第8話 弐栞遊 その1

 夢を見た。


 その夢は、昔の話だった。

 そう――私の中の、忘れられない思い出というやつだ。


 何年前なのかは――忘れたけど。

 確か、小学校、高学年――その辺の話だったと思う。


 内容は至って普通の、喧嘩の話だ。

 私は、昔はやんちゃだった。気に入らない奴がいればすぐに手が出て、喧嘩になってしまう。

 相手が命乞いをしてきても、構わずに殴り続けてしまう。

 親と先生が言うには、私は『不良』だったらしい。


 小学生の時から、無意識のうちに不良だったってわけ。まあ、今は違うけど。今は――違うと言えるのだろうか。少し濁っている水みたいな感じかな。

 足を洗ったとは思うけど、たまに『チーム』に顔を出したりもするから、完全に足を洗ったわけじゃないのかもしれない。


 半分、よりは深いところまでは洗った。でも、洗い切れていないのだ。


 足首にはまだ、泥がついている。

 これを洗わない限りは、私はずっと不良のままなのだろう。


 不良なんて肩書きは、マイナス要素しか生まない。

 でも、不良だからこそ知り合えた奴もいる。それを考えると、私は不良という存在を、思い出から全て、消去したいとは思わない。逆に、ずっと残しておきたいものだと思える。


 私は――不良。それは変わることなく、消えることのない事実だ。

 それは私の個性でもある。

 個性を消したいとは思わない――だから、私はこのままでいいと思える。


 不良である私を、私は受け入れる気満々だった。


 それにしても、不良のなにが悪いのか――。いや、全面的に悪いんだけど。なにもかもが悪くて、言い訳のしようがない程に悪いのだけど。

 でも、良い奴ってのは、不良の中にも当然いる。しかし、それは不良だからこそ分かることで、外面だけを見ている奴には、一生かかっても分からないことである。

 先入観で、そもそも悪印象なのだ。仕方ないと言えば、仕方のないことだ。


 だから親も先生も、昔、必死に私のことを説得してたんだろうなあ……。

 と、今頃、そんなことを思う。


 大人の考えていることは昔は分からなかったけど、今なら分かる。

 分かるってことは、私は、きちんと成長しているのだろう。

 それもそうか。時が過ぎれば、歳を取る。色々なことが見えてくる――必然か。


 今なら、不良なんて馬鹿のすることだ、と思うかもしれない。しかし、なにも知らない、昔――子供の時ならば、不良という未知の生き物に恐れるのと一緒に、憧れることもある。


 憧れる奴は、無条件で憧れるものだ。


 目をキラキラと光らせて、期待したような目で見てくる。まるでヒーローショーを見ている時のような視線を向けてくるのだ。

 百歩譲って、不良がヒーローと言えたとしても――ヒーローはヒーローでも、ダークヒーローだ。子供は、そっちの方が好きなのかもしれない。

 子供の気持ちなんて全然分からないから、勝手な物言いになってしまうけどさ。


 私の場合は、さっきも言ったように、不良になったのが無意識だったから、憧れなんて抱くことがなかった。そもそも、不良になっていた自覚すらなかったのだ。

 普通に生きていたら、いつの間にか、不良の称号を授けられていた――そんな感じ。


 だから昔の私は、自由奔放に身勝手に行動していただけだ。


 その結果――たった一人の男の子を、不良の道に誘ってしまったわけだけど。


 その子は、黒髪だった。

 おとなしそうな雰囲気を纏っていて、事実、おとなしかった。


 私が少し話しかけただけでも、「ひうぅ」と言って、視線を逸らしてしまう。

 さすがに私でも、その時はショックだった。心を引き裂かれた気分だった。

 その子が小さかったのか、自分が大きかったのかは分からないけど――、

 大きさに差があった。それもあり、小さい子が私に怯えているという事実が、ダメージを負った心を、追撃してきたのだ。


 ボロボロになった精神を匿いながらも、その時は、なんとか踏ん張り、彼を守った。


 えっと、なんだっけ――。どうでもいいと記憶が判断したのか、相手の顔すら思い出せないけど――確かその時、彼はいじめられていたのだった。

 たまたま、私がそこに通りかかり、まるでヒーローのように、彼を助けたのだ。


 だから、彼が私を格好良いと思うのは、当然か。子供だし。自然ではある。


 しかし、私は別にその時、不良だって、言ったわけではない。

 その子が調べたのか、直感なのか――私を目指していた過程で不純物でも混ざったのか、不良になってしまったのは、理由は分からない。


 面影はあった。だからこそ気づけたのだろう。不良に憧れ、頑張って成り切ろうとしているけど――しかし、心優しいのは、隠し切れていない。

 あの目、あの見て分かるほどの、優しい心。体が大きくなっていたのは、やはり男の子だからなのだろう。あっちは、私に気づいてはいない様子だった。それに関しては、まあ別にいい。

 恩を売るつもりはないし。それは、最低な奴のやることだ。


 あいつに会えて、嬉しかった。

 懐かしいという気持ち。同時に、来たな、という期待感があった。


 ただ、幼児体型とか言ったあいつには――少し、かちん、ときたけど。

 今度会ったらぼこぼこにしてやろう。心の中でそう決意する。私が思っているよりも、彼とはすぐに会えるだろう。すぐに、一緒にいられるだろう。私がそうすると決めたのだから、その予測は、すぐに現実に追いついてくる。これこそ、必然。


 あいつは、一年生だ――五月になっても部活に入っていないのは、不良を貫いているからなのか。なんにせよ、こちらとしては都合が良かった。これで、遠慮なく勧誘できる。


 嫌がられても、最悪、力づくで入れればいいだけだし――あまりしたくないが、仕方ない。


 それか、

「あの時のヒーローは私だったんだよ」

 とでも名乗れば、のこのこ着いてくるかもしれない。


 あいつがその時のことを覚えていれば、だけど。

 いや、覚えているか。男ってのは案外、昔のことを引きずる奴が多いし。

 きっぱりと忘れ、すぐに切り替えることができるのは、女の方が多い。

 この機能は便利なのか、私には分からないけど。


 あいつは、今頃、なにしてるのかな。


 顔を思い浮かべて、色々と想像してみる。

 不良とは言いながらも、きちんと授業は受けていそうだ。

 真面目君。見た目通りの真面目君。ああ――でも、今の見た目は完全に不良だから、見た目通りとは言えないのか。だから、見た目に反して真面目君、と言った方がいいのか。


 私の弟子みたいなもので――学校という立場では、後輩の位置にあたる、あいつ。


 昔は、名前なんて聞く暇もなかったから知らなかったけど――、

 あいつ、枠内一陣って言うのか。


 一陣。私のおもちゃ、第一号。


 すぐに、すぐに駆けて行って――会いに、行って……や、る。

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