第5話 娼館にやってきた男(3)

 化粧を整え、準備のできた女の子から次々と「出撃」していき、テオドラは最後にホールに足を踏み入れる。

 この手の酒場としては、かなり天井は高く作られており、広々とした印象を与える。客席の間も広めに設定しており、柱に備えられた燭台、吊り下げられた灯の多さも相まって、ちょつとした貴族の邸宅並みの雰囲気は出せている、というテオドラ自慢のホールだ。

 横笛と竪琴だけではあるが、軽やかな調べがバックミュージックとなって高級感を後押ししている。


 完全無比に化粧で作り上げた顔に満面の笑みを浮かべて彼女が現れると、それだけで「おお…」「ほう」と言った声がもれる。

 常連客にとり、テオドラはこの店の象徴でもある。客席の近くを通るだけで声が掛かるし、テオドラから声をかけることもある。

「お、テオドラちゃん、やっときたね」

「どーもです〜。支度に手間取っちゃって」

「今日はドーラの入札にもれてしまったよ…」

「ごめんなさいねぇ。でも、ウチには他にもいい娘いますから、積極的に浮気、してみてくださいな」

「なあ、あそこにいるお客さんって…」

「浮世の立場や仕事の話は、ここではやめておきましょ。ヤボですよ」

 そんな会話を笑顔で交わしながら、「金貨の君」の席に向かう。


 壁を背にしたソファーの様な長椅子に長卓。くつろいだ姿で長椅子の真ん中に座り、両脇についたクレーテー、アントニナとにこやかに話していたその男は、近づいてきたテオドラに気がつき、ニヤリ。

「いやあ、やっと会えた」

 旧知の仲のような親しみで、持っていた杯を掲げてくる。

「本日は、過分なご指名、有難うございます。精一杯勤めさせていただきます」

 相手が誰だか分かっているとは言っても、形上は初顔合わせとなる。テオドラはあえて堅苦しい挨拶をし、目を合わせるとニッコリと笑う。

「これは、丁重なご挨拶。痛み入る」

 男もまた、大仰な挨拶をかえしてくる。


 笑顔のまま、近くで冷静に男の顔をみる。

 肌は白く、綺麗な蒼眼は吸い込まれそうに大きい。楽しそうに上がった口元からは、歯並びよい白い歯が輝いている。短い黒髪はくせっ毛なのか、所々跳ねているのもご愛嬌だ。

 形のよい高い鼻と相まって、この時代の美男子の要因は兼ね備えているといえた。

 高年齢の客が多い『青宝の酒場』では、身だしなみに金を使い、歳をとっても清潔感を感じさせる客も多いが、この客は元々の顔のパーツのバランスが、美の黄金比に近い。

『確かにこれは、皆がイケてる言うのもわかるわね。ウチに来なくても相手には困らないでしょうに』

 見惚れるより、疑問を感じてしまうテオドラだった。


「なんか噂でよく聞いていたからさ、これが初見えとは思えなくて」

「あら、どんな噂を聞いてたのかしら?」

「気になるかい?」

「とっても」

 テオドラも男も、輝くばかりの笑顔で会話を交わす。

『……でも、目はこっちの隅々を監視してる感じ……』

 なかなか一筋縄では行かなそうだ。


「アントニナ、クレーテー、ここはもういいから、他のお客様のところに行ってね」

 にこやかに言うテオドラの言葉に、「失礼します」と立ち上がるクレーテー。

 だが、アントニナは動かない。

「こちらの方はぁ、いいんですかぁ?」

間延びしたしゃべりと妖艶な笑みのアンバランス。そのギャップが魅力ともなっているアントニナが平手で指した方向には、金貨の君の対面に腰掛けている髭面の男。その男の脇には誰もいない。

