ダンジョンマスターの村人プロデュース~裏切られた勇者はダンジョンにて村人を育成するようです~
砂鳥 二彦
第1話
「王命によりデニス・リーツマンから勇者の権限を剥奪し、身柄を拘束もしくは処刑を執行する!」
魔王城の内部で人族の魔王討伐軍と魔王の部下たちが白兵戦を繰り返す中、デニス・リーツマンは魔王の胸に止めの一撃を食らわせたその直後の出来事だった。
「何っ!?」
玉座に寄りかかった魔王から槍を引き抜きながら、デニスは王命を告げた王国軍騎士団長に問いただした。
「一体どんな罪状で俺を裁くつもりだ? ヨーゼ団長」
デニスという男は燃えるような赤い髪のオールバックに、北国育ちの白い肌と青い目をしていた。また左ほおに丸へ十字を刺したような生まれつきの傷が目立っている。
長身細見に傷の映(は)えるいびつな苦笑いをたくわえ、デニスは魔王の座と亡骸の傍でヨーゼ団長の応えを待った。
「決まっているだろう。貴様の諸方への恫喝や諜報の数々、そして王国への反逆の疑いだ」
「疑い、か」
ヨーゼ団長はフルフェイスにフルメイルで身体を包んだ、きめの細かい金の髪を垂らした女性だ。
開いた兜から見える金の瞳はデニスを断罪するように射抜き、高貴な顔は強張(こわば)っている。それでも小柄すぎる身体は立派な騎士というよりも、おもちゃの騎士のようなちゃちさがあった。
「ようするに魔王を殺したから用済み。そういうことだろう」
「……」
デニスはずっと自嘲気味に笑っていたが、口角を下げた。その目には青い瞳を僅かに潤(うる)ませ、悲しみの色が見えた。
「この半年間、小鬼(ゴブリン)さえ殺せないお前を指導してやったと言うのに、結局これか。ヨーゼ団長、いやヨーゼ。そこまでして王国に奉仕する価値があると思っているのか」
「……黙れ。例え師であろうと、魔王の死後まで討伐軍を維持しようと画策するなど、反逆の意思しかありえない。何故魔王亡き後まで討伐軍を指揮しようなどと考えていた。その討伐軍を一体どこに向けようとしていた!」
「確かに討伐軍の中には王国に不満を持つ分子もいる。だからと言って討伐軍存続の計画はそのためじゃない。俺は――」
「だが反逆の可能性はある。それで貴様を討つのは十分な動機だ。そしてこれは私の考えではない。王からの勅命(ちょくめい)である!」
「ヨーゼ……」
デニスはヨーゼの固い意志を言葉から感じ、説得を諦めた。
「まさかお前から言い渡されるとはな」
デニスは王国に裏切られ、国王に騙された事実よりも。これまで苦楽を共にしたヨーゼがそちら側についた方がショックだった。
ヨーゼならば、例え国王の意思があったとしても何らかの戸惑いやデニス自身への相談があると信じていたからだ。
「準備不足だ。くそったれ」
デニスはヨーゼへの憐憫(れんびん)を覚え、そしてそれ以上に元勇者を討つという汚れ役を命じた国王を憎み、怒りを覚えた。
だがその前にこの状況だ。デニスはいつの間にか魔王の玉座を中心に王国騎士団から取り囲まれていた。
「騎士団には周知の事実、ってワケか」
デニスは歯ぎしりをしつつも、自慢の得物である短槍を構えなおした。
「勇者よ……」
デニスは急に至近距離から話しかけられたので驚く、それはなんと玉座に横たわる魔王からの言葉だった。
「まだ生きてたか。残念ながら今更お前を討つ理由が消えちまった。タイミングが悪かったな」
「その点はいい。どうせ人族などそんなものだ。それにこれはめぐり合わせなのかもしれぬな……」
魔王は息絶え絶えながらも、ある言葉を呟いた。
「我が宿敵よ。もしもまだあがくならば我が娘、エメを頼れ。東の門にいる……」
「娘?」
デニスが訊き返す前に、今度こそ魔王は完全に息絶えてしまった。
「……どいつもこいつも勝手に言葉を押し付けやがって。こっちの都合を考えろよ」
デニスは舌打ちをするも、その嫌みは誰にも届かなかった。
「行け! 反逆者を討つのだ!」
ヨーゼの掛け声により、部下の騎士団たちは勇者に詰め寄る。しかしその勢いはあまり威勢がなく、ジワジワといった風だった。
「早く行け! 全員で掛かれば勝機はある!」
ヨーゼがハッパをかけるも、騎士団たちの動きは鈍(のろ)い。それは元勇者であるデニスを恐れているだけではないようだ。
「相変わらず部下に慕(した)われてないようだな」
デニスが見抜く通り、ヨーゼは女性であるという理由や実績がないという理由で、部下に信頼されていないのだ。それがこの土壇場で如実(にょじつ)に出たのは、デニスにとって好都合だった。
「馬鹿どもめ! ならば私に続け!」
痺れを切らした団長であるヨーゼが先陣を切ってデニスに斬りかかってきた。
デニスはヨーゼが向かってきたのを確認して槍を引っ込める。代わりに背中に担いでいた、円柱を半分に切ったような大盾を構えた。
「よせっ! ヨーゼ!」
デニスは槍と大盾以外にも大振りの短剣と片手持ちの斧を装備している。
だがその中で大盾を選んだのは、デニスの甘さに起因しているものだった。
「戦え反逆者っ! 守ってばかりでは私には勝てんぞ!」
ヨーゼは縦に横に両手剣を振るうも、盾に傷1つ付けられない。それどころか両手剣の方が刃こぼれを起こし、鉄粉が2人の間に舞っていた。
宙に飛び散るのは何も鉄粉だけではない、しょっぱい汗、それに瞼(まぶた)から零(こぼ)れる僅かな滴が混じっていたのだ。
「くそっ」
デニスはヨーゼの身体を大盾で両手剣ごと押し出し、距離を離す。その隙に槍を地面に突きつけ、その反動で華麗に空を跳んだ。
デニスの身体は下にいた騎士の身体を容易く跳び越え、あっさりと包囲網を破ってしまった。
「逃がすなっ! ええいっ! 兵士達よ。反逆者を捕まえろ!」
デニスは周囲でまだ魔族と乱戦を続ける兵士達に呼び掛けるも、疑問符を浮かべた顔を見せている。
どうやらデニスを反逆者とする旨(むね)の情報は兵士全員に伝達されていないようだ。
「兵士に言いふらせば俺の諜報員たちが簡単に盗み聞きできるからな。当然だ」
デニスは再び大盾を構えると、戦いで生まれた剣山の中に飛び込む。大盾で庇(かば)え切れない部分は革とチェインメイルの軽装であるデニスの身体を傷つけるも、その程度なら突破は不可能ではなかった。
「追え! 逃がすなっ!」
デニスは兵士と魔族兵の間を通り抜け、東門へ続く道へと急いだ。その後ろではヨーゼの絶叫にも似た命令が耳に届く。
それはよく響く声で、震えていた。
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