紅根と宵月

 宵月とのデートはなぜだか知らないが、クラスに広まっていた。俺はそのことを、前の席に座っている男子から教えてもらった。彼は、かなり可愛い子らしいじゃないか、どこで知り合ったんだよ、とニヤニヤと笑いながら聞いてきた。

 俺はそれに、ちょっとそこらへんで、と返した。だが、なぜ皆はそのことを知っているのだろう、俺はそう疑問に思った。そして考えたのはファミリーレストランで出会ってしまったクラスメイトたちのことだった。彼女たち、もしくは彼女たちの誰かが噂を流したのだろうか。……でも、それはなぜ?

 昼休みに紅根からメールが届いた。少し話がしたいというものだった。俺はそれに了解という旨のメールを送り、彼女の部活が始まる前に会話をすることにした。

 放課後、俺が待ち合わせ場所の図書室に入ろうとしたところで、紅根がそこから出てきた。

「ごめん。あんまり時間とれそうにないから、歩きながらでいい?」紅根はドアを閉めながら言った。

「いいけど、部活が忙しいの?」

「うん。まぁ、そんなところ」

 俺は彼女と並んで、廊下を歩いた。幸運にも、廊下には俺の知っている生徒はいなかった。

「で、どうしたの?」俺は紅根に聞いた。

「まぁ、簡単なことだけど、連織くんがデートした女の子って誰?」

 誰?

「誰って、他校の子だけど」

「だから誰?」

 紅根は歩きながらこちらを見た。彼女の目の奥には何があるのだろうか。

「知ってどうするの?」

「どうもしない。で、連織くんが初めて彼女を見たのはいつ?」

「……二週間前かな」

「どこで見たの?」

「公園で」

 ……紅根は何を考えているのだろうか。まさか嫉妬しているわけではあるまい。ああ、それは違う。彼女は俺にちっとも恋していない。

 俺たちは校舎を出て、グラウンドへと向かった。その間、紅根は何も言わなかった。

「俺からの質問だけど、それが何か紅根にとって重要なの?」

「私にとって? もちろん、重要かな。でも、連織くんにとっても重要でしょ」

 俺は、そうだね、と頷いた。

「でも、あの人にとっても重要だと思うんだけど」

「あの人?」

「そう。あの人」紅根は肩にかけていた鞄をかけなおした。

「それって香月君?」

「香月君? ……ああ、そうなの?」

 そうなの? どういうことだ。

「でも、もっと重要な人がいるんじゃない?」

 ……いや、まさか。本当か?

「あいつに何か関係しているの?」俺はそう言いながら、友達と宵月の顔を同時に思い浮かべた。「どこに接点があるんだ? 香月君が接点なの?」

「連織くんって、私たちの卒業アルバム全部見た?」

 卒業アルバム。友達の部屋で見たが……。たしか、四組で香月君の顔を確かめて……。それ以降は見ていないな。

「あなた宵月さんとデートしたんじゃないの?」

「そうだけど」

「彼女、私たちの中学時代の同級生だから」

 そうなのか。同級生なのか。……だから何だ。それが何か友達の死に関係があるのか?

「私、彼女苦手なんだよね」

 紅根はそう言うと、またこちらをちらりと見た。

「男子には分からないかもしれないけど」

 すでに俺たちはソフトボール部の部室前に来ていた。誰が耳を立てているか分からない。

「分かった。じゃあ、また」

 連絡する。俺はそう心の中で付け加え、手を振った。

 紅根に背を向けると、ドアが閉まる音がした。


 さぁ、友達と宵月との間には何かあったのだろうか。同級生ということは分かった。もしかしたら、何か接点があるかもしれない。では、どうやってそれが分かるのか。

 湯船に肩まで浸かりながら、俺は考えた。そして、まず夏目冬子の名前が出てきた。

 彼女に何か聞いてみようか。同じ中学だし、俺たちのデートを見ている。つまり、彼女、宵月が何者か知っているはずだ。もしかしたら、友達との関係も知っているのかもしれない。

 だが、メールを返してはくれない気がする。ファミリーレストランのこともある。

 では、と俺が次に思い浮かべたのは香月君だった。だが、この考えもすぐに消えた。

 宵月のことを隠したがった男が、そうべらべらと何もかも話すわけがない。もし知っていたとしてもだ。そもそも、香月君と宵月の関係はどういったものなのだろうか。香月君は彼女のことを好きなのだろうか。……いやいや、それと彼女の存在を隠すことにどんな関係がある。学校内にライバルがたくさんいるだろう。そこに俺みたいなのが一人や二人増えたところで……。まさか、俺の容姿に恐れをなして。

「兄ちゃん、お風呂まだ終わらないの?」

 俺はその声で、我にかえった。自惚れも大概にしておかないと、痛い目にあう。俺はそれを知っている。利用するのと自惚れるのは違う。

「ねぇ、寝てんの?」弟が浴室のドアをノックした。

「ああ、今出るから。あと少し待って」

「分かったー」

 結局、俺は二つの考えを諦め、一番簡単な方法を取ることにした。俺は風呂から出ると、宵月に電話をした。しかし、宵月はちょっと忙しくなるから、一週間か二週間会えないと言った。

「一週間か二週間」俺はそう繰り返し「分かった。また連絡するね」と電話を切った。

 それにしても、宵月がちょっと忙しくなるのはなぜだろう。しかも一週間か二週間だ。忙しくなる期間が決まっていないのはなぜだろうか。

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