SS2 はじめてのまちたんけんinダンベル村
燦々と照る陽の下、俺はガチムチアイランド唯一の村である【ダンベル村】にある噴水が綺麗な広場のベンチに座って露店で買ったクレープを食べながらげんなりしていた。
「予想はして覚悟を決めてきたつもりだったが……」
辺りを見渡すとそこには、広場でアクロバットに遊ぶ筋肉質な子供達が、公園も兼ねているため設置されていた健康器具という建前のトレーニング器具で体を鍛えるゴリゴリマッチョなご老人方、噴水近くで荷物やベビーカー......ではなくダンベル(四十kg)を携えて井戸端会議に興じる劇画タッチなおば様方。島の住人からしたら日常な、部外者からすれば非日常な光景が広がっていた。
「......なんかもういろいろ酷い」
俺はベンチの横に設置されていた鉄棒で高笑いしながら大車輪を披露しているご老人を視界の端に、こうなった経緯を想起していた。
◇
ガチムチドラゴタートルとベルゾレフの戦いを見た日の翌日。朝食を食べ終わってゆっくりしていたところでベルゾレフはいきなりこう言いやった。
「そういえば、物を教えるにも家にはホワイトボードとかペンもないし、お金の使い方を実地で学ぶついでに買ってきてくれないかな?」
「まぁベルゾレフはそういうのは使いそうにないですしね。分かりました。けど俺計算はできるけど物価の相場や、金の単位は分かりませんよ」
「大丈夫!全てはここに記してある!」
そう言ってベルゾレフは1枚の紙切れを渡してきた。そこには物価の例や通貨単位について書かれていた。
こんなのがあるってことは昨日から織り込み済みだったけど単に忘れてたな?まぁいいけど。
「村へはそれなりに時間が掛かるからその道中に読むといいよ。
村への地図はその紙の裏面に書いておいたからね」
紙を裏返してみるとそこには絵は下手だけど要点をおさえた分かりやすい地図が描かれていた。
「助かります。じゃあ早速行ってくるとします」
「じゃあはい、財布。気をつけてね」
ベルゾレフはそう言ってお金が入ってずっしりと重くなった財布を山なりに投げ渡した。
「はい。行ってきます」
「いってらっしゃい」
財布をズボンのポケットに入れると扉を開け、地図を便りに村方面の森の中へと入っていった。
◇
ベルゾレフの家を出て村へ向かって森の中を突き進む。
ところで今更だがベルゾレフの家の周りはというと家の周りは柵に囲われ、芝生が広がっている。裏手、南方向は俺が昨日マッチョエイプと戦った森であるスマートフォレストが東にも渡って広がり、その東ビルディールを抜けた先に村がある。北には顔が厳つい肉食の小魚が多数生息する川が、西には『ムキンブー』というムキムキの筋肉質な腕が伸びているかのような竹が生えている竹林がある。時々スマートフォレストから魔物が出てくることもあるらしいけど家の周りの柵が魔物の嫌いな匂いを出しているので問題ないそうだ。
魔物の気配はまだ少し遠くだけどこのままじゃ見つかる確率は高いな。……そうだ、魔法ならなんとかなるかな?なら、やるとしたら隠密系の魔法だし闇属性かな。
俺は昨日やった魔法発動の感覚を思い出しながら魔力を闇属性に変換して、イメージを固めていく。そしてそのイメージを空間へ固定するために小声で詠唱を唱える。
「我は陰に潜みし魔の者なり……
魔法を発動すると、俺の身体は薄暗い陰のようになった。
これで俺の身体は注視しないと見過ごす程度にはなったろうけどまだ不安があるし魔法の練習も兼ねてダメ押しといくかな。
俺は再び魔力を変換して魔法を描いていく。今度のイメージは魔物の近くに気配が現れて俺から離れていくイメージだ。
「鬼さん
鬼ごっこに使われる誘い文句を引用した詠唱で発動した魔法は俺のイメージ通りに魔物の気配の近くに気配を出現させ、パチ、パチ、と手の鳴る音を鳴らしながらそれを獲物と勘違いした魔物を連れて遠ざかっていった。
よし、これでもう大丈夫だろう。と言っても油断してガブッと殺られたらたまったもんじゃないから油断せず慎重に行かないとな。
