第6話 久我山茜 その1
場所はファミレス――時は九時過ぎなり。
一時間目は始まってしまっていた。
確か、数学だった気がする。だからと言って受けなくてもいいかー、と思える教科ではない。
和実は大丈夫だとは思うけど、
わたしの場合、数学は授業を受けておかないと試験は厳しいと思う。
けど、サボってしまっている。まあ、仕方ない。
だってお腹が空いたし、お茶したかったし。
それに、授業中に教室に入って行くのも、変に注目されるから嫌だった。
だから一時間目と二時間目の間にある休み時間に教室に入ろうと思って、
それまでここで時間を潰している、ってわけ。
ドリンクバーを頼み、注いできたメロンソーダをストローですする。
しゅわしゅわーっと喉が刺激される。眠気が吹き飛び、覚醒。これは二度目の覚醒だった。
一度目は、家で和実に思い切り叱られて、その時に、嫌に覚醒してしまっていた。
和実……、冷たい目で冷静に攻めてくるんだもの。精神に重く圧し掛かってくるって、あれ。
本人は優しく言っている、と言っていたけど、とてもそうには思えない。
テンションマックスの人でも、和実に攻められたら、老けるほどに落ち込むんじゃないかな?
それくらいには強力だった。そう、関節を一つずつ崩していくみたいな。
全体的なことじゃなくて、部分部分を破壊していく感じ。やり手だった。
「茜のせいで無遅刻無欠席の記録に泥が塗られたわ。どうしてくれるのよ」
和実がそんなことを言う。怒っているように見えるけど、でも、怒っていないのだろう。
とりあえずここは怒る場面なんだろうなー、とでも思って、行動してみただけだと思う。
それくらい、わたしにも分かった。
一年以上も友達をやっていれば、さすがに気づく。
和実がテキトーに言っているのか、本気で言っているのかくらいは、ね。
そして、今のはテキトーだった。
そもそも、わたしを見ていない。視線がふらふらと迷子になっていた。
それにしても、新たな発見をした。
「へー、今まで無遅刻無欠席だったんだ……。
今まで、わたしと一緒に登校して、よく遅刻にならなかったね!」
「反省しているの……?」
ごごごごご、と音が聞こえそうなほどの迫力があった。
視線も迷子ではなくなり、わたしという親を見つけたみたい。こちらに寄ってくる。
って、待ってよ、冗談だったの! ここは、そう――、場を盛り上げるために言ってみただけなのにっ! しかし、どうやら、和実には逆効果だったらしい。
でも、和実はすぐに落ち着いた。
冷静に、すぐに自分のミスを探し出す。
「まあ、もっと早くに茜の家に向かっていれば良かったのよね……。
いつもはもっと早く起こしているわけなんだしね」
いつもはもう少し早い――そういえばそうだった。
今日はたまたま遅かった。
和実にも、なにか事情があったのかもしれない。
起こしてもらっている身分で、なにかを言えたものではないわたしなので、文句は言わない。
まあまあ、と相槌を打つだけだった。
和実に甘えているねー。親に甘えればいいのにねー。ま、できないんだけど。
わたしの家は少し特殊で、普通の仕事をしていない。
親は朝早くに出かけてしまうから、起こしてはくれないし。
自分で起きれれば一番、良いんだけど、わたしは朝に弱い。夜更かしをしているわけじゃないんだけど……夜だって、眠るのは早い。
寝過ぎ、ているのかな? 寝過ぎて、起きれない。どうしろってゆーの?
夜更かしして遅く眠ったところで、結果は変わらない気がする。
さらに起きないんじゃないかな? わたしの場合。早く眠っても、遅く眠っても、不動の結果が出るだけだ。この結果を動かすのは、無理なんじゃないだろうか。
どうしようもない。
眠らない――って選択肢はあるけど、それは、わたしがパス。次の日、きつ過ぎるし。
「……無遅刻無欠席? でも、一年生の時、サボったじゃん、一緒に」
「うん。一年生の時にね。今、二年生だから。二年生の時の記録が、破壊されたの」
あんたにね、と言われ――びしっ、と指を向けられた。
名探偵に全てを暴かれた犯人の気持ちが少し分かった。
緊張感とか不安とか、本家の人と比べたら天と地ほどの差があるだろうけど。
一年生の時は、記録を破っているわけだし。
そんなにこだわらなくてもいいのに。思うけど、和実は悔しそうにしている。
思い入れが強かったのかもしれない。だから口が裂けても言えなかった。
「まあ、無理ゲーをしている気分を味わえたから、もういいけど」
前言撤回、和実、思い入れなんて欠片もなかった。
無理ゲーって。無遅刻無欠席って、ゲームオーバーが前提のことなの?
あれか、わたしがいるからとか、そういうことなのかな?
だとしたら少し、ぷっちん、しちゃうかもしれない。
ここは一言だけでも言っておいた方がいいのかな。別に、わたしが上だって示したいわけじゃないけど――かと言って、和実が上ってわけでもないけど。
平等。わたしたちの関係は、いつまで経っても平行なのだった。
最近は、少しずつ、和実が先に上がってしまっているけど、それは、わたしが認めない。
足を掴んで引っ張って、引きずり落としてやる。
にっこり、隠れた敵意を向けていると――、和実が、手を伸ばす。
指先が、わたしの顔に……。
「っ、」
目を瞑って、感触を待つ。
あれ、全然こない。なにもこない。なにをしているのか、と思っていると――、
「ひゃうっ」
くすぐったい感覚。前髪が、ゆらゆらと揺れている。
目を開けて確認してみると、和実がわたしの前髪で遊んでいた。
くりくりしたり、揺らしたり。ぱさぱさと鳥の羽のように羽ばたかせている。
たまにある。こうやって、なにをしているのか分からない、和実の謎の行動。
まるで、初めて見るものを、興味本位で遊んでいるような感じ。
小さな子供みたいで、可愛いけど――やっぱり、気になってしまう。
精神年齢は高いはずなんだけど、和実は。大人っぽいし、冷静だし。
わたしよりも全然、頭が良いし。
わたしの方が子供っぽくて、馬鹿みたいで、もう救えないほどにどうしようも……。
あ、これ、心に重く圧し掛かるなあ……。
「どうしたの? 俯いて」
和実が、手を戻し、優しく声をかけてくれる。
「だ、大丈夫。自虐が心に響いただけだから」
「勝手になにをしてるのよ」
「だって――だってっ!
和実がわたしの髪を触ってくるから! それで……それでっ!」
「いや、それでなんで自虐しているのか分からないけど。
これ、ワタシが悪いの? 謝った方がいい?」
「セクシーに謝って」
「そんな高度な技術は持ってない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます