第29話 王への道
翌日、メイビーたち三人は戦車に乗り込み、無人島から先へ進むことにした。
ガスパンプが襲撃して来たということは、それに続いて、他の選手も襲撃してくる可能性がある、とメイビーは危険性を考慮して、朝早くに出発しようと提案したのだった。
だが、ガスパンプは、これまでの道にいる者は全て殺してきた――と言った。
なら、襲撃してくる選手はいない状態であるのだが、それを知っているドリューはしかし、情報を明かすことはなかった。
襲撃される可能性があろうがなかろうが、なんにせよ、早く出発して困ることはない。
メイビーは戦車の中、運転席に座り、その後ろでホークが寝転がっている――、ドリューは中ではなく外、戦車の屋根の部分で風に当たりながら座っていた……。
いつもの、と言う程、一緒にいる時間は長くはないが、この状態が彼らの標準の体勢だということを、彼ら自身でそう認識していた。
無人島を出発して海上道路を走行する。
速度はあまり出していなかった。まだマシンのエンジンを慣らしている最中とも言えるが、本音を言えば、速度を出す意味もなかったので、ゆっくりと走行しているのだった。
ガスパンプを倒したメイビー達の後ろを追う者はいない。
別ルートの島を経由している選手を含めれば分からないが、しかし、昨日の段階で一位は自分達であるので、不確定要素にびくびくと怯えていても仕方ない。
ここは強気で、余裕で進もうという気持ちを表しているとも言える。
なにをしたって、あと数時間もすれば、どの選手が一位なのかを教えてくれる中継カメラが姿を現す――、もしも距離を突き放されていたとしても、報告を聞いてから追いかけ、追いつく自信はある。だから中継カメラが姿を現すまでは、この速度を維持して走り続けるつもりだった。
なので手は忙しくなく、暇であったりする。ぼーっとしていても事故になるような道路構成ではないので、頭をからっぽにしていても、次の島には辿り着くことができる。
それに甘えて運転を疎かにするつもりはないが、しかし目を離すことはなくとも、前方に向けていた意識を後ろに向けてしまうのも、まあ無理のないことだった。
「……昨日の……あいつは、殺す必要があったのか?」
小さな声だったが、しかししっかりと、メイビーは後ろの二人に声をかけた。
「またその話か……嫌というほど、昨日の夜に、それは話した話題だろう。
それに、殺したのは俺じゃない、と言ってこの話題を避けるつもりはないが、それでも言っておくが、殺したのは俺じゃなくてあいつだ――」
ホークは真上を指差す――寝転がっているので腕を伸ばしただけだった。
「あいつ、ドリューだ。あいつだって昨日、言っていただろう、あの殺しは仕方なかったって。
あそこでミクロン糸線を使って攻撃していなければ、あんたは殺されていたんだ。
だから必要な殺しだったんだよ」
「……そう、だが」
納得はしているようだが、しかしすっきりしていない、曖昧な返事をするメイビーだ。
彼女だって殺したことを全面的に、積極的に責めているわけではない。必要なことだと分かっているし、あそこで殺してもらっていなければ、自分が殺されていたかもしれないという可能性があったということも、理解している。
サバイバルレースに出場するのだから、死など簡単に見ることができて、ああいう状況に居合わせてしまうことも覚悟していた。だけど、やはり、メイビーだって女である。
女の子――である。
レース前に覚悟を決めても、戦車越しで、血だらけで倒れている他人を見ていても、それでも自分の目の前で、肉眼で直接、血を噴出しながら人が殺されている光景を見てしまえば、心は揺らいでしまう。
覚悟が揺らいで。
恐怖が刻み込まれてしまって。
最後のガスパンプの表情が、頭の中から拭い切れていなかった。
「――おい、大丈夫か?」
そのホークの言葉は、耳に入っていなかったようで、ホークが心配して繰り返し発した二回目のその言葉に、メイビーはやっと気づくことができた。
「あ、ああ――大丈夫だ。なんでもない。……次の島までは、休んでいていいぞ」
「そのつもりだが――ああ、分かった。じゃあ、なにか用があれば言え。俺は上にいる」
言ってから立ち上がり、開いた天井部分についている出口から手を出して、屋根に手を置くホーク。そして、ぐん、と登り、外へ出る。
消えたホークの気配を感じ取ってから。
メイビーは、ぎゅっと、自分の体を抱いた。
「恐いよ、パパ……」
このレースで初めて吐く弱音を、誰にも聞かせたくなかった。
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