第二章「警告」
ようこそ千集院ゼミ交流会へ
日曜日。時刻は午前九時五十分。
綾人は前々から誘いの予約があったので、近くの公園で待ち合わせをしていた。二人を待つ間、ノベルレンズで本でも読むことにしようかと綾人がベンチに腰掛けていると、さっそく私服の嵐がやってきた。
薄緑の緩いカーディガンに肌色のチノパンを履いた嵐は、片手に文庫本を持っていてもう片方の手を大きく振っている。
「おはよう。待った?」
「いや、今来たとこだ」
「そっか」と言って嵐も綾人の隣に座った。
「茉希歩ちゃんはまだだね」
「ああ、それより今日はどこに行くんだ?」
「ええっとね、今日は僕と茉希歩ちゃんが小5くらいから通っていた創作塾の先輩たちがいる交流会に行くんだ」
「創作塾? 交流会?」
「うん、この学校に入る前に千集院ゼミっていうところに通っててね、色々と創作について学んでいたんだ」
「千集院ゼミってここの千集院と関係しているのか?」
「そうそう、千集院隼人理事長が作った創作塾。月謝払って、授業受けて、時々コンテストに応募したりね。あとは有名な小説家の人とかがたまに講師として来てくれたりするんだ」
「へえ、凄いな。創作塾なんてのが世の中にあることを初めて知った」
「でもあれだよ、例えるならピアノ教室とか習字教室みたいな感じだから別にそこまで厳しいとかもなかったし、普通に部活とか勉強で辞めていく子も結構いたからね。それに学院へ入学出来たゼミ出身の子たちって僕と茉希歩ちゃん以外にもあと数人くらいしかいないんだ」
「そうなのか、てっきり千集院のコネみたいなので入学出来るのかと思った。それに確か嵐の父親は小説家だろ? 優遇されたりはしないのか?」
「全然、普通に皆と同じように一般入試受けて、たまたま合格出来ただけだよ。当然、落ちた子もいる。でもここの学院って一応、特待生推薦枠もあるらしいんだって、知ってた?」
「ああ、勝俣がぼやいてたのをたまたま聞いただけなんだがな。入試かなんかで才能が認められた生徒にのみ学院側から600万の学費が免除されるとか何とか」
「そう、僕も入学する直前になって知ったんだけど僕の兄さんもその特待生推薦枠なんだって……」
気恥ずかしさを隠すように頭をかいた嵐。
「そういえば嵐って次男坊だって昔言ってたな……」
「うん。兄さんは僕なんかとは比べ物にならないくらい優秀だったから。僕は雷電家の落ちこぼれみたいなものだから……」
苦笑いを浮かべる嵐の表情にはどこか寂しい雰囲気が漂っていた。
「兄貴は何期生?」
「確か五期生だよ。僕より六つも年が離れてるから」
「結構離れてるんだな。そういえば、嵐は入学式の時に壇上に立っていた二年の千集院蓮とは知り合いなのか?」
「塾で何度かだけ見かけたことはあるけど殆ど関わりはないんだ。蓮さんは僕たち一般クラスとは違って、特進クラスってのに入ってたから。特進クラスは僕たちが通っていた一般クラスとは曜日も日数も違うからね」
「特進クラスなんてものもあるのか」
「うん、勉強と一緒で本当に才能がある生徒だけが入れるクラス。ある日突然講師の人に呼ばれたら行けるらしいんだけど、残念ながら僕たち一般クラスからは誰も特進クラスに行けなかったんだ。で今日はね、その蓮さんが学院内で立ち上げた研究会の交流会に行くんだよ」
「そうだったのか」
「ごめん、嫌だった? 先輩が知り合いも大歓迎って言ってたから茉希歩ちゃんと相談して是非綾人君も誘おうよってなったんだけど……」
「いや、大丈夫だ。誘ってくれてありがとう。だがその茉希歩は全然来ないんだが」
「そうだね……」
公園に設置されている時計の針は既に十時五分を過ぎている。その時だった。
「ごめ〜ん〜寝坊しちゃった〜」
茉希歩は小走りして公園に入ってくる。ベージュのトレンチコートに白のパンツに黒いヒールを履いている。いつもは整えられているショートボブが急いできたせいか、少し乱れていた。
「おはよう茉希歩ちゃん。髪が大変なことになってるよ」
「え、嘘、やだ。綾人いま笑ったでしょ」
「別に笑ってないけど」
茉希歩はスマホをインカメラにして髪型を直した。
「それじゃ行こっか」
三人は近くのバス停に向かい、バスに乗った。道中の話題は必修試験について色々なことを話し合った。気づけば大型ショッピングモールやスーパーなどがある商業施設の近くが見てきてそこで降りた。
三人はそのまま少し歩いて、近くのホール会場につく。エントランス付近にはちらほらと学生らしき者たちがうろちょろしている。
「ここだよ」
嵐はそう言って、受付の人に声をかけた。
「中に入って良いって」
三人は一枚のパンフレットをそれぞれ受け取り中に入る。綾人はパンフレットを軽く見ながら二人の後についていく。
【ようこそ千集院ゼミ交流会へ】
その内容は時候の挨拶からはじまり、ゼミに所属するメリットがつらつらと書かれていて、最後に創設者千集院蓮のコメントが寄せられている。
「うわ〜パーティーみたい。もっとお洒落してくればよかった。あ、ねえねえ二人ともあのチョコレートタワーみたいなの見てよ!」
