第4話 乱す少年たち

 後ろの方で爆発音が鳴り響いた。

 それに気づいたと同時、爆風が背中を押してくるが、速度の変化を体で感じることはできなかった。背中から風が当たれば、当然、多少の加速はしているだろうが、前からの抵抗の風も同時に浴びているので、結局のところ、相殺して速度に変化などないのではないか――、

 などと、思ってしまう。


 実のところどうなのかは分からないが――。


 後ろの方では、どうやらサバイバルいが始まっているようだが、自分と共にスタートしたこのグループ――、先頭の方での潰し合いは、未だに起こってはいなかった。


 後ろの方での爆発――、

 つまり、今の爆発による潰し合いが、まず最初の戦闘ということになる。


 先頭から三番目の位置にいる、真っ黒なバイクに乗っている少年は、潰し合いが起きないこの位置に退屈しているのだった。

 だから余計な考えが巡り、雑音になって、思考の中でうねうねと動いてしまっているのだ。


 そろそろ仕掛けるか――とも思うが。


 ここで攻撃を仕掛けて、もしも他の選手が、今だけ、限定的に手を組まれたら。さすがに少年でもまとめて相手はできないだろう。敵同士で、会話なくそんな連携ができるとも思えないが――少年も、絶対と言い切れる程に、思ってはいないのだが……。

 しかしそんな賭けを簡単に出来る程、賭けに勝った後のメリットに、魅力を感じているわけではなかった。


 デメリットの方が多いのではないか。となれば、ますますやるべきことではない、という結論になる。ただし、それは自分から攻撃を仕掛けない、ということであり、敵から攻撃を仕掛けられれば、当然、正当防衛として攻撃することができる。

 そう、相手からの喧嘩を、買うことができる。


 すると、言葉なく、前方、斜め右にいた自分と同じような二輪のバイク――色は青色だったが――が、急に速度を落として、少年の真横で止まった。

 止まったとは言っても表現の仕方であり、走行はしたままだ。


 少年の目から見れば、止まって見えるが。


 少年はバイクの色と同じく、黒いフルフェイスヘルメットを被っている。声は外に漏れない、ということではないのだが、そこまで装甲が厚いというわけでないのだから、話せば同じようなフルフェイスヘルメットの敵と会話することもできる。だが、少年はしなかった。


 言葉なく――言葉いらず。


 嫌な予感がした。

 青いライダーが、手を動かした。


 それだけだった。

 ハンドルから片手を離しただけだった――が。


 そして少年は、ぴたりと体に張り付いている黒いライダースジャケットのポケットから、拳銃一丁を取り出して、なめらかに、流れるような動作で隣の選手のこめかみに向けて、遠慮も葛藤もなく、いとも簡単に引き金を引いた。


 青いライダーのフルフェイスヘルメットが砕け散る。銃弾はヘルメットの中までは届いていないのだろう……、相手の頭蓋を砕くことすらも、そもそも、触れてすらいないのだろう。

 さすがの防御力と言えるものだが、しかし砕け散ったヘルメットの破片は、その破片の一部は鋭い先端を前にして、そのまま相手の頭蓋に向けて、押し込まれた。


 皮膚が突き破られ、そして骨に到達――、砕いた骨の破片が追加されて、脳に接触……。衝撃はいくらか殺され、勢いを失くしているが、もうここまでくれば減速など、威力半減以上になっても、大して意味はない。柔らかな脳を少しの接触で、機能停止にさせた。


 命までも、奪い取る。


 すると――ぐらりと。


 青いライダーは最後の言葉も、悲鳴や呻き声さえも上げることができず、バランスを崩して体から先に地面へ落下する。そして遅れて、主人を失くした、行き先が分からず真っ直ぐに進むバイクが、直進の軌道からずれ、脇の柵に激突――。

 鈍い音を発しながら、海側へ飛び立ち、水中に飛び込んだ。


 あれも、数ある中の一つの死だ。

 主人を追っていく――死だった。


『…………』


 早過ぎたか――と今の自分の行動に不安を感じてしまうが、とは言え、仕方のないことではある。あの早過ぎた行動が、最善だったということは自分自身で納得しているので、あまり不安が長く続くことはなかった。


 あの青いライダー……、胸ポケットから『爆弾』を取り出そうとしていた。時限式だろうがスイッチ式だろうが、取り出された時点で、爆弾というものは、死を誘発させる恐ろしいものである。爆弾使いとの戦いでまず一番最初の項目にくる対処方は『爆弾を出させない』ことである。


