第48話 月は見えずとも(7)


(俺と美桜の相性が最悪だと!? ふざけるな!! あのクソヘンテコ関西弁占い師め!!!)


 伊織は陸から聞いた占いの結果にブチ切れながら校舎の廊下を歩いていた。

 あまりに切れていたため、ついつい女子生徒たちとすれ違ってもいつもの王子様スマイルを忘れてしまう。


(何も知らないくせに……よくもまぁあんなに口からでまかせが出るもんだ。占いなんて信じるやつはバカだ!!)


 伊織は美桜を不幸にする運命だとか、二人はたとえ結ばれてもどちらかが死ぬとか……結婚したら家が滅びるとか……

 とにかく最悪なことばかり言われて、陸の結果を聞いてる最中は何度も殴りたいという衝動に何とか耐えていた。


「ねぇ聞いた? 今日のふたご座の運勢、最高なんだって!」

「いいなぁー……私、朝の占いで最下位だったのよ!?」

「あら、そんなに落ち込まなくても大丈夫よ! ほら、陸くんから買ったブレスレット、これさえあれば悪い運気も消えて無くなるって!」

「そうね! 私にはこれがあるわ!!」


 イライラしたせいで、余計にいつもなら気にならない他の生徒たちの会話にという単語があると耳に入って来てしまう。


「昨日占ってもらったんだけど、彼との相性はいいらしいの。でも、このままだとちょっとしたことで喧嘩別れしちゃうかもしれないんだって……」

「あーそれで、あなたも陸くんからブレスレットを買ったのね!」

「そうそう! だって、みんな持ってるし……それに可愛いじゃない?」


(……ブレスレット?)


 他の生徒たちの会話には、占いとセットでという単語が含まれていることが多いことに気がついた伊織。

 よくよく観察してみれば、女子生徒のほとんどが左手に数珠のようなブレスレットをつけている。

 色は様々のようだが、基本的にはパワーストーンか何かだろう。

 形はみんな同じだった。

 同じく、男子の中にもつけている生徒がいる。


(みんな……つけてる)


 会話から察するに、あれは全て陸から購入したもので、魔除けの効果的なものがあるらしい。


「このブレスレットが自然に切れるまでは、絶対に肌身離さず毎日つけていないといけないけど……たったそれだけで悪いことが起こらないならお得よね!」


 その光景は異様だった。

 どう考えてもおかしい。


 伊織には詐欺にしか思えなかった。

 謎のツボとか、聖なる水を売りつけられるような、よく聞く金儲けが目当ての新興宗教とかマルチ商法にはまっているかのようにしか見えない。

 だが、だれもそのことに気づかないのだ。

 これだけの生徒がいるのにも関わらず、同じように不審に思う生徒は一人もいないし、教師ですら同じようにブレスレットを手首につけている。


(なんだ……これは————)


 そのことに気がついた瞬間、伊織は背筋がゾッとした。

 もう、伊織には何も見えない。

 美桜のように、呪いも、霊も、陸に憑いているという蟲も。

 だが、見えないが何かを感じた。


 一度、あの薬を飲んだことと、短期間だが受けた修行には多少効果があったのかもしれない。

 伊織の知らない間に、何かが起こっている。

 そんな直感がしたのだ。


 そして、伊織は走った。


(どうにかしないと……————ヤバい気がする)


 校舎を飛び出し、富士廻神社へ。



 * * *



「おじいさん!!!」


 美桜の祖父が神社の掃除をしていると、息を切らし、汗だくになりながら伊織が走って来た。


「どうした……そんなに慌てて、転んだのか? 軟弱者め」


 神社の階段を無理に駆け上がったようで、つまづいて転び擦りむいた膝から血が出ていて制服についてしまっている。


「あの……薬は————まだありますか?」

「薬?」

「見えるようになる、あの薬です!」


 美桜から、見えるようになったせいで余計に霊を怖がるようになって迷惑していたと聞かされていた祖父は眉間に深くシワをよせて、首をかしげた。


「なんだ? お前、怖いと情けなくも怯えていたんだろう? ……どういうつもりだ? また美桜に迷惑をかける気じゃないだろうな? ただでさえ、あの子はまだ体調が悪いというのに————」

「だから、です!!」

「……?」


 伊織は腕で額の汗をぬぐって、呼吸を落ち着かせるといつになく真剣な表情になる。


「美桜にもう、嫌な思いをさせたくないから……だから————あいつが戻ってこられるように、俺がなんとかしたいんです!!」


(幽霊も妖怪も、怖い。気持ち悪いし、できればこのまま見えないままでいたい。でもそれじゃぁ、あいつが美桜になにかをしてくるかもしれない。あいつが何をしたいのかわからないけど、手遅れになる前に、美桜に何かされる前に、俺がなんとかしないと——!!)


 伊織の決意は固かった。


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