第64話 眠れぬ夜は呪いのせい(2)


「————おかしいな……あの時、確かに君には呪いをかけたはずなのに……どうして生きてるんだ?」

「私に呪いを……?」


 実は冨樫は美桜を芸能界から追放しただけではなく、ある呪いをかけていた。

 子供一人くらいなら、直接手を下さなくても呪いの力だけで殺すことのできる心を殺す呪いだ。

 親兄弟、信頼していた人物、友達……ありとあらゆる人間から嫌われ、裏切られる。

 一人で生きて行くのが困難な子供にとって、それは残忍で強烈な呪いだった。


 しかし、生まれながらに呪いを浄化のできる不思議な力を持っている美桜には、効果があまりなかった。

 美桜が花井によって、虐待を受けたのは、この冨樫のかけた呪いが少し残っていたのと花井の心の弱さのせいだったことは、美桜も、その呪いが消えてしまった後の美桜を引き取った清も知らない。

 清に引き取られるまで、同じように見える人間は他に誰もいなくて、美桜はそれが呪いなのか、なんなのか判断できるようになったのは小学生になった頃だ。

 もちろん、それと同時に少しずつ美桜の力は強くなっているのだが、本人はそのことに気がついてはいなかった。


「ちょっと……一体、なんの話をしているの!? 呪いが……なんだって!?」


 睨み合う美桜と冨樫の言っていることがわからなくて、志織は怒る。

 志織にとっては、美桜は息子にとって大事な縁談を邪魔した小娘で、その上、大事なお客様である冨樫に無礼を働いているようにしか見えない。

 それに、志織は冨樫のファンだ。


「それに、人殺しだなんて! そんなこと、あるわけがないじゃない!! 何言ってるの!?」


 侮辱されていると思ったのだろう。

 志織は立ち上がり、美桜の頬を叩こうと手を振り上げる。


 だが——……


「やめろ!! 母さん!!」

「い、イオちゃん!! 何するのよ!!」


 伊織がその手を掴んで止めた。


「それはこっちのセリフだよ!! おい、美桜、何かいるんだな? ちゃんと答えろ」


 美桜は大きく頷く。


「うん、あの人の後ろにいるの。大きな蟲が……小日向くんの時と同じような蟲が」

「そうか……」

「一体なんの話よ!!」


 見えない志織はこのわけのわからない状況がとても気に食わないようで、ぎゃーぎゃーうるさかった。


「ああ!もう、面倒だな!! ちょっと黙っててくれ!! 見えないもんは仕方がないだろ————……いや、待てよ、美桜!!」

「なに?」

「お前の言霊ってやつで、見せることできないのか?」

「え……?」

「ほら、なんか言っただけで色々できるようになりかけてるだろ?」

「それは……そうだけど」


(そんなこと、できるのかしら……)


「このババァは見えないから————……とにかくやってみてくれ。見えたら納得して大人しくなるだろうから」

「ちょっと!! いい加減にしなさい!! イオちゃん!! あなた今、ママに向かってババァって言ったわね!?」


 このワガママでめんどくさい感じは、伊織そっくりだなぁと思いながら、美桜は言霊を使ってみた。

 成功する確率は、安定していないが何度かやってみれば成功するはず。



「見えろ!!」


 美桜がそう言った瞬間、志織と伊織には見えていなかったものが現れる。


「えっ!?」


 黒い蟲、冨樫に殺された人たちの塊……


《人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し》


 そして声までも、見えない二人にも聞こえるようになった。



「おやおや、これは困りましたねぇ……」


 あまりの怖さに真っ青になって、志織は腰を抜かし、その場に座り込んでしまう。

 冨樫は志織が見えるようになったのだとわかって、やれやれと頭を抱えた。


「全員始末しないと……アリス」

「はい、パパ」


 そして、それまで黙っていたアリスが立ち上がる。

 西洋のお人形のような美しい少女の目が赤黒く光って、今冨樫を守るように飛んでいる手のひらサイズの蟲よりも、もっともっと大きな蟲に変わる。


「この場にいるものたち全員殺しなさい。我々がここにいることを、知っているもの、見たものすべて、全員————」



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