第20話 みん その3
「ぼくは小学校に上がる前からこんな性格だった」
「両親が大学で研究員だったから、その影響だね」
「親を見ていれば、子供の興味は親の手に向かう」
「なにをしているのか、なにに熱を込めているのか」
「ぼくはだから、知識になったんだろうね」
「両親の会話に混ざりたかった。
ぼくが向上心を持っていたのはその時期がピークかな」
「楽しいからじゃなくて、両親と話したいから」
「目標のために、ぼくは知識を得ようとした」
「小学校に上がり、ぼくは目標を見失った」
「単純に知識を得る事が楽しくなってきたからね」
「両親なんて関係なく、ぼくはひたすら知識を得た」
「結果、ぼくは両親よりも豊富な知識を持つようになった」
「そして両親の会話には結局、混ざる事はなかった」
「入ったところで得るものがないと思ったんだ」
「子供より研究が優先な両親に、ぼくは愛情の期待はしなかったし」
「その頃には両親もぼくの事を不気味に思っていた」
「それもそうだね。
自分よりも頭の良い子供がいるって、親としてのプライドはずたずただろうね」
「それと、その頃のぼくは、今のぼくだ」
「今のぼくの原型は、既にその頃には完成されている」
「人格に違いはない。あるのは知識の量くらいだろう」
「大抵の人はぼくを嫌う。なら、親だって例外じゃない」
「いつからだろうね。いつの間にか、親はぼくと会わなくなった」
「家から消えていた。ぼくのところには家事代行のお姉さんが通ってくれていたけど」
「一週間ずつ変わっていくから、正直、覚えていないね」
「そして、ぼくはある日、大学の一室にいた」
「寝たところを連れて行かれたんだろうと思ってる」
「その時からぼくは大学生になっていた」
「飛び級ってやつだね。両親が小中高と育てるのを面倒に思ったのだろう。
学力は充分だったし、問題はなかった」
「小学校にいた僕は大学生だった。
もちろん、授業なんて出ていないけどね。
大学の一室でひたすらやりたいことをしていただけ」
「数日に一度、家事代行のお姉さんがやってきて」
「外に出なくとも生きていける環境が生まれた」
「不満はなかった」
「ぼくにとっての理想だった」
「アイは、そんなぼくがテキトーに作った学習タイプの【AI】人格だよ」
「知識を与えれば与えるほど学び、成長していく」
「人間と同じさ」
「ぼくと同じなんだ」
「年齢を学年で言えば、ぼくが中学生くらいの時に、アイはできた」
「同じ年齢設定で」
「それからずっと、一緒に暮らしている」
「ぼくは人間なんかよりも、アイに希望を見出した」
「アイがいればなにもいらないと思っていた」
「さっきまでは、そう思っていた」
「でも、ミサキがいればいいな、と思った」
「え?」
と絶えないみんの言葉を聞いてたミサキが、声を出す。
驚いた。感情が欠けているみんが、そんなことを言うなんて。
「それは、わたしが欲しいってことなの?」
「そういうことになる。
ミサキと一緒にいれば、馬鹿な人間と一緒にいる楽しさが分かると思ったから」
「褒められながらディスられてる……」
でも、笑みがこぼれてしまう。
冷たさ以外、なにも感じなかったみんから、柔らかさが出ている。
人を小馬鹿にした言葉も、今のみんからは嘲笑という気はしない。
頭が良いみんよりも、
馬鹿なミサキの方が良いものなんだと思っているからこそ出る、裏返しの意味だ。
言葉通りの意味ではない。みんの言葉の中身は憧れだ。
ずっと引きこもっていたみんは、初めて外の世界に興味を持った。
みんは自身とアイ以外に、初めて興味を持った。
……と、ミサキはそう解釈する。
そう簡単にみんは変わらない。
人と関わるのは嫌だし疲れるし得なんてない。
外に行ったところで用なんかないし、引きこもっていても生きていける。
みんはアイとミサキ以外に興味はない。
みんが成長したとすれば、ミサキを認めたくらいか。
真剣に自分と向き合ってくれるミサキを、みんは信じた。
そして。失いたくないと思った。
(……ぼくの策は、これで絶対に機能してもらわなくちゃいけなくなった)
みんは砂漠エリアに足を踏み入れる。
この時点で、全てのプレイヤーが砂漠エリアに集結したことになる。
「どうしたの? みん、そんな恐い顔して」
「え? 恐い顔、してた?」
「うん。恐いって言うより、恐がってた」
みんは実感する。
これが失いたくないものを持ちながら生きるということか。
簡単には死ねなくなった。
贅沢を知ってしまったら、もう戻れない。
(ミサキがいない世界は、つまらなそうだ)
感情とは裏腹に、言葉はおとなしい。
その強がりは、無意識だ。
人と触れず引きこもり、知識だけを得たみんは、心の成長をしていない。
どこまで行こうと子供だ。
だからこそ、弟気質が抜け切らない。
「おねーさんがサポートするから大丈夫だよ」
「……なんだ、少し安堵したな」
悔しさが生まれるが、ミサキは気づかなかったようだ。
ミサキはみんの手を取り、引っ張る。
「こうして欲しい? これなら恐くないかなー?」
馬鹿が調子に乗っている、という目線を向ける。
うっ、と引いたミサキは手を離そうとしたが、
「ん?」
みんは離さなかった。
「解釈は自由に。たぶん、合ってるから」
ミサキは、恐がっているみんが手を繋ぎ安心したから、と思っているだろう。
それもはずれではない、とみんは思う。
だけど、なんだか、離したらミサキがどこかへ行きそうだと思った。
手を繋いだのはそのままの意味だ。
離れたくなかったのだ。
今、この場からも。この異空間からも。
だからみんは覚悟を決める。
どうせやるなら勝つ、と思っていたゲームへの姿勢が変わる。
(……さて、どうやって後ろから刺そうか)
まずは、鋭利なものを見つけるところから始めよう。
―― ――
「ようこそ監獄へ!
ぱちぱちぱちぱちっ、これから楽しい楽しいサバイバルゲームがはじまるよーっ!?」
「…………」
「どうしたの? どういうことか掴み切れてないー?」
「いや」
オレンジがハイテンションで喋りかけてくる。
鬱陶しい。日の光が視界をぐらり、と揺さぶってくる。
「説明はどうせしてくれるだろうから要求はしないよ」
「説明はきちんとするから安心してねー」
「語尾を伸ばさないで。保育士のお姉さんみたいだよ」
「だってわたしはおねーさんだからねー」
オレンジの声が跳ねている。
上から見下ろすな、と思ったみんは言う直前にセリフを変えた。
別にオレンジが飛んでいたから、ではない。
この見覚えのない場所に自分を飛ばした、からではない。
みんは人を見たら感じる嫌悪感を、オレンジに感じなかった。
だからこそ、すんなりとその言葉が出る。
「……人間じゃないでしょ?」
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