第4章 恋と呪いは紙一重

第31話 恋と呪いは紙一重(1)


 私立月島学園高等部には、王子様がいる。

 それはそれはイケメンで、微笑めばバラの花が咲く……なんて、まるで少女漫画の主人公のような話だが、本当にいるのだ。

 父は元イケメン俳優、母は元財閥貴族で代々続く大きな会社のご令嬢。

 王子様と呼ぶにふさわしい整った顔立ちに、高身長。

 それに加えて、御曹司という正に王子様なのである。


 学園中の女子が彼に夢中だった。

 それは、当の本人も分かっている。

 月島家の息子である以上、女子たちが憧れる存在であり続けどこに出しても恥ずかしくない完璧な息子を演じなければならなかった。

 情けない姿なんて、見せてはならないのである。


 だが、どうも最近、そんな王子様の様子がおかしい。


「ねぇ、伊織様……一体どうしたのかしら?」

「なんだか、変よね?」


 普通であれば、廊下ですれ違い目が合えば微笑んでくれるはずで、あのキラッキラの王子様スマイルを期待していた女子たちは困惑する。

 笑顔どころか、なにかに怯えているような表情をしているのだ。


 とても不安そうで、なんだか泣きそうになっている。


「まぁ、瞳が潤んでいらっしゃるのも、色気があっていいんだけど……」

「でも、おかしいわよね? 一体、何を見ていらっしゃるのかしら?」

「突然奇声をあげて、逃げられたって子もいるそうよ?」


 学園の王子様に一体何があったのか……女子だけではなく、みんなが心配していた。



「それと…………あの子、誰なの?」

「そうなのよ、あの子……確か伊織様と同じクラスだったと思うけど……」

「伊織様が特定の女子生徒と仲良くされているの、初めてよね?」

「まさか……あの二人————」

「ちょっとやめてよ! 伊織様が、あんな暗そうな女とお付き合いしてるわけないじゃない!!」

「そうよ!! 伊織様よ!?」

「で、でも…………ほら、よく見て。手を繋いでない!?」

「なんですって!?」




 * * *



(視線が痛い……)


「もう、いい加減にしてよ……学校では話しかけないでって、言ってるでしょ!?」


 学校では話しかけないで欲しい。

 そういう条件で、名前だけは婚約者になることを渋々了承しているはずなのに、伊織は全然いうことを聞いてくれなかった。


「いや、無理。もう無理。怖すぎる」


 何度美桜が無視しようとしても、拒否しても、伊織はガタガタ震えながら常に美桜の体に触れようとしてくる。

 急に美桜の後ろの席にいた生徒と座席を交換したかと思えば、授業中後ろから美桜の背中に触れてきたし、今はトイレに行こうとしている美桜につきまとい、手首をつかんでいる。


「無理って……あのね、ここは女子トイレよ!? 女子トイレに入るつもり!?」

「そ……そんなわけないだろ!! 俺から離れるなら、その前に何か対策をしてくれよ! さっきから、髪の長い女が三人ついてきてるの、お前にだって見えてるだろ!?」


 そう、実は伊織の後ろに三人憑いてる。

 生き霊が。


 美桜にはそれが見えていたが、生き霊は基本的に取り憑かれている本人にしか興味がないし、伊織が見えるようになる前からそこにいたのだ。

 美桜からしたら、今更何を……という感じだった。


 もちろん、美桜が生き霊に触れれば生き霊を飛ばしている本体に戻るだろう。

 だが、生き霊はまたしばらくしたら戻ってくるのだ。

 本体が生きているのだから。


「まったく……だから、それは生き霊だって言ってるじゃない。私に言わないで、生き霊を飛ばしてる本人に言ってよね」

「だから! 誰なんだよ!! この生き霊って……なんなんだよ!! ——って!! もう二人増えた!!」


(あんたが私についてくるからよ……)


 実は、この生き霊たちは伊織に恋をしている女子たちが無意識に飛ばしているものだ。

 彼女たち本人は気づいていないのだが、伊織と美桜が一緒にいるのが気にくわないのだろう。

 それが恋でも恨みでも、強すぎると生き霊として飛んでくる。


「めっちゃ見てる!! なぁ!! 助けてくれよ!!」

「もう、分かったわよ! その代わり、ちょっとここで待ってて」

「なんで!!?」

「…………トイレに行かせてよ!!」

「……あ、うん」


 美桜は伊織から逃げるようにトイレに駆け込んだ。

 さすがの伊織も、漏らされても困るので手をはなした。


「は、早く戻ってきてくれよ!」

「うるさい! しつこい!!」


(じいちゃんのせいで……面倒ごとがまた増えたわね)


 一人になった伊織の周りを五人の女の生き霊が取り囲む。

 伊織は怖すぎて泣きそうだ。


 色の白い、髪の長い半透明な女たち。

 その瞳に光は反射せず、ただただ、伊織を見つめて口元は笑っている。

 時折、何かを話しているのか口をパクパクと動かしているが、伊織にその声までは聞こえなかった。


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