御鈴木(みすずき)相談室:船上探偵録
渡貫とゐち
前編
第1話 御鈴木涼綺・十八歳
自分の中にある才能とか天才的な能力とか、他人とは一線を越えて、違く優秀だと錯覚することがある――。実際、全然そんなことがなくとも、自分を外側から見ている人が凄い凄いと、無邪気にも悪意なく褒めてくれれば、そりゃもちろんのように勘違いしてしまうのは、当たり前のことだろう。それを自分の中で、お世辞だとか、相手がただ自分のことを買い被り過ぎているだけだとか、認識を上手いこと調整して冷静に、自分のことを客観的に見ることができれば、調子に乗ることはなく、恥じをかくことも、仲良しこよしの群衆から弾き出されることもないのだけど――、そんな細かく繊細な精神作業を、未来を見て、据えて、考えることができるような小学生では、私はまったくなかった。
己の能力に自信を持つのは良いことである――変に、過剰に引っ込んでいるよりは、比べてみれば、全然良いことである……。しかし自信を持ち過ぎているのも、さっき挙げた例に当てはめてみれば、自信を持ち過ぎて高圧的な態度を取ってしまうのは、仲間たちの輪からはずれる意味を持ち、はずされる危険性を多分に含んでしまう。
小学生……そして危険度は増すけれど、中学生時代もまだ、弾き出されたとしても相手から発せられる敵意は、優しいものである――まだ常識の範疇、子供がすることであるから、避けようはあるし、がまんのしようがある。
どれだけ間違おうとも、時間が解決してくれる問題は、数多く存在するのだ。
ここまでは私も通ってきた道だ。
あの時はなにを間違えたのか――いや、褒められたから調子に乗ってしまったという記憶が、原因を知っている。私は、自分にはなにか凄い力が秘められているのではないか、だから他人とは違うのではないか、そう思い、自分は優秀だと錯覚していたのだ。
もちろんそれを良く思わない子供たちは、私を弾き出し、敵対の対象にして、小さなものだけれど、いじめという物理と精神の攻撃で、私を叩きのめしてきた――叩き潰してきた。
空気が読める者ならば、ここで、いやここよりも以前に、ターゲットにされた時点で態度をあらためるものだけれど、けれど私はしなかった――。どうしてなのかは、やっぱり相手は自分に嫉妬していたのではないか、などという、まるで中二病のようなことを言っていたからである。
あの時の私に出会えたのならば殴りたい……。今の職業を考えてしまえば、そんなことは自動的なセーフティが無意識にかかってしまって、できないだろうけど。
小学生、中学生の時代は、自分の中にある力が他人よりも優れている――そう錯覚しているのだろう。言ってしまえば、過剰な自信である――ないものをあるかのように振る舞う妄想の一種であるが、自信というものは、成長を加速させる大きな役割を果たしてくれるので、ここまでのこの勘違いからの、敵対作りに文句があるとは、断言はできない。
なければない方がいいけれど、あれば便利だろうなあ、というわけである。
そして問題があるとすれば高校生である――成長過程で言えば青年時代で、最も成長に大きな影響を与える部分である……、今までの説を言えば、だからこそ、ここで大きな自信を持つことが重要なのではないかと思うけれど、過剰ではダメなのだ。
小、中とは違って、ここから先は大人と変わらない――つまり敵対した時の相手側からの攻撃は、もう大人となにも変わらないのである。
物理的な攻撃は重く大きく響き、体に致命的なダメージを与える可能性は低くない。精神的な面でも、大人になっても引きずるようなものも、平気で使用してくることもある――これから先のポジティブとネガティブ精神、どちらかに偏る分岐点の幅を、狭めてしまうかもしれないのだ。自信を持つことは良いことである――それは高校生も変わらず、成長に大きな影響を与えることは、断言できるほどに確実である。
さっきも言ったように、過剰でなければいい――小、中と同じように高圧的な態度を取っていれば、相手からは弾かれ、社会的に抹殺される……、そうならないように、調整していく必要があるのだ。大多数の人間は空気感で分かったり、一度の失敗で自分はそういう人間ではないのだろうな、と、現実を見つけることができる。
そして小、中で培ってきた自信の半分以上を失い――それでも分野が違うというだけで、他の自信を見つけるだけでも、成長に影響はするのだ。
自分の才能で自信を持たなくとも、自分よりも強者が存在している括りの技術の中で自信を持ったって、効果は変わらないのだ。
