第25話 聖獣と遊ぼう
城に戻ると、早速ジェラルドとアルヴィンは、ダグラス王国に聖獣がとらえられていた経緯を問い正すために、ランドルフ王子たちと話し合いの場を持った。
私が翼の一族の聖女であることがわかり、聖獣の言葉を伝えられるとなると、嘘も言い逃れも通用しないに違いない。
国同士の難しい話は彼らに任せ、私はというと、空っぽになったお腹を満たすことに専念した。
村人たちからいただいた食料を、まずはありがたく食べ、それだけではとても足りなくて、さらに料理を追加してもらう。
「ああー。さくさくしっとりアップルパイを、お腹が大歓迎してるう。このミートパイも、お肉がとろっとろ。バターたっぷりのパイ皮とソースがよく合って、いくらでも食べられちゃう。そこに冷たいミルク! ……うーん、濃くて美味しいい!」
大きな、男性の頭くらいもあるアップルパイと、同じ大きさのミートパイを二つずつペロリとたいらげると、ようやくお腹は落ち着いた。
そこで私は自室を出ると、急いで広い中庭へと向かう。
通常は貴族たちの散歩コースで、季節ごとの花が咲き乱れる、美しい場所だ。
その真ん中の噴水広場に、彼らはいた。
たくさんの貴族たちが集まってざわざわしていたし、野次馬が近寄らないよう、衛兵が警備として取り囲んでいる。
あの不愉快三人娘もいて、私を見ると肘でつつきあって、なにかささやいていた。
「あら、ごきげんよう」
挨拶すると、三人は媚びているような、腹を立てているような、なんともいえない複雑な顔つきになる。
「ね、ねえ、ゴミ捨て場……ではなくって、キャナリー。あなたが、歌声でビスレムを止めたなんて、嘘ですわよね?」
「聖獣と、なにか関係がおありなのかしら?」
「いったいあなた、何者なんですの?」
「変なことをお聞きになるのね」
私は笑って、即答する。
「わたくしは、わたくしですわ」
それだけ言って、三人の前を平然と、すたすたと歩いて行った。
「おい、待て! ここから先へ、行ってはならん!」
「あら、どうして。友達なのよ」
衛兵は改めて私の顔を見て、慌てた表情になった。
「これは聖女キャナリー様でしたか。失礼いたしました、貴方様は、お通ししてよいと命じられております」
「よかった。約束してるんだもの」
そうして私はようやく、彼らと再会した。
「約束どおり、逃げないでいてくれたのね! もうお腹はいっぱいになったわ。ゆっくり遊びましょう!」
私がそう呼びかけたのは、シルヴィとサラだ。
サラは、ポーン、とシルヴィから飛び出して、私の頭の上に乗る。
「あら、駄目よ。髪がくしゃくしゃになっちゃう。ふふっ、耳を舐めたらくすぐったいわ」
頭から肩へ、首の回りへと、ちょこちょこ動くサラが可愛くて仕方ない。
すると自分も構ってくれというように、シルヴィが頭をすり寄せてくる。
「わっふわっふで素敵な触り心地! シルヴィ、あなたお日様の匂いがするわ。……ねえ、ちょっと背中に乗ってみてもいい?」
頼んでみると、どうぞ、というように、シルヴィは身体の片側を、地面のほうに低く傾けてくれる。
私はわくわくしながら、サラを肩に乗せたまま、羽毛でおおわれたシルヴィの背中に乗った。
「ふっかふかの、お布団みたい。それに温かくていい気持ち」
広いシルヴィの背中の上で、私が右に左に転がるその周囲を、楽しそうにサラがぴょんぴょん飛び回る。
「きゅぴい!」
とシルヴィが嬉しそうに鳴き、ばさっ、と翼をはためかせた。
「え? しっかりつかまって、って? シルヴィもしかして、あなた飛ぶつもり?」
うん、というように、シルヴィは首を縦に振った。そして。
「っ、きゃあ!」
ばふっ、ばふっ、と大きく羽ばたきをすると、シルヴィの身体が宙に浮いた。