『使わせない』のではなく『出させない』――手に持たせない、仕掛けさせない。

 初見である敵と戦う時に相手が爆弾使いだった場合は、絶望的である。


 だが――絶望的だったが、少年は咄嗟の即死攻撃で、回避した。

 あの絶望への軌道を逸らした。


 ただ、今になってよく考えてみれば、あの青いライダーが『胸ポケットから爆弾を取り出そうとしていた』というのは、攻撃する直前に感じたことで、勝手にこれから先の行動を映像としてイメージしてしまっただけだ。実際に、本当にそうなのかと質問されたら――「分からない」としか、少年は答えられなかった。


 もしかしたら、爆弾ではなかったかもしれない――。


 名刺を取り出す仕草とも似ていたし――まあ、さすがに紙切れ一枚のために、速度を落として真横に来たわけではないだろうし、そんな友好的ではないだろうが。


 無駄な――殺しだったか?

 いや、レースなのだから、無駄な殺しは何一つとして、存在はしていないのだが。


『……だが、俺の行動が火種になってしまっている、ということはあるのか』


 周りにいた選手達の意識が、全て少年に向けられている。今の『戦い』、と言えるのか、言うならば、一方的な不意討ち――。それは、少年が青いライダーに喧嘩を売られて、買ったからこそ攻撃し、勝敗が決まった勝負であったが……だが、さっき少年が感じていた不安……、攻撃をするのが早かった――早過ぎた……その不安は、ここで効果を発揮することになる。


 悪い意味で、だ。


 戦いを始めた両者は、もちろん互いに『戦闘をする』という認識があってから、戦闘を始めたのである。つまり、確認済みなのだ。しかし周りにいた選手達は、いきなり始まった戦闘に『今まで守られていた強制的ではない停戦協定』が破られた――、

 破った少年がいると、認識してしまった。

 さっきの早過ぎた攻撃だ。早過ぎた攻撃だからこそ、少年がいきなり、一方的に油断している選手を攻撃して殺した――と、選手達には映ってしまっている。


 危険人物。


 この時、少年の立ち位置が決まった。


 そしてそれは言葉なく、少年を除いた選手達の意思が通じた瞬間だった。


 今の内に殺しておかなければならない――でないと、自分が殺される。


『――ッ!』


 敵意を感じ、通り越して殺意を感じた少年が速度を上げるが、三百六十度、全方位に様々なマシンが集まってきていた。武装も表に出てきている――、

 攻撃する気満々で、殺す気満々である。


 どうする――?


 ヘルメットの中で歯噛みした少年は――、後ろからの爆音を再び聞く。


 さっきよりも、威力が強く、しかも連続している。まるで道に転がった爆弾が、他の爆弾が爆発した衝撃によって、連鎖して爆発しているかのような――、


 さっきの青いライダーはやはり、爆弾使いだった。少年の予感は当たっていた。地面に転がした際に服からこぼれ出てしまった爆弾が、選手のマシンに踏まれたのか、時限式だったのか、とにかく爆発して連鎖し、威力が増幅していく。それはやがて大きな爆発を生み、さっきの場所からしばらく進んだこの場所まで、届いていた。


 タイミングが良過ぎる程に好都合だった。この爆発によって、集まってきているマシンが、走行に多少のブレを感じている――、彼らとは違って、少年のバイクは衝撃の影響を受けていなかった。周りには、盾、壁――囲まれているからこそ、影響を最も受けていない。

 だからこそ自由に動けている。少年は一瞬だけ速度を上げて、前方にいるスポーツカー型のマシンに乗り上げ、そのまま進み、ジャンプ台代わりにして思いきり飛び立った。


 包囲網の中心地点から抜け出し、空中で――、

 

 少年は、後ろから自分を追い越してくる人影を見た。



 少年――、自分と同じくらいの年齢の少年。

 ローラースケートというふざけたマシンを使用している。レースを舐め切っているような少年である。だが、あの爆発を避けながら、そして密集しているマシンを飛び越えながら、こうして自分の隣にいるということは、評価とは真逆に――『できる』ということだろう。


『…………』


 横目でちらりと、相手の顔を見る。


 ヘルメットの目の部分は黒くなっていて、スケート少年からは、彼の目は見えないだろう。

 それでも視線に気づいたのか、勘なのか、スケート少年が、「ん?」と彼を見る。


 そして――、


 にやりと笑った。


 馬鹿にしたような――、いや、あの顔、あの表情は、そういう類のものではなく、


 まるで――、同族を見つけたような、そんな表情だった。

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