俺は【隠形】が最も活きる木々が作る影に潜みながら森を抜けて行った。
◇
「へぇ、アレがベルゾレフが言っていた村か」
森を抜けた先は崖になっており、崖下にはベルゾレフが言っていたであろう村が広がっていた。遠目では村人の様子は見えないが建物だけでいうと木製の家々が並んでいて小さな街のようだった。
とりあえず見てても仕方ないし降りるかな。
俺は崖の僅かな出っ張りを足場にトントンと軽やかに降りていった。
降りて村に入るとガヤガヤと活気のある村人達の姿が目に入った。ゴッリゴリの筋肉質な。
(これが世紀末か)
俺はあまりに筋肉に囲まれすぎてなかば放心状態で心中で一人ごちつつ、辺りを見渡す。俺が今いるのは商業通りのようなところらしく、野菜や肉、川魚などを売る商店が建ち並んでいた。村の建物はベルゾレフの家に使われていた木材と見た感じ同質だ。
残念なことにこれでビルディールを建築材料にしている可能性が更に濃厚になった。いや、気にしたら負けだ。オレ、フカクセンサクシナイ。
えーと、確かホワイトボードとかペンを買うんだったよな。
俺は紙に書いてるかなと思い、ベルゾレフから渡された紙をポケットから取り出して眺める。
お金の単位はコルダ。『C』で表される。
1Cが鉛貨
10Cが銅貨
100Cが銀貨
1000Cからは複製防止の為魔導的加工が施された紙幣となる。
紙幣は1000C紙幣、5000C紙幣、10000C紙幣のみ存在する。
お金の価値
地球にもあるものなどは地球の物価と大差ない。
但し、機械や魔道具などは高価。
通貨は全世界共通で、永世中立組織にして全世界に展開する国際組織でもある冒険者ギルドが銀行の役割を担っている。
紙の上部には通貨について書かれており、要約するとこんな感じだった。
複製対策をした紙幣が出回ってるのには驚いたけど魔導が普及したこの世界ではやっぱりそういう方向性で技術力は高度化しているようだな。
紙を読み進めていくと下部に買い物リストが書かれていた。
魔導ペン一個
マジックバッテリーII型全種類2個ずつ
ホワイトボード一個
魔物図鑑好きな種類幾つでも
自分用の服
他欲しい物いろいろ
魔道具にそのバッテリーにホワイトボードに本に服ね。マジックバッテリーっていうくらいだ。おそらく電池の魔力版なんだろうな。ちなみに今来ている服だがこれは昨日着ていた服を洗って乾かして着ているので服はこれ一着しかない。
紙を見て通貨についてと購入物を把握したファウストは紙を再びズボンのポケットへ仕舞って通りを歩いて購入物を売っているであろう店を探して回った。
(俺が失った記憶はエピソード記憶のみだからなんだろうけど、知らないはずの知識を持ってるってのは不思議な感覚だな)
店を探す道すがら街を見て回るが、そこには当然店の看板や商品の値札、張り紙などがありふれ文字は至る所に散在しているのだが、もちろんのことそれは異世界の文字であり俺が生きた前世の地球の文字ではない。しかし失ってしまったエピソード記憶と違い、無事だった意味記憶にはこの世界の文字の知識があるからだろうかその意味が分かる。それ故の違和感というか気持ち悪さというか、不思議な感覚を味わっていた。
そんな時五芒星の魔法陣をモチーフにした看板を掲げた小さな店を見つけた。
(ここだな)
早速中へ入ってみると、駄菓子屋を想起させる内装に所狭しと駄菓子ではなく魔道具が置かれていた。
「いらっしゃい。お遣いかい?」
店に陳列された魔道具に目を奪われていると、正面のレジに立つ二十歳前後の店員、いや、店の規模からして店長と思われる女性が子供に話しかける感じで話しかけてきた。
「…………え?あ、えーとそんな感じです、魔導ペンとマジックバッテリーIIはありますか?」
俺は驚愕のあまり思考に空白が生じ、数拍の後に再起動してしどろもどろに用件を伝えた。しかし我ながら驚くのも無理はないと思う。なぜなら目の前の女性は顔は厳つく、筋肉隆々で、某世紀末の世界の住人然としたこの島の常識を覆す存在だったからだ。