ホール内には生徒たちが70人前後いて、あちこちで会話したり、美味しそうな食べ物を食べたり飲んだりしている。
「ちょっと待ってよ、茉希歩ちゃん!」
さっそく茉希歩がチョコレートフォンデュを食べようとしていて、嵐と綾人もとりあえずついて行こうと目を合わせたときに、さっそく一人の男子生徒が、茉希歩に近づいて喋りかけていることに気づいた。
「おい嵐。茉希歩、さっそく誰かに絡まれてないか?」
「え、ほんとだ……あ、でも大丈夫だよ」
「うん?」
二人は茉希歩と男子生徒まで近づいていく。
チョコレートのせいで赤色を見失ったイチゴを、茉希歩は幸せそうに頬張りながら男子生徒の話しをうんうんと頷いている。
男子生徒は二人の存在を認識し、主に嵐に手を軽くあげて挨拶した。
「お久しぶりです。廣澤先輩」と嵐は廣澤に向かって軽く会釈する。
「久しいな、雷電。入学おめでとう。元ゼミメンバーが学院に入学してくれてとても嬉しいよ。だが早川の奴、チョコレートの方が俺との再会の挨拶よりもずっと大事らしい」
「アハハ、すいません。もう茉希歩ちゃん、廣澤先輩に失礼だよ」
「だって、チョコ、やばいよ、あーちゃんも綾人も早く食べてみてよ!」
廣澤は綾人の方を見た。廣澤は紳士的なスーツを着こなして、髪をオールバックに流している。嵐がその視線に気づいて、さっそく綾人が幼馴染で同じクラスだと紹介する。
「どうも、宮風綾人です」
「ああ、宜しくな宮風。二年の廣澤(ひろさわ)匠(たくみ)だ。ゼミでは必修試験後や長期休暇時には、色々とイベントや勉強会を用意している。今日みたいな交流会もあるから是非お気に召したら参加してくれ。ゼミはいつでも君を大歓迎するよ」
「ありがとうございます。考えておきます」
「ああそうだ雷電、確か早川って純文が得意分野だったよな?」
「はい、それがどうかしたんですか?」
「まだ先にはなるんだがな、六月に【名人】をかけたタイトル戦があるんだが、それに向けて今予選作品を募集してるんだ。もし良かったらと思ってな」
「名人ってあの千集院ノベルに掲載されている卒業生の経歴に載っているあれですか?」
廣澤は雷電の顔を見て「そうか、お前たちまだあまり階級制度について詳しくないのか」と言った。
「一応、プロとかセミプロとかのピラミッド階級制度は知ってるんですが、あ、あの蓮さんが入学式に【文豪】って名乗っていたのと何か関係あるんですか?」
廣澤は頷いて、もう一度階級制度について教えてくれた。ざっくり噛み砕くとこんな感じだった。
まずピラミッド型の「プロ」「セミプロ」「アマチュア」が存在する。これは綾人たちも理解している。月々のノベルポイントボーナスや食堂などでも優遇される場面がある。
そしてその「プロ」を超える階級、栄誉称号があるらしい。
【王道】【探偵】【恋史】【博藝】【名人】【詩神】この六つの称号は、それぞれ専門ジャンルに特化した階級であり、そしてその中で全ての頂点階級に立つ栄誉称号が【文豪】になる。
そうして称号を持った七人は【七豪階級者】となり、学院内での文壇を代表する物書きとなる。毎月のノベルポイントボーナスも桁が変わる。
これらの称号をかけて獲得・防衛を即興小説で勝負する戦いをタイトル戦と呼ぶ。でその予選会に茉希歩が参加してみないかと言われたということだ。
一通り説明を終えたところで、廣澤を呼びに来た生徒が耳打ちを告げ「分かった、すぐ行く」と返事をする。
「まあ名人戦については早川に任せるよ。でもタイトル戦は勝敗関係なく挑戦してみるだけでもいい経験にはなると思うから。じゃすまないが呼ばれてしまったので。三人とも最後まで交流会を楽しんでくれ、あ、ゼミに参加したければパンフレットに書いてあるアドレスに連絡してくれ」
廣澤はにっこりと笑ってからエントランスの方へ去って行った。
交流会は昼過ぎに千集院蓮が壇上にあがり、ゼミの実態や去年の活動記録、幹部と呼ばれる四天王メンバーの紹介などがあった。廣澤匠はその四天王の一人で、嵐と茉希歩はとても驚いていた。
最後にビンゴゲーム大会があり、特賞には最新薄型ノートPCが貰えるとのことで、茉希歩が異常に燃えていたが、結局三人ともハズレに終わった。
夕方四時頃に交流会はお開きとなって、三人はホールを出て寮まで行きしなに乗ったバスで帰ることにした。
一番後ろの席の窓際に綾人が座り、真ん中に嵐、その横に茉希歩が座る。はしゃぎ疲れたのか茉希歩はいつの間にか嵐の肩で眠っていた。嵐もバスに揺られてうたた寝を繰り返している。
綾人は窓際に肘をかけて、流れ行く千集院タウンの街並みをじっと眺めていた。赤信号でバスが止まる。施設関係者か学院職員の関係者かは分からないが、眠った赤子を腕に抱いた母親が横断歩道をゆっくりと渡っている。
オレンジ色の夕陽はバスの中にも差し込み、三人をぼんやりと照らしている。一人が離れ、二人がくっついているように影が伸びていた。
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