10

 医者が家族に話しかけてくる。転落したことにより骨折したこと。手術を行うが、前よりも状態が悪くなること。そして、相談員ふくめ謝罪を述べてきた。母は擦り付けるように叫んだ。姉は携帯を触り、アキくんに縋った。母の怒りが太陽が昇って降るほど続き、会議室が静かになるまで、次は何も起きなかった。時計の音が耳に届くぐらい時間が経った頃、医者が提案してくる。


「今から容態を見に行きましょう」


 連れられて、家族で列になる。婆ちゃんが病院に運ばれたとき、姉の手に引かれてた。婆ちゃんの知らせは悪いことしか起きない。白くて迷路のような道を歩けば、ガラス越しの病室に案内された。濁ったガラス越しに居た。目を瞑って、口に呼吸器を付けている。機械の音が命の生命線になっているようで、ハッキリと死にかけと言われる方が楽だ。

 つい口が開いて喋った。


「これが婆ちゃん?」


 律儀に独り言に答える姉。


「痩せたね」


 歳をとり、顔の形が変わっていく。別人のようなのに、確かに婆ちゃんだ。


「婆ちゃんに会わないの後悔したよ。もっとたくさん話せばよかった」

「え?」

「えって何よ。後悔しないとおもってた? するよ。話せるときに、私の話とか聞いてほしかった」


 姉に肩を叩かれる。服越しでもじんと痛む。鏡で見たら赤く染まってるはずだ。痛みに集中する。


「あんたが婆ちゃんと話してくれてよかった。そうじゃないと、婆ちゃんは病気とひとりで戦うことになっていた」

「ひとりで……」

「1人で、死んでほしくないよ。婆ちゃんには」


 いまは姉に横立たれても苛立たない。家や姉の影響がある場所は頭が暑くなるのに、現実が冷やしてくる。


「俺、学校で色々あった」

「知ってる」

「婆ちゃんに全てを聞いてほしい」


 昔の人だから俺の事を拒絶する。それでも、何も言わないで後悔はしたくない。その前に、自分のトラウマを話す練習が必要だ。


「明日、話してみるよ。ソーシャルワーカーに」



 体育の授業から帰っていく。シーブリーズを鞄に直しながら、忍に持たせてた紅茶をとる。


「だから、『最後の日に』は名作だろ。犯人がわかるまでハラハラするし、悪いやつは殺される。他の人と楽しめていい」

「そうか? 犯人は分かりやすかったし、誰が死ぬとかわかり易かった。平坦だ」


 俺はドラマの内容を友達に聞かせる。忍は聞いているふりをしてるけど、窓の外に目がいったりして興味なさげだ。彼は何を追いかけてるのか分からなくて、肩に身体をひっつけた。


「なーに、考えてんの?」

「いや、利一を探してる」

「何? 俺の話より気になるわけ?」


 右手で身体を払われる。水道で髪を濡らしたせいで、キノコのように張り付いていた。


「そのドラマは好みではない。俺が作品に求めるのは意外性だ」


 すると、後ろから駆けてくる音がする。振り返ると、彼が走ってきた。


「おい、紡ぐのくせに置いてくんなよ」


 汗かいた利一が、上履きを手に寄ってきた。息を切らし、まず俺を指摘してくる。

 

「靴ぐらい履いてこいよ」

「は? 生意気」

「裸足に言われてもなんもねーよ」

「は? は?」


 利一は拳を握り上下する。俺の肩に1発殴ると脅してきた。


「はいはい俺様俺様」

「きっしょ」


 俺たちは3人で行動していた。ひとりが病気で休んでも、2人で行動する。利一は俺に喧嘩腰だから仲良く出来ないけど、忍が仲裁してくれる。どこに行っても一緒だった。俺と忍は幼馴染だし、当たり前のように過ごしていた。


「まあまあ。利一はツンケンしても俺のことが好きなんだろ?」

「は、はあ? キモいしマジで」


 その日も、景気の良い冗談を飛ばした。俺のネタは2人が笑ってくれるし、定番だ。悪いことじゃないと思っていた。

 正面から人が来た。


「あ、外野」

「よう」


 髪の毛を遊ばせて人気者の外野。彼の言ったことに調子が向くし、先生も好んでいた。話しかけられるのも憂鬱だ。


「お前ら仲良いよな」

「まあ、忍と幼馴染だから」

「幼馴染ねぇ」


 彼の仲間も到着する。何か話してたみたいだけど、外野はあえて参加していない。そして、指を俺にさした。


「紡ぐって距離近くね?」

「え、距離?」


 彼は空気を支配してきた。自分の快楽を優先させるため、人を蔑ろにしてくる。


「いや、いつも見てるけど思ってて。忍とベッタリだよな」

「別にそんなベッタリじゃないけど」

「利一さー、コイツらベッタリだよな?」

「え、う。うん」


 利一は彼が苦手だから逃げるように頷く。俺と忍から半歩ほど空けてきた。


「ほら利一も言うじゃん。あ、マジのやつ?」

「いや違うから」と忍。


「いや、ホモならホモでいいんだよ。そうなら、こっちも対応変えるし。ホモなの?」


 不愉快だけど言い返せない。臆病な俺は言葉尻を掴んで心で避難するだけだ。ホモは差別語だ。


「失礼だろ」

「は?」


 利一が反応した。接近した俺を押し退け、外野から目をそらさない。


「俺たちがホモなわけないだろ。普通に女が好きだ。なんで触るからホモになるんだ。だったら、何もできないだろ。確かに、紡ぐは距離感が掴めないけど、悪いやつじゃない。変な気もなく、冗談を言ってるだけだ。勝手に決めつけるな」

「そうマジになるなって。いや、マジだから怒ってんの?」


 外野の周囲は笑いだす。その声は溶けたアイスのように心へ張り付いた。耳の中に指を突っ込んだ。なぜ俺の事を執拗に聞きたがる。肩がぶつかっても謝ろうとしないくせに。


「紡ぐはどうなんだよ?」

「えっと、その」

「おい」

「ホモです」

「だははは」


 忍が肩を掴んできた。だって仕方ないだろと、心で言い訳する。なぜなら、彼らの空気を壊したら、校内生活の雲行きが怪しくなるはずだ。事なかれで終わればいい。押し付けた方にハマれば終わる。その時は、本気でそう思っていた。

 それから、外野は俺にホモ発言をさせた。男が好きですとか、女とセックスできないとか言わせてくる。それに従ってしまった。彼らに目をつけられるのは怖いが、俺だけが我慢すれば済んだ。俺は、何が好きなのか分からなくなった。


 俺は洗いざらい話した。ソーシャルワーカーはタイミングをぜんぶ委ねてくれる。それに甘え、包み隠さなかった。


「それから、人から『ホモだろ』と言われてる気がして、怖くなりました。皆が期待してました。忍だけが不満を持ってましたけど」

「うん」

「そして、決定的なのは約束でした」

「約束?」

「忍と利一にファストフード店で呼び出されました。忍は俺の待遇に怒ったあと約束を取り付けました。『お前はホモじゃないよな?』って。俺に選択肢は無かった。ぶっちゃけ、女が好きとか分からなかったんです。自分は女を好きになれないかもと思ってたけど、相手に言われることじゃないって。でも、利一に『ホモじゃない』と言われて、何かが自分の中で切れたんです」


 それが引きこもる理由。

 俺だけなら耐えられた。それだけ。

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