第47話 プリムムが勝るもの

「――試験に生き残るため……、なら、プリムムを狙う必要はないよね?」


 その必要はない。誰かを狙う事が試験の内容に含まれているわけではない。

 放っておいたところで、別の場所で脱落する可能性があるし、

 試験終盤、残りの数人の中に含まれ、共に合格する事もできるだろう。

 特に理由がなければ、あえて狙う事もないのだ。


 理由がなければ、の話だ。


 しかしターミナルには理由があった。


「プリムムのコアはわたしが手に入れる。

 なにを積まれても、これは譲れない」


 一瞬、じゃあなしだ、と言いそうになったのを堪える。

 自分の目的を思い出した。

 この惑星から脱出をする事だ。そのためにはこの寄り道も正道と言える。


 しかし分かってはいても、葛藤があった。

 なぜならターミナルに倒されるプリムムを、黙って見届けなければならない。

 幸いにもアーマーズは死なない……、とは言えだ。

 その光景を想像したら、もやっと、感情に陰りが出来た。


 短い時間だが、共に道中、旅をした相手だ。

 目を覚ました時に偶然、近くにいた少女だとは言え――。


 いや、と、弥は見落としていたなにか――違和感を抱く。


 目が覚めた時、プリムムは服を着ていなかった。

 目に焼き付いていたその光景は、すぐに思い出せる。

 だから見落としがあった。


 正確には聞き逃しだ。

 彼女の、裸という印象が強いために、なあなあになってしまっていたが、

 彼女は女だと勘違いした弥にこう言った。


『なによ、せっかく助けてあげたのに』


 ……びしょ濡れだった服を見れば、泉に落下したのは明白だ。

 意識がないまま泉に沈み、呼吸ができない弥を助けたのは、プリムムだった。


 それについてのお礼を、弥はまだ言っていなかった。


「……プリムムも、それを主張していなかったのに……」


 恩着せがましく、したくなかったからだろう。

 借りがあり、それを返す。その関係を作って終わらすためには、今の状況は厳しい。

 だから彼女はそのあたりを煙に巻き、

 弥がどういう選択をしてもひとまず脱出に専念できるようにした。


 ターミナルのこの話にも、乗れるように。


 だが気づいてしまえば、彼女の意図を分かっていても、止まれない。


 抑え込んだ言葉が、遠慮なく吐き出された。


「なら、なしだ」


 プリムムを狙うお前と組みたくなんてない。そう宣言したようなものだ。


 言葉の裏の本音を感じ取り、ターミナルの柔らかくなった表情が強張った。


「なぜだ……あいつよりもわたしは優秀だ、実力もある……。

 ワタルが望む事なら、なんでも叶えられる自信がある!」


 そういう事じゃない。

 優秀だとか、そうじゃないとか、弥にとって価値はない。


 すると、プリムムへの対抗心が強過ぎて、恐らくなんとしてでも弥を引き止めようと思ったのだろう……、ターミナルはとんでもない事を口走った。


「お、オトコは、わたしたちの体を欲しがるんだろう!? なら、わたしの体を好きにしていい、身長は足りないが、わたしも容姿には自信があるんだっ!」


 ぴくり、と弥が反応した。

 とは言っても彼女を求めたわけではない。


 侮辱された、と思ったからだ。

 ――自分を、ではなく。


 確信を持って言える。これは絶対だ。


「お前がプリムムに勝ってるなんて、思い上がるなよ」


 ―― ――


 ターミナルとプリムムの成績には大きな差がある。

 天と地ほどの、と言ってもいいだろう。

 あくまでもそれは学力や戦闘能力であり、女性としての魅力は測られていない。

 数値として評価は出ているが、彼女たちの目には晒されていない、裏の情報である。


 その点で順位付けをすれば、プリムムの見た目はぶっちぎりで、一位である――。


 そんな事などいざ知らず、ターミナルは必死になって弥を引き止めていた自分が、馬鹿に思えてきた。冷静になったように見せかけて、やはり怒りが勝った。

 プリムムにだけは負けたくない。優秀なわたしが、なぜあんな落ちこぼれに――ッ。


 弥を使い、己を装備させれば、能力が一段階、上がるはず――、だが別に、それをしなくとも彼女はプリムムからコアを奪えるし、他のアーマーズに劣る事はないのだ。


 弥など必要なくとも、試験に生き残る事など、簡単だ。

 だから――、言う事を聞かない馬など、いらない。

 手元にあって邪魔になり、

 誰かの手に渡って厄介になるくらいなら、今ここで壊すべきなのだ。


 弥は既に満身創痍である。

 壊すのに労力は使わないだろう。


「バカなやつ」


 ターミナルは剣を掴み直した。その刃は弥の首を狙っている。


「じゃあ――ワタルは一体、なにがしたかったんだ?」


 たぶん、さ。

 ……そう弥は声に出さず、自分の感情と向き合った。


 ……プリムムを捨てて、他の子と一緒にいるなんて、したくなかったんだろうな。


 そして、ターミナルが剣を、思い切り振り抜いた。


 ―― ――


 宙に漂うように血が舞い、ターミナルの頬に数滴、付着した。


 彼女の目が、信じられないようなものを見る目で、見開かれていた。


 剣が切り裂いたのは、ターミナルと同じ、白いボディスーツ。

 斬られた裂け目から女の子の肌が見えているが、それも溢れ出す血によって、見えなくなる。

 弥の姿は、ターミナルからは、現れた第三者によって壁になっており、見えなかった。


 弥もターミナルも、間に挟まった人影により、互いの表情は窺えない。


 それでも言葉は同時に、重なって叫ばれていた。


「「――プリムムッ!」」


 弥にやっと追いついたプリムムは、

 両手首を能力の反動により負傷しており、満足に使えない。

 遠くから見えても攻撃をする事ができないため、弥を庇う行動を取ったのだ。


 間に合って良かった……、彼女はそう呟いた。

 消え入りそうな声だった。

 小さな声でもはっきりと聞こえたのは、その距離の近さなのかもしれなかった。


 彼女はコアが無事である限り、死なない。

 しかし今の表情を見れば、痛みはある。


 そんな事実、いま気づくような事でもなかったのに――。


 プリムムに甘え過ぎていた。

 だからなにも見えていなかった。

 彼女の痛みも、苦労も。

 自分の事ばかりを考えていたせいである。


 事故でこの惑星に迷い込んだと、自分の悲劇に酔っていた。


 弥は、プリムムの助けには、なっていなかった――。

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