学園遊戯部:神隠しの章

渡貫とゐち

第1話 ???

 町を歩けば、必ずと言っていいほどに石が飛んでくる。


 とは言っても、それは毎日、同じ大きさの石で、大した変化もせずに、威力だって大したことはない。しかし――、確かに、声を上げるほどの痛みではないだろう。

 でも、痛いことは変わらない。

 声に出さなくとも、心の中で思わず、気持ちが出てしまうほどには、痛いのだ。


 避けることもできたのかもしれないが――したらしたで、文句を言われる。


 面倒なのだ。


 避けることが、ではなく、相手との口論が――なのだ。


 たかが石を投げられたくらいで、文句を言う僕ではない。

 もちろん、どーぞどーぞと推奨するわけではないけど――。


 ずっと――だ。


 ずっと――石を、投げられ続けている。

 生まれて、今、この時まで生きて。たぶん、誰かと会話をするよりも、石を投げられたことの方が多いのではないだろうか。


 まるで日課だ。


 朝起きてからする、

 冷水で顔を濡らし、目を覚ます行為と大して変わらないようなものなのだ。


 僕の方も、石を投げられて、当てられることは、日課として体に染みついてしまっている。

 情けないことに、僕はそれを、嫌とは思っていないらしい。

 なぜだろう? これがなくては、僕は、目が覚めない体になってしまったのかもしれない。


 石が当たってからが、生活のはじまり。


 一日のはじまり。

 今日のはじまり。


 そして今日も、いつも通りに、変化なく、こうして一日をはじめられるわけであった。


 すると、


「この野郎ッ!」


 石を投げた少年が、叫びながら近寄ってくる。


 石は、僕の額に当たった。つー、と血が垂れてくる。

 痛い、というか――今は、どっちかと言うと、くすぐったい気持ちが強いかもしれない。

 流れ出る血を、人差し指で拭い、すぐに地面に向かってフルスイング。


 拭った血は、地面に振り落とされる。

 地面に染み込めばいいのに、と思うけど、すぐには染み込まず、そこに残ったまま――、

 なんだか、朝から恐く、ショッキングな光景になってしまった。


 ちらりとこちらを見ながら去って行く人たちは、薄情なのかと思えば、そうでもない。


 誰も、この状況に関わりたくないと思うのが普通だろう。


 怒りを溜め込んでいる男の子。


 そして、それを見ながら眠そうに欠伸あくびをし、

 なんの気持ちも抱いていないような、僕。


 同じくらいの体格。

 同じくらいの年齢。睨み合う眼光に、高低差はなかった。


 にしても――あれ? こうして見てみると、僕って、対応がおかしいのかもしれない。


 ここは、「なにすんだこのやろー」とでも言って、少年に掴みかかるべきなのかもしれない。


 しかし――しない。というか、できない。

 すれば、僕は身内からこってりと絞られることになる。

 何回も言われ続け、もう既に、飽きを感じてきたあの言葉。


「のこのこと出歩きやがって――この、落ちこぼれの神がッ!」


 神。落ちこぼれの――神。


 はっはっは、なにを言っているんだい、この子は。


 そう受け流せていれば、僕も、随分とマシだったものだが。

 しかし、なにをどう誤魔化したところで、僕が少年の言う『神』であることに違いはない。


 神。

 神様。


 ゴッド。


 天上にいる、全てを創ったと言われる、あの神である。

 だけど、今までの歴史の全ての事象を、僕が起こしてきたというわけではない。

 先代というものがいて、僕は、次世代の神なのだ。


 神と神が、どうしたら切り替わるのかは、僕も正確には把握していない。

 どうして僕が生まれたのかも、分からない。

 そもそも、先代にすら会っていないのだ。

 生まれて、起きて、気が付けば、僕は神様になっていた。そんな話なのである。


「…………」


 僕は、睨みつけてくる少年を見てから。


「文句でもあるの?」


 聞いた。


 神である僕の言葉は、そこまで恐いのだろうか。


 少年は、黙ったまま、僕を睨みつけるだけで、他には、なにもしない。


 しかし、沈黙は長く続かず、

 溜め込んだものを保管しておく入れ物が破壊されたのか、言葉が、滝のように流れてくる。


「……お前のような落ちこぼれが、なんで神なんだ……ッ! ふざけんなっ! 

 人の気持ちなんて分からず、のうのうと暮らしているくせに! 

 偉そうにふんぞり返るような生活をしやがって――くそッ! 

 くそ、くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそッッ!」


 酷い言われようだ。

 僕に意識がなくとも、この少年に、なにかをしてしまっていたらしい。


 第一印象でここまで嫌われることは、そうそうない。

 だから、そこには必ず、嫌いになったまでの過程がなにか、あるはずなのだが。


 生憎、思い出せない。

 記憶にない。


 僕に、思い出という思い出は、あまりない。


 白紙の上をずっとずっと歩いているような毎日を送っている僕。


 白紙が、違う色に染められたことは、一度もない。

 さすがに染まれば、僕も、覚えているはずなのだから。


 僕は世界を白としか見ていない。

 なにもない、これから作り上げるべき、世界。


 なのに、僕には、作るための力がなかった。


 いや、実を言えばあるけど――上手く扱えていないだけなのだ。

 僕には過ぎた力。

 僕が操るのではなく、僕が力に操られているような、そんな状況なのかもしれない。


「僕に言っても、仕方ないだろ」


 少年に言ったこの言葉は、相手の怒りを引き出すためのきっかけになってしまったらしい。


「なんだ、と……?」

 くそ、と連呼していた口が、固まった後、ゆっくりと、動き出す。


「選ばれた存在――でも、やりたくないからやめる、それがお前か? 

