第18話 みん その1
(おいおい)
(なんつー力だ)
(いや、これはそういうレベルじゃねえだろ!?)
動揺する無々の後ろ。死角。
愛舞が、飛び出して来た。
(ちっとずるいかもしれねえが)
(こっちは生身だ、勘弁してくれよ)
痛みはない。絞めるだけ。
苦しむ事なく、退場させてやる。
愛舞は手に力を入れる。両手を無々の首に伸ばしたところで、
ぐるん。と。
兵器が唐突に真後ろを向いた。
(――は?)
(ばれ、た?)
いや。
無々ですら理解できていない顔をしている。
彼の意思ではない。
兵器が勝手に動いた。意志が、あるかのように。
どんな意図があり?
なにを観測した?
愛舞の推測は答えを出せなかった。
無々の意思関係なく発射された青白い光線によって、愛舞の腹部が大穴を空ける。
そのまま真後ろに大の字になって倒れる愛舞の意識が薄れる。
負けた。
イレギュラーの介入によって、真面目な勝負ではなかったが。
それでも、久しぶりに本気で走った。
本気で力を出した。本気で考えた。本気で努力した。
自分よりも強い奴がいると、実体験で分かった。
(負けた、けど……)
「愛ちゃん!?」
飛んでくるミサキの顔さえも見る前に、目を閉じる。
「しっかり、愛ちゃん!?」
(ああ、もういいよ、ミサキ)
(あたしは満足だ)
(あたしの願いは、もう叶ってる)
真剣勝負ができる奴が欲しかった。本気を出せる奴が欲しかった。
そいつはもう、目の前にいる。
だから。
(頑張る意味はねえ)
そして愛舞の体が輝き始める。
やがて全身が粒子となり、舞い上がる。
死亡するに等しいダメージを受けたプレイヤーは、強制退場させられる。
箱庭から姿を消し、この異空間からも排除される。
記憶を消されて、現実世界へ戻される。
一人の脱落を意味した。
その報せは、遅れる事なく全員へ伝わった。
「危なかったな……」
呟いた少年は、砂漠のゆるやかな坂道の高低差を利用し、隠れる。
高低差のおかげで、青白い光線も避ける事ができた。
望むのならば岩場まで行きたいが、あの兵器が邪魔だった。
行けば必ず狙われるだろう。
「大回りするにしても、高低差が途中で無くなる、か」
「だからあんな要望を出したらダメだって言ったのに。
結局、自分で自分を追い詰めてるじゃん」
ミサキの、もー、という声に、少年が返す。
「でも、あの要望がなくちゃ、ぼくは勝てないんだよ、ミサキ」
「?」
首を傾げるミサキへ、視線は向けない。
兵器を見つめたまま。
「奪わなくても、触れれば勝てる、か」
暗闇の瞳で見るのは、白髪の少年。
張り続けた蜘蛛の巣が、機能する時がくる。
「行こうか」
黒子に徹していた者が舞台に立つ。
確信した勝利があるからこそ動いた、彼の予定を崩す事は難しい。
――数十分前・港エリア――
「砂漠エリアへ行くよ」
ミーティングから戻ってきたみんはサイコロを振り、素早く移動を始める。
出目は一だった。
いつもと変わらない数。
これ以外が出た試しがない。
その数で困っているわけではないので、結果に納得する。
声をかけた時、みんはミサキを一瞥もしなかった。
「はあ、いちいち説教するのも馬鹿らしくなってきちゃった……」
「ぼくが使った手が上手く働いてくれればいいけど。……可能性は低いか」
「そういうところもだし! 目を合わせてきちんとわたしと会話して!」
「会話なんて流れ作業だよ。それだけに専念するのは非効率だ」
「だから友達がいないんだよ、みんは……」
「いないのは友達だけじゃないけどね」
血縁だって。
友達以下だっていない。
いるのはたった一人の。
人間じゃない存在だ。
「お母さんとお父さんは?」
「そういうことはミサキは知っているんじゃないの?」
ミサキは首を左右に振る。
「なんでぼくを呼んだの? まさか、テキトーなわけはないよね?」
「テキトーじゃないけど……」
ミサキが連れてくるプレイヤーの選定方法は、ただの好みだ。
好き嫌いではなく、その者の中を知りたいかどうか。
探求心からくる欲望の結果だ。
ミサキはみんの事を一目見て、知りたいと思った。
朝から夜まで覗き、ずっと一人きりの彼に、心惹かれた。
「ぼくの人間的……生物的な欠陥があったから呼んだのかと思った」
「生物的な欠陥って……」
