第34話 恋と呪いは紙一重(4)
吉沢美桜が男性恐怖症であることは、同じ女子中学校出身の生徒ならば皆知っている。
女子校といえど、教師や職員には男性もいるため会話をしようにもどもってしまうし、1対1で話すことなんてできない美桜。
そういう時は、必ず親友である沙知や他の生徒がいつも美桜と一緒にいた。
女子同士であれば、なんの問題もないのだけれど、男性の前では極度に緊張して怯えてしまう美桜を守るように、沙知をはじめとする同中出身の生徒は美桜を常に助けてくれる存在だ。
そろそろ男性恐怖症を改善した方がいいと、祖母に無理やりこの共学である月島学園に入れられても、沙知たちが男子となるべく接触しないように守ってくれていたのは、紛れもない事実である。
1年生の頃だって、何も起きやしなかった。
美桜は常に女子たちと一緒にいて、男子と会話するなんてありえないことだ。
たまにどうしても話さなければならないことがあっても、美桜が男性恐怖症であることを他の女子たちが説明してくれていたため、いじめられるとか、バカにされるようなことは一切なかった。
男子たちも、わざわざ美桜に自分から近づくこともない。
2年生になっても、変わらずそのまま……と、男性恐怖症であることを知っている生徒たちはそう思っていた。
だが、その吉沢美桜が、あの月島伊織と————この学園の王子様とここ最近、常に一緒にいるし、急に席を代わって欲しいと言われた女子生徒も、親友である沙知たちも困惑していた。
今まで、当たり前であったものが、いつの間にか変わっている。
それも、自分たちの知らない間に……
美桜のことを知らない生徒も、美桜のことを知っている生徒も、伊織と美桜の関係が一体どうなっているのか、誰も知らなかった。
これまで美桜を助けてきていたのに…………と、思うクラスメイトもいるのだ。
自分が恋い焦がれている相手を、無関係だと思っていた美桜に奪われたのだから、受け入れられるわけがない。
素直に諦められるほど、彼女たちは大人ではないのだ。
だからこそ、こういうことが起こる————
「ねぇ……吉沢さんって、伊織様とどういう関係?」
「え……?」
女子トイレに入って、少しの間だが伊織から解放された美桜。
個室に入り、用を済ませて出ようと鍵に手をかけた瞬間だった。
ドアの向こう側にいる生徒に、そう聞かれたのだ。
相手の顔は見えない。
声も、聞き覚えがあるようなないような声だった。
話しているのは、他のクラスの女子だ。
「答えてよ……伊織様と、どういう関係なの?」
美桜はドアを開けようとしたが、ドアノブを引っ張られていて開けることができない。
「ちょっと……だれ……? 開けてよ」
「私が聞いてるの。伊織様と、どういう関係なの? まさか、付き合ってるとか言わないわよね?」
近くで伊織が待っていることを知っていてか、その生徒の声はあまり大きなものではないが威圧的なものだった。
ドアの下の隙間から靴の先が見えて、ドアの前に二人いる。
さらに、洗面台の水が流れる音も聞こえ始めていたためもう一人いる。
美桜は状況が見えないため、音でそう判断するしかなかった。
それに、扉の向こうにいる生徒たちが纏っている空気から嫉妬や憎悪を感じ取る美桜。
(…………人じゃないものが、混ざってる……)
そんな嫌な感じがして、天井を見上げると隣の個室の天井に美桜をじっと見つめる髪の長い女のようなものがいた。
(……ただの生き霊……じゃ、ないわね————一体いつから……)
女子トイレに霊がいるのは、よくある話だ。
美桜も何度か遭遇しているし、人に害をなす可能性があるものは気づかれる前に浄化させてきていたが、この霊は初めて見た。
「ねぇ、答えなさいよ……伊織様と……いったいどういう関係なの? 伊織様に……私の伊織様に一体何をしたの!?」
伊織に聞こえないように、抑えていた声は感情が強くなったと同時に大きくなる。
(どうしよう……あれに触れば、浄化できるのに…………届かない)
どうしようか困っていると、霊がいるのと反対側の個室のドアが開く音がして、美桜は振り返った。
そして、バケツに汲まれた冷たい水を勢いよく上からかけられたのだ。
その一瞬、見えた顔は美桜が知っている中学からの同級生だった。
美桜はショックでその場から動けない。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハ……アハハハハハハハハハハハハハ」
そんな美桜を見て、霊が笑う。
嬉しそうに、何度も何度も…………
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