おおっ、と下で野次馬たちが、どよめくのが聞こえる。
「逃げちゃうわけじゃないんでしょ? いなくなったら、ジェラルドが悲しがるもの」
しっかり大きな背中につかまって、サラとシルヴィに尋ねた私は、どちらからもちょっと遊びたいだけ、という意志を感じ取ってホッとする。
「そうよね。ずっと閉じ込められていたんだから、文字通り、羽を伸ばしたいと思って当然だわ。なにか食べたいものはある? ジェラルドに言って用意しておいてもらいましょうよ」
サラに尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「みゃうあー。みゃーあ」
「お酒か果物? お肉もお魚も食べないの?」
「んみゃ」
「やっぱりそういうところは、普通の猫や鳥とは違うのね。……っていうか、シルヴィ。あなたってむっちりふくふくして、ちょっと美味しそう」
しっかりと抱き着いて言うと、羽ばたきながらシルヴィがビクッとしたのを感じ、私は笑った。
「冗談よ! いくら私が食いしん坊でも食べたりしないわ」
私が言うとホッとしたように、きゅぴぃ!とシルヴィが鳴いた。
「みゃーう、みゃん」
「サラだって食べないわよ。戻ったら美味しい果物を一緒に食べましょうね」
「みああ!」
サラは嬉しそうに鳴いて、私の背中に乗ると、両前脚を交互に動かし、ふみふみしてくる。
小さな脚の、豆粒のような肉球のふにふにする感触がくすぐったいやら愛おしいやらで、私の顔はずっとにこにこしているままだ。
そのうち私は、ぐんぐん遠ざかる地面を眺めるうちに、最高の気分になってきた。
大地には美しい緑が広がり、気持ちのいい風が頬を撫でる。
はるか遠くに、湾曲した入り江が見え、海がきらきら光っているのが確認できた。
「すごーい! こんなに気分がいいことって、初めてよ! 空が近いわ。ああ、海と空ってどこまでも続いて、本当に大きくって広いのね。お日様に反射して、雲が綺麗。ダグラス王国が、すごくちっちゃく思えるわ」
ラミアの家がある森そのものは、結構大きかったが私の行動範囲だけだと、ものすごく狭い部分だ。
私は「自分が世の中を知らない」ということをようやく知ることができた気がした。
これもジェラルドと出会ったおかげだ。
(世界って、本当に大きくて広いんだわ。もっと知りたい。見たことのない景色や、異国の人々の暮らし、音楽や踊り、それに食べたことのないお料理 !)
上空にいくほど、風は冷たく強くなっていったが、シルヴィの羽毛に包まれているので、寒さはほとんど感じない。
「こんなに自由にどこにでも行けるのに、地下なんかに閉じ込められていて、辛かったでしょうね」
羽毛に頬を寄せると、きゅう、とシルヴィが鳴く。
しかし伝わってきた意志は、うつらうつらと眠ったような状況だったので、苦痛というほどではなかった、ということだった。
食事として時々、口の端から酒を注がれていたらしい。
「でも二度とあんなのはイヤ? 当たり前よね、私もジェラルドも、絶対にあなたたちを二度とそんなことにはさせないわ。もとの、グリフィン帝国近くの巣に戻ってもいいし、好きなところに行ってもいいし。……私? そうね、多分、ジェラルドの侍女として、一緒に行くことになると思うわよ」
私の言葉に、サラが喜んで、顔のすぐ横でお腹を見せ、ごろごろと喉を鳴らした。
「そう。そんなに私の歌を気に入ってくれたの。じゃあ、なにか歌おうかな」
私は言って、お気に入りの歌を口ずさんだ。
そうするとなんだか、自分が大空を飛ぶ鳥になり、さえずっているような気持ちになったのだった。
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