第28話 裏切り同盟 その2
「――もしかして、あれですかね?」
ガスパンプは視界の先に見える男を見つけてから、後ろをちらりと見ながら問いかけたが、返事はなかった。どうやら、ガスパンプが見つけるよりも早く見つけ、ドリューは一足早く、マシンから降りたらしい――。
どこかで隙が出るのを待っているのだろう……、いや、正確には、ガスパンプが相手の男から隙を引き出すのを待っているのだろう。
期待されているとは、さすがに思えなかったが、それでも勝手な想像――妄想で、期待されていると認識し、無理やりモチベーションを上げて、男に近づいていく。
男はガスパンプの乗るバイクの音に気づいたようだ。斜面になっている地面――、森と景色は変わらず、変わっているとすれば、木が不規則に乱立して生えているという点か……。
地形の不利を難ともせず、男が回避行動を取る。
走って逃げるように回避する男を追い、バイクはその木をなぎ倒しながら、勢いのままに突撃しようとした。
男の背中を捉えた。速度をあと少しでも上げれば、
飛んでいることに違いはないが、
自発的であるか、ないかの違いは、実力の差を確認するのに最適であった。
というか、ガスパンプの視点では、なにが起こったのかすぐには理解できなかった。男がいきなり跳び上がって、現在はバイクの真上、ガスパンプの真上を飛んでいるようにしか見えない。
見る、という点に限れば、その認識でも合っているのだが、きちんと理解すれば、男は逃げる過程で木を蹴り、真後ろに大きく飛んだ――、そして空中で体勢を整えながら、真下にいる、運転しているガスパンプの脳天へ、拳銃を向けていた。
遅過ぎる理解は、もう手遅れの域に足を踏み込んでいる。
気づいたところで、どんな者でもこの状態で向けられる銃口から出てくる銃弾を、無傷で避けることは不可能に近いだろう。
避けられたとしても、どこかしら、掠る程度の攻撃は受けてしまうはずである。
それは達人ですら、避けるのは難しいものだ。
そんな技をガスパンプができるはずもなく――、
だからここから先の出来事は、ガスパンプの力ではなく、まったくの偶然だった。
大きめの石ころに乗り上げたバイクは、バランスを崩して横転――、斜面を転がりそのまま山の頂上に近いところから、最下層まで一気に落ちてしまう。
車ではなくバイクなので、彼を囲むものがなく、落下の最中に周りの破片や木片の、激突という攻撃を受けることになってしまう。
悲鳴も上げられず、息を飲むことしかできないガスパンプは、必死にバイクにしがみつき、愛用のマシンと共に転がり落ちていく。
幸いにも、落下地点は横転開始地点から、大きくずれた海だった。
今度は必然、息を止めることになるが、咄嗟の行動で、そうそう上手くできるはずもなく、ガスパンプはすぐに息を吐き出してしまい、酸素不足になる。
愛用してはいても命よりは軽い。物理的に重いバイクを葛藤なく乗り捨て、ガスパンプはもがき、水面から顔を出す。
そこには。
黄色があった。
「? なんだお前は――もしかして、敵なのか?」
きょとんとする少女を見つけたガスパンプは――、彼自身は完全に尊敬するドリューの役に立ちたいと思い、起こした行動だった。
彼は下半身だけ水に浸かる少女に、手持ちのナイフを喉元に突きつけて、
「動くな……ついて来い。あんたは、あの男の人質なんだよ」
そう言った次の瞬間。
ガスパンプのナイフを持つ手は、ぷつんっ、と、真上に打ち上がる。
続けて手だけではなく、腕も肩も――そして顔のパーツまでもが、次々と体から切り離されていった。それをずっと見続けていた黄色い少女・メイビー・ストラヘッジは、大量の返り血を浴びながらも、目が離せなかった。
離さないのではなく、そのままの意味で、体が固まり、離せなかったのだ。
結局、最後まで見続けてしまい、最終的にのっぺらぼうになったガスパンプの顔……最後の仕上げとばかりに、顔自体をハムのように輪切りにし、水面に浮かび流れていく末路を見て、メイビーは、水面に顔を埋めた。
もしもあのまま水面から顔を出していたら、間違いなく吐いていた。それ程、目の前で起こった映像の衝撃が強かったのだ。できることならば、そんな光景を見せたくはなかったが、あの状況ならば仕方がない。ミクロン糸線を巻き取りながら、山の中で、ドリューがそう思う。
ざっ、ざっ、とわざわざ分かりやすく音を立てて近づいて来たのは、見なくとも分かる――ホークだった。彼は自分の体に巻きついている糸を解き、捨てながら、
「……あんなに計画と策を立てて、俺の隙を引き出そうとして――、
なのに俺を殺すことよりも、姫様を助けることを優先させたのか?」
「ああ――ま、あの子が死ぬのが一番ダメなことだからね。お前を殺すことはいつでもどこでもできるけど、あの子の死を回避するのは、今しかできなかったことだから」
「だが、あの男、きっと姫様を殺す気はなかったと思うぞ。殺せば俺達がどうするか、俺らの関係を正確に知っていなくとも、分かるはずだしな。
ありそうなところで人質ってところだな――だからすぐに殺される心配はなく、俺を殺してから駆け付けたって、全然、安全に間に合っただろうに。それでも、お姫様を助けることを優先させたのか――」
「なんだよ、なにが言いたい。依頼を受けているんだから、守ることは当たり前だろう。おいらは仕事をしただけで、当たり前のことをしたという認識しかないわけだけど」
「なぜそうも言い訳がましく、べらべらと理由をつけて避けようとするんだ? お前が俺に言ったあの質問の、本質的には同じような質問を、避けようとでもしているのか?
聞かれたら、答えられないからなのか?」
「…………鬱陶しい奴だ。今すぐにでも君を殺すことができるということを、理解していないのか? ミクロン糸線が、君が目視できる範囲の薄さと細さであると誰が言った? 今、君の首に巻かれている糸が、おいらの人差し指に繋がっている――、
指先一つで君を殺すことができるのに、そんなにおいらを挑発してもいいのか?」
「それを言うなら俺の拳銃はお前の脳天を狙っている。いつでも、こちらも指先一つでお前を殺すことができる。
お前の攻撃も俺の攻撃も、始めてから相手に直撃した後、相手は一瞬でも、行動できる暇はある。だからどちらが早かろうが、攻撃を喰らってから攻撃をする余裕はあるということだ――。
つまり、俺らは互いに命を、本当に握り合っているというわけだ」
「…………で?」
「まあ、わざわざこれを自分自身で白状する奴もいないだろう……。だから、面倒くさいから直球で言うが――お前は前に、俺にこう質問したな。
――『君って、あのお姫様のことでも好きなの?』って。いま俺がお前に同じ質問をしたところで、お前にとっては好きでもなんでもないんだろうが、それでも、俺でもこれくらいは分かる――きっと、お前は、俺よりも」
俺よりも――と、未だに後ろを振り向かずに、下にいるメイビーを見つめて、監視しているドリューを見下ろしながら、ホークが告げる。
「俺よりも――お前はあの姫様に、情が移っているんだよ」
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