本屋と美少女
さて、今週はどうしようか。と俺は月曜日の朝、教室で考えていた。日曜日は宿題とくつろぎに当てて、友達のことを考えなかった。考えないことが何か閃きに繋がるという俺の理論で、そうした。決して、飽きただとか、諦めたということではない。
とりあえず今日の放課後に、少し遠いところにある本屋に小説を持っていき、そこで買われたものかどうか確かめようか。素晴らしいことに、今日は快晴だ。土曜日の夜と日曜日とはえらい違いだ。
俺は席に着いていた紅根をちらりと見た。彼女はイヤフォンをつけて、机にタオルを敷いて、それに頭を乗せて寝ていた。部活というのはやはり大変なことらしい。
次に元彼女を見た。夏目冬子や他の友達と何か話している。どうやら元気にやっているようだ。
放課後、俺は駐輪場に止めてあった自転車に乗り、急いで家に帰った。家は自転車で二十分のところにある。学校の北に最寄り駅があり、学校の西に友達の家がある。そして俺の家は学校の北東にある。
家の周りには、何棟かマンションが建っている。数年前からそういった土地開発がされている。もともと団地があったし、交通の便もさほど悪くはない。
そして新たに今、建築工事がされている。今回は何階建てになるのか知らないが、母親曰く、二棟建つらしい。日照時間が減らなければいいけど、とも言っていた。
自室で制服から私服に着替え、メッセンジャーバッグに小説を入れた。それから一杯水を飲んでから、本屋へと向かった。
本屋はディスカウントストアと携帯ショップの間にあった。駅にある本屋より大きい。
俺は自転車を泊め、店内へと入った。自動ドアから中に入るとすぐそこにレジカウンターがあった。
レジカウンターには二人、お客が並んでいた。俺はそれを見て、雑誌コーナーで彼らがいなくなるのを待つことにした。
二人がいなくなると、俺はレジカウンターへと向かった。そして、大学生くらいの男性店員に、前と同じ要領で本がここで買われたかどうか知りたいと説明し、その二冊を渡した。店員の胸元には名前と『研修中』の三文字のついたプレートが付けてあった。
店員は、少々お待ちくださいと小走りで、店の奥へと消えた。レジには誰もいなくなるのだが大丈夫だろうか、と思いながらしばらく待っていると、彼が戻ってきた。
「お客様、申し訳ございません。こちらの本が、この書店で売られていたかどうかは分かりかねます」
「え、分からないんですか」俺は意外に思いながらそう聞いた。
「はい」
そうですか。ありがとうございます。そう、お礼を言って、俺は店外へと出た。店内との温度差のせいで、外がより寒く感じた。
……なぜ分からないのだろう。駅前にある本屋では分かったのに。
俺はもう一度駅前にある本屋に行ってみようと思い、自転車を漕いだ。
駅には高校生や、スーツを着たサラリーマン、買い物袋を提げた主婦がたくさんいた。俺は左手首に巻いていた腕時計を見た。もうすぐ5時15分になる。
俺はさっそく本屋と赴き、レジ近くで何かをしていた店員に話しかけた。
「どうされました?」
眼鏡をかけた50代くらいのふくよかなおばさんは、こちらに振り向いた。
「この本なのですが」俺は本を彼女に渡した。「ここで買われたかどうか知りたいのですが」
「ここで、ですか?」
はい、と俺は返事をした。
「レシートか何かお持ちですか?」
俺は首を横に振って、いいえ、と答えた。
「そうですか。では、すいませんが、ここで売られていたかどうか分かりません」
「え、でも、前に聞いたときは、ここで買われたものだと店員さんが言ってたのですが」
店員さんは、うーん誰だろう、そう小さく言って眉間に皺を寄せた。若い、女の店員さんですと俺が言うと「マスエちゃんかなぁ」と首を傾げた。
「うーん。とにかく、それは分からないんです。同じ本が買われたかもしれませんけど、それがここで買われた本なのかどうかは……。すみません」
店員さんに再度謝られると、俺の方こそ申し訳ないとなぜか思い、礼を言って、店を出た。
どうゆうことだろう。なぜマスエさんという人は、ここであの本が買われたか分かったのだろうか。では次になにをやろうか。簡単だ。マスエさんとやらに話を聞こう。
俺はどうしてこうも要領が悪いのだろうか。昨日、駅にある本屋に行ったときに、今度いつ、そのマスエさんとやらが来るのか聞いておけばよかったのだ。
俺はそう思いながら、その本屋から出た。
マスエさんというアルバイトの店員さんは、明日来るらしい。そう、決して今日ではなく。
時間を無駄に過ごしたなと思いながら、俺は駅前にある小さな公園に入った。空いていたベンチに座った途端に、黄色のビニールボールが足もとに転がってきた。俺はそれを手に取り、その持ち主であろう小学二、三年生の子供たちに投げて返した。
ありがとうございます、と子供たちは敬語を使って礼を言ってくれた。
どういたしまして。そう言うのが恥ずかしくて、俺は右手を軽くあげた。
疲れ切ったサラリーマンのように、俺は一度空を見上げ、それから、息を吐いた。
友達がいなくなったせいで、俺は昼食を一人で食べ、昼休みは宿題と予習をするはめになった。もちろん、それはそれでいいことなのだが、やはりどこかせつない。たまに上級生や他クラスの女子生徒たちが、廊下からこっちをちらりと見ているのが分かるが、どうも興味が沸かない。
もし友達がいたのなら、どの子がいいだとか、趣味じゃないだとか、また紅根の話や恋愛について話ができたかもしれないのに。いや、あいつのことだ。自分の恋愛は決して話さなかったかもしれない。一学期もそうだった。でも、話題になる可能性が全くなかったわけではないだろう。……もう可能性はゼロだが。
千切った綿のような雲が浮かんでいる空から、俺は視線を外した。いつの間にか子供たちはいなくなり、代わりに女子生徒が歩いていた。
彼女はこちらをちらりと見やった。自然と視線が合った。
とても可愛い。そして可愛らしい。加えて、謙虚に美しい。
俺のこの表現というのが、彼女に相応しい描写なのかは分からない。ただ俺は瞬時にそう思ったし、彼女が視線を外した後もその感想は揺るがなかった。
あの制服はどこの高校のものだろうか。
彼女は立ち止まらずに、公園から出て行った。
家に帰ると、俺は近所にある高校をインターネットで調べてみた。俺が通っている高校以外に、あの付近には高校が二校ある。
地図上に表示されている高校の名前を見ると「ああ、あそこね」とその場所を思い出した。
俺は両方のホームページを開いてみた。
すると、その一つの高校の制服が、あの公園で見た可愛い女子生徒が着ていたものだった。さらには、香月君の着ていた制服も載っていた。
……となると、香月君が彼女の名前を知っているかもしれないな。あんなに可愛いのだから学校内でも有名に違いない。
俺はそう思いながら、彼女に思いを馳せた。もちろん決して淡い気持ちではない。ただちょっとした性欲のはけ口になってくれないかなと思っただけだ。
もしこの気持ちを誰かが知ったら、俺のことを酷い男だと言うかもしれない。だが、俺は決して自分のことを酷い男だとは思わなかった。俺はマナーにもルールにも法にも反しない。そして道徳の定義は人によるし、常にあいまいだ。つまり俺を批判したいやつは道徳を理由にあげるのは無理だろう。だからもし、俺に一言言いたいのなら、酷いとか悪いとかではなく、羨ましいと言ってくれ。
俺はこの顔に産んでくれた両親に感謝をしながら、背伸びをした。
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