第25話 神の子と呼ばれた少女(5)


 東堂が各テレビ局から借りてきた、美桜の過去の出演映像。

 その中に、呪いがかけられているものがあるという。


「たまにあるの……あの人は今的な番組で昔の映像を使っていいかって問い合わせが……」


 4年くらい前にそんな問い合わせがいくつかあった。

 出演依頼が来たこともある。

 だが、美桜にとっては辛い過去で、今更掘り返して欲しくない。

 神の子と呼ばれていた時期の映像がテレビでまた流れたら、やっと世間から忘れられ、男性恐怖症であること以外は問題ない今の生活に支障がでることは明らかだ。


 美桜はあの映像を見た人が呪われるように呪いをかけてみたのだ。


「動画をチェックしたスタッフが、次々うつになれば、誰も取り扱わなくなるんじゃないかなって……」


 実際、その呪いをかけて以降、そういう問い合わせは一切なくなったという。


「呪いを解くことだけじゃなくて……かけることもできるのか。……お前、やっぱりすごいな」

「す、すごくない! こんな力さえなければ、私は……————」


 また、過去のことを思い出してしまったのか、美桜の表情が辛そうになっていく。

 今にも泣き出しそうだった。


「……それじゃぁこの映像を見なければもう大丈夫ってことだろ?」

「うん……そうね。あ、でも……」

「でも?」

「呪いの効果がちょっと強すぎるってことがわかったから、呪いを掛け直さないと……」


(呪いを……掛け直す?)



 * * *



 伊織と美桜は再び車に乗り、今度は美桜の自宅へ。

 美桜が今住んでいるのは、富士廻ふじみ神社という竹林がある神社の隣の一軒家だ。

 祖父がこの神社の神主で、美桜は祖父母と伯母の家族と一緒に暮らしている。


「すぐに終わらせるから、車で待ってて! 絶対に入ってこないで!」

「え、なんでだよ! 挨拶くらいさせろよ!」


 ほぼ毎日通学途中の美桜に一緒に乗っていけと声をかけてはいたが、自宅の目の前まで来たのは初めてだった伊織。

 美桜の家に入ろうとしたが、玄関で断られた。


 婚約者ということで名前を貸してはいるが、美桜の家族はそのことを全く知らないのだから、仕方がない。

 美桜に助けられたことに感動して、半ば脅してまで婚約者にしているのは伊織だ。


「坊ちゃん、あまりしつこくすると、本当に美桜様に嫌われますよ……」


 東堂の一言で、やっと引き下がったが、伊織は不服そうな表情でおとなしく車に戻った。


「さっさと終わらせてこいよ……待ってるからな!」


 美桜を待ちながら車内で長い脚を組み、腕を組み、不機嫌オーラ全開の伊織。

 ルームミラー越しにその様子を見ていた東堂は、まるで欲しいおもちゃを買ってもらえなかった子どもみたいだなーと思った。

 月島家の御曹司だから、買ってもらえないなんてことはなかった伊織だが、まさかこの歳でそんな表情をするとは……

 しかし一応、東堂は執事なわけで、いつまでも主人が不機嫌というのもなんだか可哀想になってくる。


「坊ちゃん、気づいてますか?」

「何がだ」

「美桜様ですよ。以前よりかなりスムーズにお話されるようになった気がしませんか?」

「……そうか?」


(俺を見るとき汚物を見るような目をしているのは変わらない気がするけど……)


「少しは心を開いてくださっているのだと思いますよ? 坊ちゃんとお話するときは、どもることが少なくなったように思います」

「……そ、そうか?」


(……確かにそうかもしれない)


 ちょっと嬉しくなって、機嫌が直った伊織は組んでいた腕を解いて、頬杖をつき車窓から美桜が入って行った玄関を見た。

 神の子と呼ばれていた、まだ純粋に子供らしく楽しそうに笑っていた美桜を思い出す。


(もうちょっと、心を開いてくれたら……あの動画で見たように笑ってくれるだろうか————)


「……って、あれ?」

「どうしました、坊ちゃん?」


 東堂が振り向くと、伊織が見ていた車窓にべったりと張り付いているおかっぱ頭の幼稚園児が一人。

 あの動画で見た美桜とそっくりな顔をした子どもだ。


「……お兄ちゃん、だーれ?」



 黒光りしてる高級車に、べったりと小さな手形がついた。

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