第6話 謎のライバル

「……は? 死ん、だ……? 一体、どういう……?」


「事故だよ……バイク型マシンのな。今朝、機動力を上げるために、『あいつ』に合わせて調整をしたんだが、ハンドルのトラブルでな――道を曲がり切れなくて、タイヤが浮き、そのまま空中を滑って、壁に激突した。マシンと壁に挟まれて、サンドイッチ状態で――絶命」


「…………スーツは? 爆弾を抱えても肉体には傷一つ効かない、あのスーツは?」


「着ていなかった。予想はつくが、油断だろうな――、慢心だろうな。何か月も前から準備してきた自分が、こんな、ただの調整の練習で怪我をするような失敗など、することはないと、そう思って挑んだからこその、事故だろう」


 ちっ、と、少年は上司の前でも関係なく、舌打ちをした。明日、レースに出る予定選手と少年は、まったく関わり合いのない赤の他人というわけではなかった。

 任務ではほぼ毎回、同じチームになるくらいには、接点が多かったが、プライベートでは皆無だった。それくらいの関係――、友達よりは、仕事仲間、と言ったところか。


 そんな仕事仲間が、事故で死んだ――。

 その事実に知らんぷりを決め込むことができる程、関係ない関係ではなかった。


 思う事はあるが――すぐに切り替えた。私情は捨てて、本題を見つめ直す。


 彼が死んだからと言って――だが、自分が呼ばれることはないはずだ。


「――代役は他にもいますよね?」


「ああ、いるな――十人程いるが、不安もあったから、さらに十人程、候補じゃない奴も一応、呼んでおいた。正確な部屋を言ってしまえば、キミの隣や、前の奴らだったりする」


「……それだけいれば、代役は大丈夫なんですよね?」


「いや――」

 その言葉の切り方で、少年は大体の事情を察してしまう。


 つまりは、


「候補十人、候補以外十人、足して二十人――全滅だ」



 告げられた報告に、少年は息を飲み、呼吸を忘れていた。


「マシンに適応しなかった。今から調整して、それぞれの、一人一人の特徴に合わせるというのは、メカニック的にも厳しいところがあったらしくてな――。候補者もそうでない者も、全員が調整途中に運転ミスで事故って、後はあいつと同じ……辿り着く先は同じだった」


 死んだ――それが今朝の出来事。


 自分が気持ち良く寝ていた時、現実ではそんな気持ちの悪いことが起こっていたのか……。少年は思い、そして気づく。ここに来るまで、誰ともすれ違わなかったのは、いつもは騒がしい部屋から漏れてくる声が聞こえなかったのは――いなかったから。


 部屋に――いや、この世界に。


 生きて――いなかったから。


 俯いていた少年は、コーヒーの、茶色の水面から視線を上げて、上司を見る。


「…………もう、大体のことは予想できますが、聞きましょうか。

 ……俺をここに呼び出した、その用件は、なんでしょうか」


 上司は、ふう、と溜息を吐いた後に、少年の目を見て――力強く言う。



「――次の候補者は、キミだよ」


 ―― ――


 そんな、自分がいきなりこのレースに挑むことになった理由を思い出しながら、少年は目の前――目の前よりも遥か先を、バイクよりも速い速度で突き進んでいくローラースケートの少年を追いかける。


 バイクよりは速い、とは言っても、現時点で少年が出しているバイクの速度よりは速いというだけであって、今、さらにバイクを加速させれば、追いつけないこともない。

 だが、一直線に伸びる道をただ突き進むのならば特に特別な技術がなくとも追いつくことも追い抜くことも可能だろうが、しかし、スケート少年までの道中には、いくつもの障害があった。


 マシン――、少年とスケート少年の他にも参加選手はいるのだから、当たり前だが。


『……わざわざ追いかける必要はない、のか?』


 心の中で言うつもりだった迷いが、思わず口から出てしまっていた。

 呟いた通りに、わざわざこの道中、ジグザグで進むだけでは通り抜けることができないようなマシンとマシンの間を縫って抜けてまで、あの少年を追うことに、追いつくことに、追い抜くことに、意味があるとは思えなかった。


 レースなのだから、追い抜くことには当然、意味があるという点は置いておいて――、スケート少年にはさっき、追い抜かれた時にちらりと見られただけだ。

 その際に、相手側になにか、心の中を見抜かれたような気がしたが、だからなんだと――そう切り捨ててもいい話でも、


 いや――なかった。


 もしかしたら――、


 というか――自分が所属しているこの組織がある『目的』のために動いているのならば、この組織と対になるように存在している『あの』組織も、少年が所属している組織と同じ考え、同じ目的を持っていても、おかしくはない。


