第6話 場所を移そうかの

  窓から差す暖かな陽光と小鳥の囀りに優しく起こされたファウストはベッドから身を起こし、欠伸を一つして、ベッドの脇に置いていた、昨日ベルが帰りに読んで覚えておけと言って渡してきた魔導の基礎や魔術の術式理論などのことが記された電話帳並に分厚い教科書のような本を持ち、ベッドから降りて本棚に本を直し、そのまま身支度を整えるべくクローゼットへ向かった。


  今日は朝からベルが来て魔導の授業をするので着替えて用意しておかねばならないのだ。


  クローゼットを開けるとそこには様々な衣服がズラッと掛けてあった。

  この時代はファウストの前世とは比べるべくもないがそこそこ、所によっては前世以上に文明が進んでいるので服は質の良いものばかりだった。

  ファウストは以前村にお遣いに行った際に購入した数ある服の中から動きやすそうな長袖の黒のシャツを選び、下の引き出しから綺麗に畳まれたデニム生地の長ズボンを取り出して今着ているパジャマから着替えた。脱いだパジャマはトップスはハンガーに掛けて、ボトムズは綺麗に畳んで引き出しの中に仕舞った。

  それからファウストは顔を洗いに洗面所に向かった。






(最初は多少違和感があったこの身体も段々慣れてきたなぁ)


  ファウストは洗面所でまだ背が足りないので台に乗って歯を磨きながらそう思った。

  彼はそういうが、たった四日でまるっきり変わった身体に慣れるその順応力は驚嘆に値するものだったりする。なぜなら通常なら全く変わった容姿に視覚的に慣れるのはまだしも、感覚的に慣れるのは困難を極めるのだから。


  ファウストは水属性の魔石水魔石の『マジックバッテリー』を動力とする魔導式水栓金具の蛇口を捻って水を出し、口をすすいだ。


  歯ブラシを直して手を水で濡らして軽く髪を整えていく。


(あ〜やっぱり朝は頭が働かないな。昼からにして貰えば良かったかなー。つっても後の祭りか……)


  ある程度髪を整えたファウストは手に冷たい水を溜めて顔を洗った。


「よし!今日も頑張っていこう!」







  朝食を食べ終えてゆったりと食後のひとときを過ごしていたところに呼び鈴の音が鳴った。


「たぶんベルだと思うんで出てきます」


「ああ、いってらっしゃい。気をつけてね」


「はい、行ってきます」


  ファウストは机についてコーヒーを飲んでゆったりしていたベルゾレフに声を掛けてリビングを出て玄関へと向かった。


  玄関の戸を開けるとそこには案の定柔らかな新雪を髣髴させるミニスカ和服姿の小さな鬼族の女の子、ベル=ヴェルク・オールシュ・ヴァイズがいた。


「おはよう、準備は出来とるようじゃの」


「はい、早速行きましょう」


  その言葉に顔をえらく引き吊らせたベルは臭いものでも見るような顔をした。


「うーむ、なんかおんしに敬語を使われるのは気持ち悪いからタメ口でいいぞ」


(気持ち悪いって…)


  ベルの物言いに若干傷つきながらも、確かに昨日のアレ幼女騒動で散々からかった後に敬語っていうのも変な感覚だったのでファウストはこれ幸いとタメ口で話すことにした。


「分かったよ。

で、授業は何処でするんだ?

てっきりベルゾレフの家でやると思ってたんだけど」


「何を言っとるんじゃ。

魔導の実践練習を主にするというのに彼奴の家でできる訳がなかろう」


  そう言ってベルはバカを見る目でファウストを見て肩をすくめた。


「え、いきなり実践練習?

こういうのってまずは座学からじゃないのか?」


  ベルはちょっと嬉しそうな顔でチッチッチと指を振り、


「まぁ普通ならそうじゃ。

現に大陸に存在する国の一つに【ローゼンクロイツ】という大国があるのじゃが、その国の首都である【ディケイド】にある、世界中の入学希望した子供達が集まる【王立オーラルスクエア学園】という基礎学問や武術、魔導などを習う教育機関では何事も座学から始まるからのう。

じゃが、おんしは既に基礎魔法はあらかた使えそうじゃし、昨日やった魔導の教科書で魔導理論に関しても大丈夫じゃろう。

じゃから、今回は色々すっ飛ばして基礎魔法発展編、実践魔術講座の二本立てを予定しておるのじゃ」


 と、説明した。

  誇らしげな様子で自身が持つ知識を披露する姿を見るに存外彼女は説明好きのようだ。ファウストもその説明に納得したようで「なるほど」と呟いていた。


「それで外でやるってことか。

でもこの辺りは拓けたところはないし森でやろうにも魔物とかが寄ってくるぞ」


「うむ、だから我が即興で作ってやるわ」


  ベルがそういってパチンッと指を鳴らした瞬間、辺りの景色は一変した。

 先程までは周りにベルゾレフの家やそれを囲う魔物よけに設けられた人間にはいい香りに感じるが、魔物には嫌いな刺激臭に感じられる匂いを発する木である『パフューム』で作られた柵、汗臭い森などがあったにも関わらず、たった一瞬。まるでTVのカメラが切り替わるように違和感なく周囲の景色が一瞬で遮蔽物は一切なくなり地平線が見えるようになっていた。唯一変化のなかった箇所は気持ちのいい青空と地平線の彼方まで続く草原だけだった。


「これ...…は...一体。

まさか幻術……いや、魔神って言われる程だ、新たな世界でも作ったのか?」


 周囲の景色が一瞬にして変化するという怪奇現象を前に息を飲んだファウストは神ならこれぐらいの奇跡を起こすことも可能何じゃないかと推察した。


「ハッハッハ!いやいや今回はそんな大それたことはしとらんよ。

今やったのは単に世界の一部を結界の壁ーー界壁を挿入することで隔離し、隔離空間内の広さを宇宙に等しい大きさに改変しただけじゃよ」


 しかしそのファウストの推察に対しベルは『やろうと思えばできる』と暗に肯定しつつ自慢げに笑い飛ばした。


「それでも十二分にスケールが違うよ。それにその言葉ぶりからして世界の創造も可能なんだろ?流石は魔神って言ったところだな」


  ベルは手を腰に当てニヤリと笑った。


「フフフ、この程度は魔神でなくとも超一流魔導師なら軽くやってみせるぞ。ぬしには我の弟子となる以上最終的にはこの程度は基礎魔法感覚でやってのけてくれんと困るんだがの?」


  ファウストは魔神による魔導授業のハイレベルさに期待を膨らませつつ意気揚々と頷く。


「ああ、余裕でこなしてやるよ」

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