第32話 恋と呪いは紙一重(2)


(見える……見えるぞ……!!)


 美桜の祖父によって、吉沢家で3泊4日で修行をさせられた伊織。

 だが、美桜と違ってそういうものを見る力が一切ないせいもあり、呪いとはどういうものか、どうすれば身を守れるか……という話が全然ピンときていない。

 それにあの祖父はどちらかというと体育会系で、理路整然とわかりやすく教えることができないため、何も見えない伊織には全くもって伝わらなかった。


 そこで、祖父は強制的に見えるようになるという薬を飲ませたのだ。

 とても怪しい薬だったが、飲んだ途端に効果があり今まで見えなかったものが見えるようになった。

 伊織が以前、美桜の力によって見た蛇の恐怖もあったが、確かにこれだけ呪われやすい体質なら、見えた方がいい。

 不意にうっかり自ら呪われるようなものに触れてしまう場合もあるのだから。


 薬を飲んだ後は、神社全体がキラキラと輝いているように見えて、神々しいというのはこういうことかと伊織は思う。


(あの時の蛇と似てる……)


 そして、美桜が新たに作った清めの塩を見ずに溶かし、口に含みながら掘り出した人形は逆に真っ黒で凶々まがまがしいものを纏っているように見えた。

 解き終わるまでしゃべってはいけないときつく言われ、思わず出そうになる気持ち悪いという言葉を飲み込んだ伊織。

 小さな子供がよく持ち歩いてる赤ちゃん人形に土がついているだけなのだが、見えるようになっている今、それは本当に気持ちが悪かった。


 美桜が塩水を人形に吹きかけると、凶々しいそれはフッと消える。

 呪いが解かれた瞬間だ。


「これでよし……」

「お前は本当に……すごいな……こんな気持ち悪いものを見て、よく平然としていられる」


 見えるようになってさらに美桜のすごさを理解した伊織。

 こんな気持ちの悪いものが普段から見えていて、なにも見えていない、普通の人間のようによく過ごせていたものだと思った。


「慣れてるから……小さい頃から、幽霊とか妖怪なら普通にその辺うろうろしてるものだったし」

「そうなのか? でも、修学旅行の時……俺を見て驚いてたように見えたけど……」

「驚くわよ……呪われてる人を見たのは久しぶりだったんだから」


 呪いには、そこに必ず強い想いや憎しみが存在する。

 不特定多数の人間に向けたものではなく、呪いの対象が一人の特定の人物である場合は、あまり見ることがないのだ。

 あの時、伊織が呪われていたのは、その珍しい方の呪いだったため美桜は思わず口に出してしまったのである。


「私がかけたこれは、不特定多数の方。でも、月島くんが呪われていたのは、特定の人物を呪う方だった」

「……なるほどな。ところで————この人形、次はどうするんだ? また呪いをかけるのか?」

「そうね。力が強すぎたみたいだから、少し弱くするけど……一度洗って、乾かしてからじゃないとね」


 美桜は人形を持って行き、家の外にある水道の蛇口を捻った。


「この穴はどうするんだ?」

「あぁ、土を被せて置いて……」


 伊織は美桜に言われた通り、穴に土をかぶせようとした。

 だが、さっきまでそこにあったはずのスコップが、見当たらない。


「あれ……? どこだ?」


 ガーデニングなんかで使うような、小さめのスコップではあるが、柄の部分がピンク色で派手だ。

 見つからないわけがない。


 伊織はキョロキョロと周りを見渡すが、そのピンク色の代わりに、別のものを見つける。


「え!? 犬!?」


 柴犬が一匹、スコップを咥えている。

 とても元気よく尻尾をフリフリしながら、伊織の方を見ていた。


(いつからいた??)


「おい、こら、犬! それ返せ!!」


 柴犬にスコップを返せと要求するも、伊織の言葉を無視してそのしば犬はスコップを咥えたまま、駆け出してしまう。


「あ!! こら!!」


 追いかける伊織。

 逃げる柴犬。


 人形を水洗い中の美桜はそのことに全く気がついていない。

 洗い終わり、水を止めて美桜が振り返った時には、すでに伊織も柴犬もその場にいなくなっていて、掘り返された穴だけが残っていた。





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