顔立ちは整っており、大きな切れ長の瞳は赤く燃えるオレンジ色で、手入れをされず無造作に伸ばされた紅色の長髪はあちこちに跳ねるも彼女の杜撰だがどこか漢らしさを感じさせる。しかし、その印象とは対照的に出る所は出て引き締まる所は引き締まったスタイルは抜群で、ガチムチアイランド特有の遺伝子か筋肉はあるものの他の住人と違いそれを見事に美のベクトルに活かされていて、引き締まった筋肉が腕や脚の美しさを際立たせていた。その姿はワイルド系美人と言って相違なかった。
「あるよ、確かそっちの棚の中段だね」
彼女の男前なハスキーボイスに心地よく鼓膜を揺らされ、さり気なく凝視していた彼女の魅惑の双山を惜しみつつ脳裏に焼き付けて本題であるペンとバッテリーが置かれている棚の中段を見た。
「へぇ、意外とたくさん種類があるんですね」
「まぁね。バッテリーはその型に合わせて現在はI型からV型まで製造されていてそれがそれぞれ八属性分あるからね」
バッテリーの種類の多さに驚いていると、他に客がいなくて暇だったからか、カウンタから出てきて俺の横で軽く解説してみせた。
視界の端に映る山に気を取られながらも、さも平然と
「ではこのマジックバッテリーII型を全種2個ずつと魔道ペン一つ購入で」
と注文した。
「まいどあり」と男前な笑顔で応えたお姉さんはカウンター商品を持ってカウンターへ戻り、精算する。
「マジックバッテリーII型全種セット二つと魔道ペン一つで計三万Cだよ」
「三万ね」
俺は財布から一万C紙幣を三枚出して商品を受け取り、店を出た。
店を出た俺は次の店を探しながら先の余韻に浸っていた。
いや、それにしてもこの島にも美人がいたなんてな。てっきりこの島ではそんな概念はとうの昔に断絶してるとばかり思ってた。何よりあの二つの蠱惑的な山は……といけないな。こんな邪な考えは女性に失礼だ。
俺は邪念を振り払い、早速見つけた次の店へと入っていった。
その先のお遣いにはこの島の闇が広がっていた。 魔道具屋の彼女のような美人はもちろん、俺の価値観での普通の女性もおらず、ホワイトボードを買いに行った雑貨屋のガチムチゴリゴリの黒光りしたタンクトップ姿のマダム、本屋のブーメランパンツ一丁のオッサン、服屋のプロテインを浴びるように飲みまくるオネエと地獄が続いた。俺はそれらを魔道具屋の美人さんを故意に幻視することでなんとか乗り切り、冒頭の広場のベンチで休んでいた。ちなみに数々の苦難を乗り越えた末に購入した戦利品は試行錯誤の末に再現した空魔法【アイテムボックス】の中に入れている。特殊四属性は複合属性より難しくて少しだけ苦労した。
疲労感とともに回想しているといつの間にか横で大車輪を披露していたお爺さんの奥さんだろうか。お爺さんの横の鉄棒で同じく「HAHAHA」と高笑いしながら大車輪を披露するマッスルお婆さんの姿が見られた。夫婦末永くお幸せに。
ふぅ、回想途中でやめれば良かった。なんか更にドッと疲れたよ。
さて、そろそろ帰ろうかな。ここにいても疲れが溜まるだけだし。
そう思いベンチから腰を上げて家路へ着こうと足を踏み出した時、いつの間にか真正面にいたオッサンがこちらをジッとのぞき込んでいた。その瞬間俺の全身に身の毛がよだつ感覚が走り、全身の血が冷えわたって動悸が高まる。恐らく今の俺の顔色は蒼白になっているのだろう。
その男はハゲ上がった頭ににやけた目、団子鼻、伸びた鼻の下、肥え太り脂ぎった身体を下半身の葉っぱ1枚で隠すという暴挙に出た変態だったが、それよる不快感などでは断じてない。否、そんなものを感じる余裕すらなかった。俺の全身に走ったもの。それは恐怖だった。しかしそれは眼前の男に対するものではない。予兆……と言った方が適当か。それはまるで絶対に当たると言われている預言者に自身の死の予言をされたかのような漠然とした、しかし決定的な死の恐怖感であった。
唐突に眼前にいる男は顔の前で右手人差し指を立て、左手人差し指と親指で輪っかを作った。
10?
