いもうとりっく:人格エンド
渡貫とゐち
序章/名無しの転覆
第1話 大学生活 始まり
大学に向かうためのバスに乗り遅れてしまった。
手を伸ばして待ってくれ、と意思表示をしてみるけど、
運転手さんには僕の姿など見えていないだろう。
もしも見えていたとして、わざわざ止めてくれるはずもない。
バスはバス停から、既に十数メートルは離れてしまっているのだ。
もしも――これまたもしもの話になってしまうが――バスがわざわざ僕一人のためだけに止まってくれたとして。そのバスに乗るのはなんだか、申し訳ない気持ちが多い。
その気持ちしかない。
それ以外はない。
すいませんと情けなく言いながらお金を払い、他の乗客一人一人が取っていたスペースをさらに圧迫してから――僕はバスに乗ることになる。
そこまでして、バスに乗りたくはない。
大学に遅刻してしまう可能性が高くなるが、まだそっちの方がいい。
大学に間に合うことを素直に諦めてしまった方が、精神的には良いのだ。
完全に僕の私情になってしまうが。
まあ、なにをしたところで大学なのだし、
好き勝手やったツケは僕に返ってくるわけである。
もう立派な大人だ(成人はしていないが。となると、大人とは言えないのではないか? だが、少年でも青年でもない年頃――。大人と言っても、いいのかもしれない)。
ならば、私情を挟んだ自己判断で動こう。
僕は考える。
バスに乗れなかったことで――仕方のないことなのだが――当然、バス以外の交通手段で大学に行かなくてはならなくなってしまった。
電車を使うほど、遠くはない。
タクシーを使うほどにお金に余裕があるわけでもない。
徒歩……、そこまで近いわけではない。
だが、否定ばかりではどうしようもない。
否定した材料の中から、廃材でも使わなくてはいけないのだ。
そして僕が最終的に出した交通手段――、というより、移動手段は、徒歩だった。
やはり大学生にとってお金は大切だ。
ぽんぽんと使っていいものではないだろう。
一人暮らしではなく実家に住んでいる僕であるから、一人暮らしをしている大学生よりはお金は持っている方だが――。しかし金欠である。お金の使いどころは主に食事だ。
たくさん食べているというわけではなく、高いものを買っている感じか。
あとは、自分だけではなく、人に奢っているのが多いのかもしれない。
いや、多い。いま思い出しただけでも、かなり奢っている。
この前も――いや、つい昨日、奢らされたばかりだ。
僕の幼馴染――彼女は、僕よりも食べる。
満腹になってもまだ食べる。なのに体型は変わらない。
引き締まったスタイルを維持したままなのだった。
それを見ておかしな体の構造をしているんだなあ、と考えたこともある。
解明しようとは思わなかったけど。
分かったところでなんだ? そんな思考が僕を踏み込ませない。
幼馴染に奢らされているのもそうだが――、他にもお金が減っていく要素がある。
中学三年生の妹がいるのだが――最近、物欲が半端ないのだろうか、僕に頼ってくるようになってきていた。あれ欲しい、これ欲しい。そう言われてばかりの記憶しかないな、ここ最近は。
そこで断れない僕も僕なのだが――まあ、値段もさほど高くはないものばかりだ。
しかし、そう思ってしまったのがいけないのかもしれない。
いや、いけないと言えるだろう。
塵も積もれば山となる、という言葉があるように、
小さな物でもたくさん買っていれば、金額は高くなっていく。
甘く見ていた。
一回一回は低い値段なので気づきにくかったが、よく考え、計算してみれば、
幼馴染に奢っている金額よりも、妹に買ってあげている物の方が高かった。
それはもう、桁違いに。
……僕が単純に馬鹿なのか。
それとも、妹のおねだりの仕方が上手いのか。
両方だろうなと思う。僕も悪いし、妹も策士であるし。
過ぎ去ったことをぐちぐちと言っても仕方ないので、
過去のことはもう、言うのはやめておこう。過去なんて思い出したくもない。
あんなこと、こんなこと。色々あった――。
記憶の引き出しを開けようとして、やはりやめた。
やめておこう。
伸ばした手を引き戻して、僕は現実世界で、大学に向かって歩き出す。
明日からは、妹に買ってあげるものを制限しようか。
――ここで買わないと言わないあたり、僕も鬼ではないらしい。
買い与え過ぎて、母親が鬼になりそうなのだが、恐いと言えば恐い。
いや、それよりも僕としては幼馴染の方が恐いのだが。
妹に買い与えるものを減らしたのならば、幼馴染を奢る回数も減るということなのだ。
それを伝えた場合――、彼女が不機嫌になるのは当たり前だ。
……なぜ、僕は下手に出ているのだろうか。
こういう性格だと言ってしまえばそれまでだけど――。
唐突に重く感じてしまう足をどうにか筋力だけで動かし、道を進む。
こういう、怠い感情は精神の問題なので、音楽でも聞きながら大学に向かえば、いつか元に戻るだろう――、そんな期待をしていた僕は、いつもならばバスの窓から見える景色――、
その道を歩く。
あまり歩かない道なので、新鮮という気持ちと同時、不安があった。
真っ直ぐに進み、大きな通りで一度、曲がることで大学に着く(曲がってから結構な距離を歩くけど)。道は分かっているはずなのだが――、大丈夫なのだろうか、と思ってしまう。
それに、時間の問題もあった。
遅刻は確実なのだけど、一時間目は、もう無理なのだけど――、せめて、その次の時間までには辿り着いていたいものだ。
学校側に色々と言い訳をしなくてはいけないし。
久しぶりの遅刻だ。高校でもしたことがなかったのに、珍しいものだった。
珍しいこと――、
ここで気づければ良かったのだが。
今日は、いつもとはなにか違う雰囲気の一日だということに。
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