そう言う私は、挙げた二つ以外の最悪なパターンの一人なのかと思われても話の仕様上、仕方ないのかもしれないけれど、期待には応えられず、平凡で普通に、空気感で分かったタイプの人間である。あれだけ自分は優秀だと思っていたのが、高校に入って、一発で、空気感で、違うものだと分かったのだ。
ここには自分よりも優秀な人たちがいる、ここでは自分なんて、空気みたいなものなのだ、と――それに私よりも一歩進んで痛い目を見ている人がいたからこそ、やめられたというのもある。いじめられたくないから、なにか、目をつけられたくないから、だから私はできるだけ高校時代は静かに生活した。
目立たず平凡に、目をつけられないように。
けれどクラスの中心にはなれる素材を持ちながら。
そして、のらりくらりと舞う花びらのように危害だけは避けて進んで、こうして現在、大人になっている――私。自分の力に過剰に自信を持っていいのは、持つべきなのは、小、中学生までである、と分かっていたというのに。
高校以降はきちんと自分を見つめ、弁え、理解することが大切だというのを持論として持っていたというのに……。なのに今の私はなにをしているのだろう――。
できるわけがないのに、話の流れから(いや、なぜそうなった……)同期の男子に、『後方宙返り』くらいはできるだろうと煽られて、馬鹿にされて、頭に血が上ってかっとなったのは認めるけれど、それは私が悪いのである……。
それにしても、まさか、できるもんっ、などと、過剰に自分に自信を持つのはどうかしていた。しかも、実際に、やるなんて。
後方宙返りなんて、やったことないのに。
成功以前の問題なのに。
怪我をするなんて当たり前なのに――なぜ、やってしまったのだろうか。
現在十八歳——、
手首を捻挫して、痛みに苦しみ中……。
誕生日はまだきていないので、高校三年生とも認識されてしまう年齢ではあるけれど、きちんと卒業して、就職している――いやいや、嘘ではなくて。
……とにかく、これはもう大人と言ってもいいのではないか……とは思う。成人はしていないけれど、大人と言ってもいいのではないか――なんて。
そんな領域に、現在、私はいるのだった。
中途半端に大人であり、微妙な位置――子供と大人の境界線上にいるような私の前で、私の捻挫してしまった手首に、屈みながら湿布を貼っているこのナース服の女性こそが、大人と言えるようなものだろう。色っぽくて頼りたくなる雰囲気を出しているのだ。
私にはまったく備わっていない、後天的に増幅したステータスだ。
年齢は未だに聞いていないけれど、物腰や態度や口調で、なんとなく、大人なのだと分かってしまう――いや、これでもしも私と同い年だったら、失礼過ぎて一生、口を利いてもらえなさそうだけれど……だけどそんな考えの優先度はだいぶ低いので、私は無意識的に、この女性が私と同い年だという可能性を捨てているのだろう。
うん、きっとそう。これで同い年は、ないだろう。
いや、それは別に彼女が私と比べて老けているというわけではなくて、単純に、私よりも大人っぽいということであって……、つまりは、だからこそ大人なのだろうと思ったわけである。
こんなにも訂正を繰り返しても結局、口に出すことはしないので、彼女の気分を害してしまうとかそんなことは関係ないのだけれど――だからこれはただの、私の自己満足なのだった。
すると、
「はい、これで大丈夫っ!」と私の手首に貼られた湿布が、とんっ、と叩かれた。
「――っ」
と息が詰まったけれど、別に痛くはなかった――驚いたのと、触れられたという感触が、次にくるだろう痛みを先行して読んでしまったために起こった、瞬間的な硬直だったのだ。
表に出さないようにしていたけれど、彼女には伝わってしまったようで――自分が叩いた影響で、私が少し、痛くはないのだけれど痛がってしまったから、彼女は、もしかして私が痛がったのは自分のせいなのかと思ってしまったらしく、勢い良く謝ってくる。
「ご――ごめんね大丈夫!? 痛かった?
優しく貼り付けたんだけど、ちょっと強過ぎたかな!?」
ほんとごめんね!? と言いながら、私の手首を湿布越しで擦ってくれるナース服の彼女――今日はプライベートなのだと思っていたけれど、ナース服なのだから、もちろん仕事なのだろう……遅く、今更な発見に言葉を奪われていると、彼女はさらに不安そうになっていく。
「――って、なにも言わない、言えないほど、そ、そこまで痛かった!?
言葉を失うほどに痛みがあった!? もしかして、これ、このまま気絶、とか――」
「わーわーっ! 大丈夫です大丈夫ですっ!
だからそんなに焦らないでください、
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