「ぼくと長いこと一緒にいるんだから分かるでしょ。
ぼくは存在自体がよく分からないミサキよりも欠陥が多いと自覚してるよ」
「今、さらっと失礼なことを言ったよね」
存在自体がよく分からないって。女の子なんだけど。
「女子に向かってそういうことは言っちゃいけないよ」
「ミサキが女子ならそうするけど」
「女子ですぅッ!」
ほらほらー、とミサキが、みんに、後ろから抱き着く。
「重い」
「飛んでるんだけど!?」
重さで言えばだいぶ軽いはずだ。
ショックを受けたミサキは、さらになにか言われる前に離れる。
感情を見せず、淡々と吐き出されるみんの毒は、コンピューターのようだ。
だからこそ、本当なのではないか、と思ってしまう。
なに一つ、冗談に聞こえない。
「ねえー、みーんー」
「なに?」
みんの横へ並ぶミサキ。
みんは目線を次のエリアである砂漠エリアへ向けている。
「ちょっとは楽しそうにさ、笑ってみてよほらほら! にーって」
指で口角を上げて笑ってみせる。みんは横目だけで見る。
「笑えないよ」
「サバイバルゲームという、命懸けのゲームをしている限りはね」
「正直、ミサキも信用していない。
アドバイザーとか言ってるけど、スパイの可能性だってあるんだから」
小さな声で大きな刃を言葉として振り下ろす。
みんはすたすたと速度を変えずに進んでいく。
ミサキからどんどんと距離を離す。ミサキの速度が、落ちているのだ。
「……なんで、よ」
ミサキは声を漏らす。
「わたしはみんのために! みんの役に立ちたいのに!」
「どうしてそんなに嫌われなくちゃいけないの!?」
みんは振り向かない。距離が遠い。
それでもはっきりと声は聞こえた。
「ぼくをあの部屋から出したから」
「こんなゲームに巻き込んだから」
「理由があるとすればそれくらいかな」
「ぼくは基本的になにも信用しないからね」
「自分で作り上げたものしか信用しない。それは、責任として」
こんなゲームに巻き込まれたから、と言われたら弱い。
それはミサキが言い訳のしようがなく、悪い。
たとえ異空間とは言え。
中での影響が現実世界へ引き継がれないとは言え。
サバイバルゲームに巻き込まれた方は、たまったものではない。
だからこそ、ミサキは全力でプレイヤーをサポートする。
興味を持った人間から色々と吸収するが、嫌われたくはなかったからだ。
嫌われると、どれだけ心が痛むか、ミサキは知っている。
今までのゲームと数多くのプレイヤーから学んだ。
あの気持ちになるのは、もう嫌だった。
「みん!」
ミサキは、みんの元へ、一直線に飛ぶ。
突撃した時の鈍い音は、体に鈍痛を与えた。
みんを押し倒すように、ミサキがみんの上にまたがる。
「……どういうつもり?」
まだ砂漠エリアではない。だから地面はコンクリートだ。
みんは痛みに顔をしかめることなく、平然と質問した。
「本気で、説教をね」
ミサキは柔らかさを消す。
自分でも珍しいと思う。
ぷんすかと不満を訴える程度の怒りはするものの、
音もなく心の底から怒るというのは中々ない。
「説教、ね。どうせ同い年くらいでしょ。お姉さんぶらないでほしいけど」
「どうして同い年くらいって決めつけるのかな。もしかしたら上かもしれないのに」
「それはない。上だとしたら馬鹿過ぎる」
「…………」
「ぼくに説教なんてできる立場じゃないよ」
「あんた、ねえ」
引きつった笑みしか出ない。
さてこのわがままなガキ、どうしようか。
そう考えたミサキの腕に激痛が走る。
「いたっ――あっ!」
視界が揺れる。
事態を把握した時には、みんに状況を逆転されていた。
押し倒され、しかも両手が塞がれた。
上に乗られているため動けない。
できるとしたらもぞもぞと体をくねらせることくらいか。
「ぼくの邪魔をするな。ぼくに関わるな」
「人間関係なんて面倒なだけだ」
「一人でいるのが気楽だ」
「大切なものなんてできない」
「失うものも、そもそもできない」
「荷物がない方が、終わる時に後悔がない」
何重にも黒く塗り潰されたような瞳が見つめてくる。
表情から読み取れる感情は分からない。
でも彼は、冗談を言わない。だから本心なのだ。
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