告白の日
日諸 畔(ひもろ ほとり)
前編
携帯電話からけたたましい電子音が聞こえる。私は目覚ましがわりのアラーム音で目を覚ました。狭いワンルームの四分の一ほどを占拠するベッドから這い出す。
今日は私の誕生日。
とはいえ、就職してからというもの、特別に祝ってくれる人などおらず、何事もなく会社に行くだけだ。
ただ、今年は心に決めたことがある。
「告白するぞ」
いつも通り、最低限の薄化粧をしながら鏡に向かって呟く。声に出さないと、覚悟が消えてなくなってしまいそうになる。
彼と知り合った二年前の春を思い出す。問題の相手は、同期入社の男性だ。
同期といっても、私は新卒で彼は中途入社だ。ちゃんと年齢を聞いたことはないが、たぶん十歳近く年上だ。たまたま四月の入社だったので、同じタイミングで一週間の新入社員研修を受けていただけの繋がり。
当然なのだけど、新卒の男の子とは違って彼は大人だった。発言のひとつひとつに説得力がある。私はたぶん彼に対して、憧れに近い感情を持っていたのだと思う。
それが恋だと確信したのは、研修から半年後のこと。今からだと、約一年半前。
新卒の私たちと違い、中途入社の彼はすぐに社内プロジェクトに配属されていった。それで私と彼の接点は消えてしまった。
同期の飲み会が企画された時、どうしても会いたくて、彼にも声をかけることを強く主張した。彼ならきっと大人としてうまく仕事をこなしていると信じて疑わなかった。
久しぶりに会った彼は、私の期待とは逆にひどく疲れた顔をしていた。しれっと隣に座り話を聞くと、配属先では即戦力が求められていて、なかなか辛い立場にいるそうだ。
恥ずかしそうに、無理をして笑う彼を私は好きになった。
お酒の力を借りて、彼には恋人がいないという情報と、プライベートな連絡先を手に入れた。
それ以降、私たちは飲み友達のような関係になった。月に一回程度、会社近くの居酒屋で愚痴を言い合う。同じ部署の人には言えないようなこともたくさんあったらしく、社内での接点が少ないことが有利に働いた。
はじめの数回はいろいろ期待をして、新品の下着を用意したりもしたが、私のような小娘は眼中になかったようだ。
想像を膨らませて奮発したのに、無駄になってしまった。それでも、彼にとっては息抜き、私にとっては至福の時間だった。
そんな友人とも恋人とも呼べない関係が一年以上続いた。彼には私の誕生日を教えていないし、聞かれてもいない。
つまりは、女として意識されていないということだ。
そして今日、私の二十五才の誕生日こそは、曖昧な関係に終止符を打とうと決意した。
必ず女として意識させてみせる。そう意気込んで家を出て、朝の満員電車に揺られている。
簡単なことだ。彼に『金曜日だし、今日飲みませんか?』とメッセージを送るだけだ。
しかし、私の親指は送信するのをためらっていた。
結局送ることができないまま、会社の最寄り駅に着いてしまった。家を出た時の決意はいったい何だったのかと、自分を問い詰める。
その時、左手に握り締めていた携帯電話が震えた。通話ではなく、メッセージの着信だ。それも、彼からの。
恐る恐る、メッセージを開く。
携帯電話の画面には『金曜だし、飲みにいかね?』と、表示されていた。
私は飛び上がるような気持ちで、会社まで歩いた。
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