問い参

Meet up with Tolico

 待ち合わせに指定された喫茶店は、昔ながらの雰囲気がぷんぷんに漂っていた。背もたれの低いビロード素材のシングルソファに、細い一本の脚で支えられている木目調のテーブル。奥の席は、懐かしのゲームが搭載されたテーブルだった。一言で表すならば、ノスタルジックが全開の純喫茶だろうか。


 僕は、この店オリジナルのブレンドコーヒーを注文した。店主が長いこと試行錯誤し続けてきたコーヒーならば、まず間違いは無いだろう。

 常連のお客さんからリクエストがあったと思われるメニューの数々が、薄汚れた壁に点々と貼られている。地元のお祭りを宣伝するポスター同様、喫茶店には相応しくないたぐいの貼り紙だが、ついそれらを眺めて店の歴史を推測してしまうのは昔からの癖……職業病だろうか。いやぁ、珈琲が匂い立つ喫茶店のカツ丼って、ちょっと気になるなぁ。


 それにしても、こんなシブい店を待ち合わせ場所に指定してくるとは……あいつも大人になったものだ。

 外事課で共に働いていた頃は、注文するのも嫌になるような長ったらしい名前のコーヒーやドリンクを提供するチェーン店とか、タピオカの入った紅茶を出す店とか、今どき感が満載の店ばかりを好んでいたのに。


 僕が職場を去る時、あいつとはロクに挨拶もできなかったので、今回の呼び出しはちょっと嬉しかった。まぁ、その前から挨拶できるような状況でも立場でもなかったんだけどね。でも、こうして再び会う機会があるとは思いもよらなかったから、余計に心が躍る。あいつには謝りたいこともあったし、言いそびれたこともあった。今日はそれらを言い出せるだろうか?


「関川先輩! お久しぶりです!」

「おぉ!」

「すいません、こんな店に呼び出してしまって。待ちましたか?」

「いや、こういう店は僕の好みだよ。待たされたとしても嫌じゃないね」


 懐かしさ溢れる喫茶店で、懐かしい彼女と再会する。

 恋のリスタートを予感させるものがあるが、今の僕と彼女の間にはロマンチックな要素は皆無だった。同じ職場だったよしみで、僕は外事課に調を依頼してあったのだ。本当は僕の上司だった人に頼んだのだが、彼は手が離せない案件があるからという理由で「適任のやつに指示しておくよ」と言ってくれた。それが後輩の都梨子とりこだった。


 都梨子とりこが席に座ると、ウェイトレスが「お待たせしまいた」と僕が頼んだオリジナルのブレンドコーヒーを運んで来た。ちょうど良かったので、僕は「何飲む?」と聞くと、彼女はメニューも見ないで「同じものを」とオリジナルコーヒーを指差してウェイトレスに応えた。


「お久しぶりですね」

「そうだね。聞いたよ、今や外事課のエースだそうじゃないか。大出世だね」

「これも、関川先輩のおかげです」

「ははっ、やめてくれよ。僕は何もしてないさ。君の努力が報われたんだよ」


 僕は、都梨子とりこの頼んだコーヒーが来る前に、先に運ばれてきたオリジナルブレンドへ口をつけた。うん、美味しい……酸味の強いタイプは僕好みだ。僕の満足気な表情を見て、何故か彼女はにっこりと微笑んでいた。


「今も三課にいるのかい?」

「いえ、んーっと……三課には変わりないんですけど、新体制って言えばいいのかなぁ。ちょっと編制が変わったんですよ」

「そうなの?」


 外事三課といえば、イスラム圏の国際テロなどを担当する花形の部署なのだが、そこは新たに「外事四課」という名称で発足したらしい。現在いま都梨子とりこが所属する三課は、僕が昔いた二課を枝分けして、北朝鮮の動きを中心に見張る部署へと変わったそうだ。まぁ、二課って中国から朝鮮半島に東南アジアの諸国まで目を光らせていたから、範囲が広すぎたという欠点が昔からあったんだよね。北朝鮮の問題は国内でも特別な案件となって浮上しているし、この新体制はアリだと思う。そして、都梨子とりこの異動先は、注目度の高い新たな花形部署だと言えよう。


「新人だった優奈ちゃん、覚えてますよね?」

「ん? あ、あぁ……えっと、そうだね。あの新人の子か。うん、思い出したよ」


 覚えてないと言いたかったが、都梨子とりこの口から「覚えてますよね?」といきなり強めな口調で問われたら誤魔化せない。僕は再びカップに手を伸ばして、急激に襲ってくる喉の渇きを潤した。


「あの子も、二課で関川さんの仕事を少しずつ引き継いでますよ。今では二人の後輩を連れて出かけたりもするんですから」

「ほーう、それは凄いじゃないか」

「きっと、関川さんの教え方が良かったんですよ」

「…………」


 どうも調子が狂うなぁ。

 ちょうどそこに、都梨子とりこが頼んだコーヒーが運ばれてきた。彼女はコーヒースプーンを取って、タクト指揮棒のようにちょんちょんと振りながら「関川さんは、教えるのが上手いんですよ」と言って、コーヒーにも口を付けた。


「そんなことないと思うけどなぁ」

「そうやってとぼけてもダメですよ。それとも、本当に鈍感なんですか?」

「ど……鈍感って、ひどいな」

「じゃあ、とぼけないで下さい」


 とぼけてもいないんだけどな……本当に、二人とも優秀なんだよ。一を聞いて十を知るタイプって、二人のことを言うんだろうなって思っていた。僕が先輩づらする必要もないほどに、都梨子とりこも優奈ちゃんもキレ者だった。


 だから……あの時、都梨子とりこが放った一言に、僕はどう返せば良かったのかわからなかったんだ。出した答えが間違っていたとは思っていない。でも、もっと別の言い方があったのは確かだった――。

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