「これは大変申し訳ないことを…。アントニナ、こちらの殿方についてもらえる?」

『青宝の酒場』のハウスルールとして、客1人につき最低1名の女性スタッフがつくことを決めている。高い席料も女の子込みの値段だからだ。


「構わなくていい」

 その髭面の男からは、不躾な、ある意味敵意さえ感じる目を向けられた。

「同席はこっちから断った。護衛任務中だからな」

 ちょっと驚いて横目でアントニナを見ると、笑いを顔に貼り付けたままコクっと小さく頷いている。

 なるほど、とテオドラは納得。

 本来ならこの髭面男につくはずだったアントニナは、多分今の様な拒絶にあい、金貨の君に2人ではべることになったのだろう。


 改めてテオドラは、その男をじっと見る。

 まず、口髭とともに、もみあげから顎に繋がる黒髭が目をひく。刈り上げた黒い短髪に茶色の目。その目は不機嫌そうにテオドラを見据えている。

 さらに、袖の短いチュニックからは太くて筋肉質の腕が伸び、盛り上がった肩から感じられるのは溢れんばかりのパワーだ。

 だが、髪や髭は手入れされており、服も含めて身だしなみには品がある。髭があるために歳はそれなりにありそうに見えるが、肌の張りなどを見れば実年齢は若いかもしれない。

 本人の言う様に、護衛役というのはストンと落ちる姿といえた。

『でも問題なのは、こっちの女子を拒否してるってことだよねぇ…』


「すまんなぁ、こいつ。店の雰囲気乱しているのに、これだから」

 護衛対象らしい金貨の君から援護がきた。

「お待ちください。執政官が謝罪すべきことでは…」

「そう思うなら、ベリサリウス、お前が店に合わせて酒飲んで、女の子を横に置けばいいんだがな」

「それでは護衛が果たせませぬ。なんのために私がここについてきてると……」

「だーかーらー、護衛役はいらないって最初から言ってるよな、俺」

 テオドラそっちのけで、言い争いを始める2人。

 テオドラといえば、執政官とかベリサリウスとか、完全に身バレしちゃってるけど、大丈夫?などと考えながらも、顔は笑顔を崩さぬまま立っていた。


「そもそも、執政官がこんな店に行きたいというから、こうなってるのではありませんか⁈」

『こんな店、ね』

 ベリサリウスと呼ばれた男の何気ない一言に、テオドラの心のリミッターが一つ外れる。

 この店はテオドラ「自慢の」店だ。店構えや料理、スタッフにも帝都最高級のサービスを提供してると自負している。もちろん、その感情が表情に出る事はないが。

「自ら身を守る術もないのに、こんな場末の、治安の悪い場所にある店に来るなど、正気ではありませんぞ」

『場末?治安の悪い?』

 護衛役の言葉が、的確にテオドラの地雷を踏み抜いていく。

「ベリサリウス、お前さあ…」

 テオドラの不機嫌さを感じ取ったのか、チラッと彼女の方に視線を向ける、執政官と呼ばれている男。

 感情を読み取られたことに驚きつつも、この上司は店側に配慮してくれていることに力を得て、これなら、とテオドラが「お客様」と口を挟んだ。


「お客様が御心配しているような、不審な者は今当店にはおりません。お役目を果たそうとする心根は御立派ですが、今日この時ぐらいはくつろいでいただいても大丈夫ですよ」

「……我らの話に、口出しは無用」

「でも、このままではなかなか結論は出ないようですし。狭い店内で口論を続けられますと他のお客様の御迷惑にもなります」

 そうテオドラに言われれば、周囲が気になったようだ。ベリサリウスは鋭く視線を巡らす。

「ご確認いただけましたか?」

 すかさず声を挟むテオドラ。

「今店内にいる皆様は、寛ぎを求めている純粋なお客様か従業員しかいませんでしょう?強いて言えば、貴方様の部下3人が1番不審なお客様ですかねぇ」

 テオドラの言葉に、目を開いて驚愕の表情を見せるベリサリウス。

「……なぜ、わかった?」

「一目瞭然ですよ」

 にこやかな表情を崩さず、テオドラは答える。

「横に女の子を置かず、葡萄酒を口にするでもなく周囲に目を配るだけ。女の子込みの席料なのに、料理しか頼まないお客が同時に3人。しかも揃って筋肉質の軍人風。つるんでいる、と考えるのが自然ですよね」

「……」

「こちら様が護衛対象なら、最も近くにいるあなた様が護衛隊長で、他3人がその部下という感じでしょうか。まあ、周囲に隠して護衛をしたいなら、もう少し他のお客様の行動に合わせたほうがいいかと思いますよ」

 図星だったのだろう、ベリサリウスは気まずそうに目線を逸らす。それをみてテオドラは、少し離れて立っていたクレーテーに目配せをした。

 それに気がついた彼女は、軽くうなずいて奥に下がっていく。

 彼女は15歳と、この店では若い部類に入るスタッフの1人ではあるが、テオドラ姉妹の家で小間使いとしても働いている。機転も効くため重宝しており、多分あの仕草でテオドラの意思を読み取ってくれるはずだ。

 










 













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