第33話 恋と呪いは紙一重(3)
柴犬を追いかけて、気づいたら伊織は神社や美桜の自宅の敷地内から離れてしまった。
車通りの多い道に出て、そこでやっと柴犬からスコップを取り返すことに成功する。
「まったく……この俺をここまで手こずらせるとは……! 犬のくせに生意気な……」
すばしっこくに逃げる柴犬に翻弄されて、完全に息が上がっている伊織。
柴犬の方はまるで疲れた様子もなく、ただ遊んでいるだけのようで相変わらず尻尾を機嫌よく振って、汗だくの伊織を見上げる。
「神社に戻らないと……って、どこだここは————」
伊織はさっさと美桜がいる神社に帰ろうと、あたりを見回した。
小さな公園とアパートが二軒、交差点の向こう側にはどこでにもよくあるコンビニと郵便局。
柴犬を追いかけてきただけなのだから、そこまで遠くに来ていないのだが、常に車移動の伊織には土地勘がなく、どちらへ行けばいいのか全くわからなかった。
その上、修行するのにスマホは邪魔だと取り上げられているから、今は持っていないし、車は通ってはいるが、通行人もいない。
(……コンビニで道を聞くしかないか)
戻る方向さえわかればなんとかなるだろうと、伊織は横断歩道を渡るため、信号が青に変わるのを待った。
1台の軽自動車が目の前を通り過ぎる……その時————
「なっ……!!」
軽自動車の窓にしがみついている髪の長い女を見た。
(い……今のはなんだ!? 今のはなんだ!? なんで、車に……人が…………走行中の車に、人が…………っ!? いやいや待て! きっと見間違えだ!! そうに決まって————)
伊織は今見たものを否定しようとしたが、伊織の前を通り過ぎた直後、その軽自動車は横から飛び出した大型のトラックに激突され、横転する。
(う……嘘だろ……)
その瞬間を見てしまった伊織は……信号が青に変わったことにも気づかず、横転した車をジッと見つめている髪の長い女をその目にしっかりと捉えた。
トラックの運転手や、近くを走行していた別の車の運転手、それに音に驚いて出て来た郵便局の職員も横転した車から必死に助け出そうとしているが、その誰も髪の長い女の存在には気づいていない。
救急車や警察が到着する前に、伊織は事故現場から離れた。
正確には、逃げ出した。
神社や美桜の自宅の敷地外には、普通の人には見えない人や人の形を成していない
腕のない人、両足のない人、こちらをじっと見つめてきて、離れない女もいる。
それらから逃げるように、伊織は再び走った。
柴犬はそんな伊織の後ろを、尻尾を振りながら追いかけてくる。
* * *
「美桜!! 美桜!!!!」
美桜が人形を掘り返した穴をいつの間にかいなくなってしまった伊織の代わりに物置から出した別のスコップで埋めていると、真っ青な顔で伊織が戻って来た。
「月島くん? 一体、どこに行って————」
「助けてくれ!! 女が!! 髪の長い女が!! 車が!!! 足がなくて!!」
いなくなったと思ったら、血相変えて戻って来た伊織にいきなり抱きつかれ、わけがわからず困惑した美桜だが、美桜よりも伊織の方が明らかにパニック状態に陥っていた。
「お、落ち着いて……!! 何があったの!?」
「だから……車が交差点で……女が————」
「……もしかして、神社の外に出た?」
「出た!! 出たんだよ!! 幽霊が!!」
(あぁ、ダメだこれ……)
怖さで震えている伊織を落ち着かせようと、背中を撫でる美桜。
「ワンっ!」
その時、伊織の足元に柴犬がいるのを見つける。
「ワンっ! ワンっ!」
(カンタ……?)
この柴犬こそ、カンタ。
美桜が去年まで飼っていた愛犬で、不慮の事故で命を失い幽霊になったいたずら好きの可愛い柴犬だ。
ちゃっかり伊織が逃げながら落としたスコップをまた咥えているカンタの姿を見て、なんとなく全てを察した美桜はやっぱり、伊織は見えないままの方がいいと思った。
しかし、祖父が伊織に飲ませた見えるようになる薬の効力はいつ頃切れるかわからない怪しい薬だ。
学校に行ったら、確実に霊がいるし、伊織に恋する女子たちの中には、生き霊を飛ばしている人もいる。
(耐えられない……だろうな、多分————)
美桜の予想通り、伊織は多くの幽霊やら生き霊を見てしまい、怖すぎて美桜から余計離れられなくなった。
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