ホッとした

黒猫

第1話 電車に轢かれそうになったハウルの城

 空き缶を集めているおじさんに遭遇すると、かつて自転車の荷台に空き缶をハウルの城の如く積み上げていたおじさんの事を思い出す。

 15年ほど前のことだ。会社に行こうと線路沿いを歩いていると、ゆらゆら揺れる得体の知れない物体が線路の向こうに見えた。

「なんじゃ、ありゃ?」と思うや否や踏切の信号がカンカン鳴り出した。

その得体の知れない物体は猛スピードで踏切に近づいてきた。そのお陰で、得体の知れない物体の正体がすぐに判明した。

 おじさんが自転車の荷台に空き缶を高々と積み上げた城だった。キコキコ走るたびに空き缶の城は左に右に揺れていた。そう、まるで宮崎駿監督の「ハウルの動く城」の様な動きをしていた。あそこまで、派手では無かったが。。。インパクトは絶大だった。

 命知らずにも、おじさんはそのまま踏切を突っ切った。1本目の遮断棒が、城の天守閣にわずかに触れた。それだけで自転車は、よれよれとバランスを失ったが、間一髪のところで、線路を通りすぎた。しかし、2本目の遮断棒の手前で、おじさんが運転していた自転車は横転してしまった。

今、余裕をかまして当時の実況を文章で実況しているが、一部始終を見ていたその時の私は、頭が真っ白になったものの、

「人命救助! 防げ電車事故!」

を、旗印におじさんに慌てて駆け寄った。そして、自転車とハウルの救出作戦をおじさんと共に遂行し、どうにかこうにか、横転した空き缶の城と自転車を遮断棒の外に出した。一大目標を達成することができ、大事には至らなかった。

 ここまでは良かったのだが、次なる試練が私の頭を悩ませた。

「ハウルの城を、どうやって起こすんだ?」とりあえず隊長(おじさん)に「どうしますか?」と指示を仰いだ。

すると、隊長はハンドルを指差し、

「そっち、持っといて」と言ったので指示に従った。隊長は、慣れた手つきで見事に自転車とハウルの城を立て直した。


やれやれとおじさんと別れて数分後、とんでもないことを思い出した。そうえばおっさん、私が手を出した瞬間に、こう言った。

「遅いんじゃ!」

な、何で私なん。無茶したん、おっちゃんやん。。。と、ちょっとイラっときた。執念深い私が、後で思い出すくらい、あの時は慌てていて、あの時はどうでも良かった。

普段であればこの様な仕打ちを受けると、心が狭く執念深い私は、職場の同僚に、この恨言をを言い触れ回っていただろう。

 だが、あの日の私は、そうはしなかった。

 なぜなら、おじさんは「ありがとう」と照れ臭そうに立ち去り際に言ってくれたからだ。そして、おじさんは、再びゆらゆらハウルの城を揺らしながら走り去って行った。


「ありがとう」

 大切な言葉である。


 遠ざかるハウルの城を眺めながら、不思議と爽やかな気持ちで駅に向かった。

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