第61話 花は夜毎に狂い咲く(8)



「————おい、美桜? 一体どうしたんだよ?」

「……別に」


(そんなに拗ねるようなことか……?)


 翌日、伊織はいつも通り東堂の運転する車で美桜を迎えに行ったのだが、叔母の恵に美桜ならとっくに学校へ行ってしまったと言われてしまう。

 学校に着いて、教室で美桜に話しかけても、なんだかいつも以上に冷たい。

 その理由に、心当たりがなくはない。


 昨夜美桜から着信があったことに、伊織は気づかずに寝てしまったのだ。

 朝気がついて、その時すぐに折り返すべきだったが、もう登校時間だし直接聞けばいいかと伊織は何もしなかった。


「別にって……なんだよ、どうしたんだよ? 電話に気づかなかったのは悪かったけど……俺だって、色々あって————」

「そう、色々、ね」


 しかし、どう考えてもたった一度電話に出なかっただけで怒っているようには思えない。

 もうすっかり伊織が触るのにも慣れていたはずの美桜から、急に以前のように距離をとられてしまって、伊織は焦る。


「なんだよ、なぁ、なぁ! 美桜!」

「…………」

「俺何かしたか?」

「…………」

「なぁ! 美桜ってば!」


 何度もしつこく話しかけたが、美桜は伊織を無視する。

 すると————


「うるさい!!! 私もうあんたの婚約者じゃないんだから、話しかけないで!!!!」



 あまりに伊織がしつこいと思ったのか、美桜は珍しく教室中に響くような大きな声で怒鳴った。

 クラスメイト全員が美桜と伊織に注目する。


「は? なんでその話……お前が知って————……」


(まさか…………!!)


 美桜は伊織に怒鳴った後、すぐに背を向ける。

 怒鳴り声に静まり返った教室には、ちょうどタイミング悪く担任が入ってきて、朝のホームルームが始まろうとしていた。


「——……母さんに、何か言われたか!?」


(あのババァなら、やりかねない!!)


「えーと、月島くん? どうかしたのかな? これからホームルームはじめるけど……」

「えっ! ちょっと、なにするの!!!? 放してよ!!」


 状況がさっぱりわかっていない担任が、伊織に声をかけたが、伊織は全く担任の話なんて聞いてなくて、席から立ち上がり美桜の腕を掴んで無理やり教室を出て行った。



 * * *



「何するつもり!? ちょっと!!」


 美桜は伊織に無理やり空き教室に連れ込まれ、鍵まで閉められてしまった。


「何するつもりも何も、ちゃんと話せ! 母さんに、何か言われただろ!? そうじゃなきゃ、お前が知ってるはずがない!!」

「そ、そうよ! 昨日電話が来たの! ……私はもう月島家には用済みなんでしょ!? あんたがもう呪われることはないからって——……!! それに、よく考えたら、私が神の子ミオちゃんだったってこと、もうみんなにバレてるし! 一緒にいる意味もないでしょ!?」


 美桜は、志織からの電話の後、いりいろ考えていたのだ。

 すっかり忘れていたが、名前ばかりの婚約者になる時の条件を。

 あれはもう、とっくに意味がなくなっているのだから、志織の言う通り伊織の婚約者でいる必要が、美桜にはない。


(一緒にいるのが当たり前になっていて、忘れてた。私、こいつに脅されて、こんなことしてたんだった……)


「違う!! そんなこと、あるわけないだろ!! 俺は呪われることはなくたって、そんなこと関係なく、お前にそばにいて欲しいんだ。前にも言っただろ? 俺は————」


 逃げようとする美桜を引き寄せて、伊織はぎゅっと美桜を抱きしめる。


「……お前が、好きなんだ」


(あ……)


 背中に回された伊織の手が震えていることに気がついて、美桜は抵抗するのをやめた。

 ここ数ヶ月で、美桜は伊織が不安な時は手が震えていることを知っている。

 人前では王子様キャラを崩さないように、余裕ぶって、平気なふりをしているけれど、本当はわがままで、誰よりも怖がりで、面倒な男だってことを、美桜は嫌というほど知っている。


「それに、言っただろ? お前の男性恐怖症は、俺が治してやるって……!! だから、お前も俺を好きになれって……——」

「それは……————」


(そんなこと言われても……私、好きだなんてわからないし……それに————)


「もう、大丈夫よ。男の人が怖いのは……もう……今だって、あんたのことは怖くないし————」

「……じゃぁ、俺のこと好き?」

「…………それは、わからない……けど……」

「けど……?」

「————嫌いでは、ない……わ」


 伊織は自分で聞いておいて、美桜の回答が予想外だったようで驚いて抱きしめていた腕を緩め、美桜の顔を何度もマジマジと見つめる。


「……マジで?」

「う……ん」


(……なんか、恥ずかしい——……なにこれ)


「やった! じゃぁ、もう俺を避けたりしないでくれよ?」

「わ、わかったわ」


 伊織は心の底から嬉しそうに笑っていて、美桜にはそれがなんだか可愛いと思えてしまった。


「そ、それで……その、じゃぁ、どうしたらいいの?」

「どうって?」

「いや、だから、その、婚約者がどうのって話よ……縁談がどうとか……————私がいたら相手に失礼だって言ってた」


 伊織は美桜が志織に散々ひどいこと————それもタチが悪いのが、それがひどいことだと気づいていないから厄介なことを言われたのだと察すると、頭を抱えた。


「それなら、ちゃんと断るから、大丈夫。美桜が心配する必要は何もないよ……それで、実は、そのことで話があったんだ……」


 美桜の手をぎゅっと握り、伊織は真剣な表情ではっきりと言った。


「放課後、月島ロイヤルホテルに一緒に来てくれ。部屋を用意してある……」


(は……!? 部屋!? 部屋って何!? 何する気!?)





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