 はっ、やっぱりお前は落ちこぼれだ。

 這い上がれないほどの、落ちこぼれだ。しんだ、てめえは」


 呼び名が、『お前』から『てめえ』に変わっているんだが。

 一応、僕、神様なんだけど。敬意を持って話そうよ。

 まあ、敬意を払ってもらうほどのことを、僕はしていないので、

 なにかを要求できる立場ではないのだけどね。


 それにしても――堕神か。


 僕には、お似合いの言葉なのかもしれない。


「……薄気味悪く、笑いやがって――」


 少年が、言う。

 おっと、表情に出ていたか。


 今更だけど、ポーカーフェイス。

 顔の筋肉をだらんと下げてみる。そうすると、だらしない表情になってしまうだけだが、僕は、常にこんな感じではないのだろうか。


 変わらなかった。

 あまり、変わらなかった表情。


 試行錯誤し、工夫するだけ、無駄だった。


 自分が一番。だから、表情も同じなのだ。

 しかし、生き方とか信念とか、変えなければいけないものは、多くあるけど。


「そろそろ、帰ってもいいかな」

「どこにだよ」


 どこにって……。そりゃあ、家にだけど。


 色々な人から落ちこぼれと言われている僕だって、そりゃあ家くらいは持っているさ。

 家族、とまでは言えないけど、それに近い人物もいる。

 お手伝いさんで、僕の世話をしてくれるだけの人だけど、きちんといるのだ。


 コミュケーション能力は、栄養と一緒にしっかりと取っている。


「なぜ、僕をそんなにき――」

 らっているんだ? と言おうとして、もう喉を越えて、舌の上まで出ている答えではないか、と気づき、口を塞ぐ。

 ずっと、示していることではないか。

 少年がずっと、態度と共に、示しているものじゃないか。


 落ちこぼれの神が、そこに存在しているのが許せないから。 


 だから、恨み、妬み、迫害し、追放しようとしている。


 あ、いや、追放は言い過ぎだったかもしれない。

 さすがに、そこまでは考えていないだろう。

 彼だって、やっていいことと、駄目なことくらい、弁えているだろう。


 しかし――、僕に遠慮なんてするだろうか。

 彼なら、追放を目指して動き、努力することを怠らないように見えるものだが。

 まあ、いい。なんだって。


 この先のことなど、この先、考えればいい。

 今は、どうにかして、立ち塞がる少年をどかしたいわけなんだけど――だが、こいつ。

 仁王立ちで、僕のことなど逃がしてくれそうにない。


 突撃すれば、破れないこともないけど。

 しかし破ろうとすれば、彼は、僕の力で爆散するだろう。いや、冗談ではなくて。


 だから、話し合いで済めばいい――。


 すると、


「――なにをしてんだい、ぶんかッ!」


 男勝りの女性の声が聞こえた。


 僕の前から、彼の後ろから迫る彼女は、少年の首を掴み、持ち上げた。


 さっき叫んでいた、「ぶんかッ」というのは、この少年の名前なのだろうか?


 ぶんか――っぽくないなあ。

 この名前自体が、珍しいものだと思う。


 僕は、聞いたことがない。いや、これ以外の名前だって、聞いたことがあるものを挙げていけと言われて、ぱっと出てくるものはないけど。


「――いててて、母ちゃん! いてえっつうの!」


「うるさい! 家の手伝いをサボってこんなところで遊んで! 

 この子に迷惑をかけるんじゃないの!」


 この人、お母さんなのか……。彼女は、僕の方を向く。


「あなたもごめんなさいね。あなたにだって、あなたの用事があったのに」


「いや、」

 ない、と言って、僕も手伝わされたらかなわない。

 なので、ここは頷いておくことにした。


「はい。でも、大丈夫です。時間は、まだまだありますから」


「そう、それならいいのよ」


 笑顔。

 彼女の顔に貼り付けてあったのは、笑顔だった。


 まあ、貼り付けていると言うよりは、浮き出ている、元々あるようなものだとは思うけど。

 偽っていない、笑顔。そんな笑顔を向けられたのは、初めてだった。


「くそっ! おい、お前ぇえええええ覚えてろぉおおおおおッ! 

 いつか、いつか! お前を越えてやるぅうううううううっっ!」


「うるさい、この馬鹿ぶんかッ!」


 母親に尻を叩かれ、叫びに歪みを生ませている少年。

 ほのぼのしている。ほっとする光景だ。


 さっきまでの、どんよりとしていた雰囲気は一気に消え、新たに生まれてきたのは、色で言えば、桃色のような雰囲気だった。

 見ているだけで、心を落ち着かせてくれるような、

 空気型の精神安定剤みたいなものなのかもしれない。


 すごい母親だったな。


 あんな親、そうそういないだろう。


 大事にしてあげなよ。

 ――少年に向けて、心の中で呟いた。


 さて――僕も動かないと。

 家ではお手伝いさんが朝食を作って、待っていてくれている。


 作り物の笑顔を貼り付けて。

 神様だから、敬意を持っている――そんな笑顔であることは、分かっているけどさ。


 少しくらい、本当の笑顔を見せてくれてもいいんじゃないだろうか。


 思いながら、帰る。

 来た道とは違う道を通り、気分転換も兼ねて、散歩を継続させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る