炊き合わせ
【春の訪れと天ぷら】
まったくもって人生とは不思議なものだ。
料理する事、食べる事を楽しめる日がまたやってくるなんて思いもしなかった。
でもルナと出会ったあの日から、熾火だった想いは、はっきりと明るさと熱を取り戻した。もっとも昔のような燃え盛る炎ではない、それでも簡単には消えることのない、静かな熱量を持った炎だった。
改めて僕は、料理研究家としての自分の望みを知った。
美味しいものを作りたい、美味しいもをたべる笑顔が見たい。
それだけで良かったのだ。ただそれだけが望みだった。
だから今日は、ちょっと特別なごちそうにしようと思った。
「今日の晩御飯は天ぷらにしようと思うんだ。どうかな?」
ルナは天ぷらの言葉に早くも目をキラキラさせている。
そう、天ぷらと言えばごちそうだ。それだけでもテンションが上がる。
しかも今回、僕が作ろうとしているのは『揚げたて天ぷら』なのだ。
天ぷら屋さんのカウンターでしか味わえないような、完璧な揚げたてを楽しめるコース。今回はルナに、それを食べさせてあげたいと思っていた。いや、正確には違うかな……僕自身が一緒に食べたいと思ったのだ。
「海の幸と山の幸、揚げたての天ぷらはどれも最高においしいよ!」
ルナはうなずくとさっそくエコバッグを用意する。
そうそう。もちろん一緒に買い物へ行く。
何が好きか、何が苦手か、何を食べたいか。そんな会話がまた楽しいのだ。
もう自己満足だけの料理に興味はない。
ルナと一緒に楽しめる料理、僕が作ることを楽しめる料理。
いつか……そう、いつか。
そんな楽しい料理を提供できるお店を開いてみたい。
探偵業を兼ねての料理屋も面白いじゃないか。アニメで見た喫茶店の三姉妹は、泥棒だってやっていたんだし。
と、ルナが不思議そうにわたしを見ているのに気付く。
どうやらちょっとにやけていたらしい。
こんな表情が出てしまうのもまた、本当に久しぶりのことだ。
「天ぷらの具材を考えてたらつい、ね。春は美味しいものがそろうんだよ。やっぱりエビとキスは外せないし、野菜とキノコとか、アスパラなんかもいいね」
二人でおなじみの散歩コースを通り、いつものスーパーへ向かった。
天気は快晴。空気はまだ肌寒いけど、春は間近だ。桜もちらほら咲き出した。
これからもっともっと楽しい日が続いていくのだろう。
もっともっとたくさんの美味しい料理を二人で作って食べるのだろう。
そんな風に思っていた。
だからこの時の僕は気づいていなかった。
春は出会いと同時に別れの季節だったことに――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます