスの素晴らしい判断能力は、この時には役に立っていなかった。


「俺、負けたようだな」


 デニスの後ろで起き上がったのは首を接着し直している牛鬼だ。まさか首を落としてまで生存しているとは思わず、デニスたちに戦慄が走った。


「不死身かこいつは!?」


「違う。俺、日に一度生き返られる。リバイバルのランクのおかげ、便利」


 牛鬼は殺気もなくそう説明すると、あぐらをかいたまま動こうとはしなかった。


「第2ラウンドがお望みならさっさと立て。さもないと」


 デニスは2つの神器だけではなく、牛鬼の金棒を奪って操作しながら問い掛けた。


「戦う。もういい。俺、殺せたのはお前、2人目。降参する」


「意外に潔(いさぎよ)いな。俺たちが命ごいを認めるとでも?」


 デニスが問い掛けると、牛鬼は急に暗い表情で話しはじめた。


「俺、もう疲れた。居場所ないの、もういい」


「居場所がないだと?」


 デニスはひとまず武器を下ろし、金棒に腰を下ろして牛鬼の話を傾聴する選択をした。


「俺、復活と回復できるおかげで、ダンジョン追われても生き延びた。でも、どこのダンジョン行っても、誰かに追われる。居場所が変わるの、俺、辛い」


 つまり牛鬼はこれまで意思に反してダンジョンを転々としてきたようだ。


 牛鬼が話すには信頼できる味方や安らげる場所が頻繁に無くなり、自己肯定心が曖昧となってしまっているようだ。



「俺、心の病かもしれない。夜、悪夢ばかり。昼、朝、辛い。生きるの辛い。戦いだけ、安らげる」


 よほど心労なのか、牛鬼は俯いて動かない。


 デニスは、ふむっと唸ると牛鬼に告げた。


「それはお前が仕えた相手が弱いせいだな」


「!? それ、違う。前のダンジョンマスター、強かった。ただ訪れた奴、もっと強かった。お前の言い方、違う」


 牛鬼は強く反発するも、デニスは首を横に振った。


「いいや、間違ってない。それにお前は思い違いをしているようだ。俺は仕えた相手の力量の話をしていない。お前の主に必要なのは強い生存圏だったんだ」


「生存圏?」


 牛鬼はデニスの顔を覗き込むように話に食いついた。


「そうだ。たとえ主が死のうと生きようと、居場所を失わない強固な生きる場所。それが理想の生存圏だ。お前の仕えてきた主にはそれが足りなかった。だが、俺の作り出す居場所はそれを作り出す」


 デニスは牛鬼に熱弁する。これからの行動方針、具体的な方法、可能かどうかの問題、それらは牛鬼の顔に希望をともすには十分な語り口だった。


「……であるからして。人もモンスターも生存しつづけるに十分強固な絆を作る。心理的にも物理的にも、地政学的にも。それが俺の目的、プロデュースなのさ」


「プロデュース、か」


 牛鬼は少し明るくなった表情でデニスに尋ねた。


「俺、それに参加したい。いいか?」


「もちろんだ。強い奴も弱い奴も、意思ある者の参加は大歓迎だね」


「そうか。なら俺、そこで骨を埋(うず)める。どうせもう他の宛てない。なら最後の賭けに出る。だが忘れるな。お前の言う、嘘ならただじゃおかない」


「その時はどうぞご自由に。俺がいるかぎり叶わない話だがな」


 牛鬼は座ったまま、デニスに手を差し出す。


 デニスは牛鬼の指に触れ、その意思を受けとるのであった。

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