千集院創作芸術学院
文鷹 散宝
夢の丘
夜。虫が鳴いている。心地良い風が吹いている。
僕たちは、芝生が生えた丘の上に向かっている。
「ま、待ってよ二人とも!」僕は息を切らしながら叫ぶ。
「あーちゃん、こっちこっち!」
「早くこないとおいてくぞー!」
二人は僕よりもずっと前を走っていて、見失わないように必死に後を追いかけた。
「いっでっ」僕は盛大に転ぶ。膝を擦りむいた痛さと、情けなさが同時に襲ってきて泣きそうになる。
まって……声にならない僕の声。うつむく。
「大丈夫」「ほら、立てるか」
見上げると、心配そうな顔で僕を見つめる
「うん、ありがとう」僕たちは、また走り出した。
辿り着いた丘の上で、僕たちは茉希歩ちゃんを囲むように三人並んで、おやま座りをしている。
夜空には星があって、丸い月が浮かんでいた。
丘の上から見る景色は、街の営みが見えて、その奥にはライトアップされた大きい橋がどこか遠くまで架かっていて、もっとその先には真っ暗な海がどこまでも続いていて。
僕たちはその光景をぼんやりと眺めていた。
しばらくして綾人君が急に立ちあがって「俺さ、小説家になるよ」と言った。
「私も! 私も小説家になりたいなぁ」茉希歩ちゃんもそれに合わせるように立ち上がった。
二人はぽつんと座っている僕を見た。
「嵐は?」「あーちゃんは?」
あまりに突然のことで、僕は何をどうすればいいのかわからなかった。
「ぼ、僕は、その、あんまり、将来の夢とか、考えたこともなかったよ」
僕はこのとき、咄嗟に嘘をついた。そんな僕を見ていた二人は顔を見合わせて笑っていた。
「嘘つくなって」
「嘘なんか」
「あーちゃんバレバレだよ?」
「なりたいんだろ、小説家に」
「え」
なぜか恥ずかしくなって僕は、うつむいた。
「あーちゃんはさ、私たちよりも小説が好きで、誰よりも好きで、いつもいっぱい小説読んでるから騙されないよ」
「いいか、嵐。俺らは三人、みんなで小説家になるんだ」
「いい、それすごくいいと思う。あーちゃんもそう思うよね」
「そんな、無理だよ。三人みんな小説家になるなんて……無理に決まってる」
僕はいつも、うつむいていて、今もうつむいている。
「でもさ、嵐。俺たち三人で小説家になれたらすごいと思うだろ?」
「そ、それはすごいかもしれないけど……」
「だろ!」突然、綾人君が僕の顔を持ち上げ、ほっぺたを両手で抑えた。
「でみょぉ」僕は抵抗する。
そのとき、茉希歩ちゃんが大きな声を出した。
「あ! 流れ星! 見て、二人とも見て! ね、見えた?」
僕は綾人君に顔を抑えられたまま夜空を見上げる。だが、何も見えなかった。
「全然見えないけど、嘘だろ」
「ほんとだってば」
「ちゃんとお願いしたか?」
「あ、忘れた」
「せっかく三人の夢をお願いするチャンスだったのに」
「ごめーん、だって流れ星早いんだもん」
「二人とも、見て」
奇跡だと思った。
「ほら」僕が指をさした夜空には、いっぱいの星が流れていた。
「流星群だ」
「うぉぉ! すっげぇ、あれが流れ星か!? 流れ星なのか!?」
「わぁ、きれい」
二人の瞳に映る流星は落ちては消えて、落ちては消えてを繰り返す。
「あーちゃん、泣いてる?」
「え、僕?」
「おいおい茉希歩、また嵐を泣かせたのか?」
「違う、違うし!」
「いでっ、殴るな馬鹿女!」
僕はこのとき自分が泣いていることに気が付かなかった。指で目元を拭い、はじめて自分が涙を流していることを知った。
「彗星だよ」
「すいせい? なんかかっこいい名前だな」
「そ、そうかな。でもあの流れ星は殆どが彗星の氷や岩の塵や欠片なんかでね、その欠片たちが地球の大気圏に突入して、大気中の原子と分子が衝突してプラズマ発光を起こすんだ。そもそもは太陽の近くを周期している彗星が残した塵が地球の近くまでやってきて――」
「でたよ! 嵐先生の解説講座」
「あーちゃん博士みたい」
「…………球と交錯して衝突するんだ。だからこうして僕たちが地上から真正面にいても流星群が見えていてね」
僕はこの時、全然違うことを考えていた。それは突然降った流星のせいか、よくわからないけど、変な気分だった。
「あのね――僕も小説家になるよ。……なれたら、だけど」
二人はそんな僕を見て、嬉しそうに笑っていた。
僕はハッとなって膝に顎を埋める。けれど流星の奇跡は、気弱な僕に力を与えてくれたような気がして、立ち上がった。
二人の真横に立って。
「……だからさ、その、夢が叶った時はさ、また三人で、小説家になった三人でこの流星群を見にこようよ」
「おう」
「うん」
このときの僕たちは希望に満ち溢れていた。
三人揃えば何だって出来る。何だって乗り越えられる。
何だって書ける。何者にもなれる。
そう思っていた。
この先どれだけの困難が待ち受けているとも知らず、どれだけの悲しみが僕たちを襲うことも知らず。
流星群と共に僕たちは、夢を見ていた。
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