 あの少年は只者ではない――それは分かった。

 そしてそれは相手も同じこと――同じことを、自分にも抱いただろう。


『――もしかして、【ドリュー】なのか!?』


 少年はバイクの速度を上げて、ジグザグにマシンとマシンの間を縫うようにして、するりとあっという間に、障害を全て通り抜ける。そして、スケート少年との距離を詰めていく。


 目的の彼は、マシンの上に飛び乗ったり端にある柵の上を、まるでレールのように使用したりしながら進んでいる。無駄の多い動きだが、あれで速度は他のマシンよりも速いのだから、間違いではないのだろう。


 静かな音が自慢とも言えるこのバイク型マシンが、加速することによって悲鳴のような音を響かせている。静かな機体が声を上げる程に、速度が出ているということだ。


 少年でなければ、恐らくは今の段階でマシンが大破しているだろう――、しかしこの少年だからこそ、マシンと体が適応したからこそ、この速度を出すことができている。

 周りの景色を見る余裕などはない。フルフェイスヘルメットを被っていても、前から来る風を防御できるかと言われたらそうでもなく、体を反りたい気分だった。

 が、体を前に出して、それを防ぐ。


 後ろに反ってしまえば、それでお終い――体は乱暴に、後ろに投げ飛ばされる。


『もしもドリューならば――』


 少年は、この先のコースを見るが、まだ視認できる程、先は見えていない――。

 だが頭の中に入っているコース、地図を思い出して広げて確認してみれば、もう少しで合流地点だ。風船都市の、あらゆるスタート地点から始動し始めたマシン。それに乗った選手達が遂に交わる場所――、そして集まった道が、一本に収束される場所。


 本当の――レース。


 ここからが、本物のサバイバルレースだった。


 少年は加速に加速を重ねて、遂に追いついた。

 ちらりと真横の、柵を滑っているスケート少年を見ながら、考える――もしも。


 もしもこのスケート少年が――『ドリュー』だったのなら。


『潰しておく必要がある……それが無理なら、なんとしてでも、こいつよりも先に「あいつ」を見つけて、接触するしかない――』


 彼がドリューだという確証はない。少年の勝手な妄想でしかないのだが、さっきの接触――とは言えない、しかし今までの中では最も物理的にも精神的にも近づいた、あの追い抜かれた瞬間は、彼になにか、心の中を覗かれたような気がして、それだけは確かなものだと思っている。

 それと同じく――自分も、相手の心を覗き込むことができたのだ。


 一瞬だ。


 勘でしかないが。


 それは只者ではない、という印象と同類であるのだが。


 ――このレースに優勝しようとしていない、しかし負ける気はない……、まったく違う別の目的を持って動いている、そんな気配を感じ取った。


『警戒して損はない。潰そうと動いて損はない。マークをしておいて、損はない』


 今ここで攻撃を仕掛けるつもりはないが――、

 いずれ潰そう、と決意だけを固めておいて、合流地点を今は黙々と目指す。


 後ろに流れていくように見えている地面を見つめながら、少年は上司から出された依頼内容を再度確認した。


 レースに優勝することは目的ではない――、最悪、何位でもいいが、出来れば二位、三位辺りを勝ち取ってくれれば尚良い、とのことだった。

 そして最重要の目的は――『元』次代じだいの『世界王』候補である【メイビー・ストラヘッジ】との接触。そして彼女を、優勝させること。


 一位になるように導くこと。


 次代じだい世界王せかいおうになるように、導くこと。


『……彼女は次代世界王だ――いくら次の世界王がレースによって決まるとは言え、世界王になる器、王位の者ということに、変わりはない。なら――誰よりも鉄壁な、核爆弾が激突しても無傷でいられるようなマシンに乗っている、と見るべきだろうな』


 そんなマシンなど――見た目で分かるのだろうか……。


 些細なことでいいのだ――周りのマシンと、マシン設計のベクトルが違うな、ということを感じ取れれば、それが最大のチェックポイントとなる。

 答え合わせはいくらでもできるのだから、間違った答えでも積極的に答えていくのが大事だ。



 考えると同時に観察もする。


 条件に当てはまるようなマシンと言えば――、

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