それが意味するものがなんなのか分からぬまま、男は俺がサインを認識したと確信すると忽然と姿を消した。
男が姿を消すと、全身に巡っていた恐怖感も消え去り、いつの間にか止めていた息を吐いた。
アレは一体なんだったんだ。普通の人間ではないだろうが……。それに奴が俺に示した“10”というサイン。アレが意味するところはなんなのか……。
とりあえずベルゾレフに相談してみようと思った俺は急ぎ足に帰路に着いた。
◇
「なッ!?禿げたニヤケ顔のほぼ全裸の変態と出会っただって!」
家に帰って机で紅茶を飲みながら先のことを話すと案の定ベルゾレフは驚いた。
「まさか何か嫌らしいことをされたのかい!?」
恐ろしいほど話が伝わってなくて戦慄した。いや、俺の言い方が悪かったのか?でも他になんていえば……。
「あー、いや、そうではなく。別に変質者にあったわけではありません。まず突然目の前に現れて突然いなくなったので人間かどうかすら怪しいですし」
そう言うとベルゾレフはホッとしたのも束の間、すぐさま思い至ったことがあったのか顔を蒼褪めさせて問うた。
「……もしかしてそれは葉っぱで股間を隠していなかったかい?」
俺はその言葉にそこ重要なの?と思いながらも返した。
「ええ、そうですね」
俺がそう答えるとベルゾレフは机から身を乗り出して
「それはどんな風に君の前に現れた!」
と焦ったように問うてきた。
現れ方がそんなに重要なのか?
「突然俺の前に俺の顔を覗きみるように現れて両手で“10”のサインをしてましたけど……それがどうかしましたか?」
そう答えるとベルゾレフは力が抜けたように椅子に腰を沈め、額に手をやり言った。
「それはマッパーという“死”と“凶兆”を司る大精霊だよ」
「“死”と“凶兆”を司る大精霊?」
「マッパーは気に入った人物の前に現れて“凶兆”を告げるんだ。直接言ったりはしない。あくまでもサインを送る形でだ。 こちらを除きみるマッパーは自身への災厄を、背景や人混みにまぎれてるマッパーは身近なものへの災厄を、マッパーの大行進は大規模な災厄を意味する。その他にもいろいろあるが共通項を挙げるとすればマッパーの行動が災厄の内容を暗示しているということだね」
「つまり俺は俺自身に降りかかるであろう災厄を暗示された……ということですか」
俺は大行進じゃなくて内心ホッとした。幾らベルゾレフやこの島の人達が強くてもそれ以上の災厄が訪れたらどうしようもないからな。
「その通り。しかもマッパーは両手で“10”を示すサインを見せたのだろう?ならばこれから十日後、十ヶ月後、十年後、もしかしたら十時間後にでも災厄が起こるということだね」
「何か対処法はないんですか?」
「ないね。これは運命論とでも解釈できるものだから明確な対処法なんてもちろん存在し得ない。強いていうなら強くなることだね。マッパーが君の顔を覗き込んでいたのなら君自身へ降りかかる。言い換えれば君自身にしか降りかからない災厄を暗示している。つまり君が単独行動をしている時に降りかかる可能性が最も高い。だからこれを乗り越えるためには君自身が自らの力で乗り越えるしかないんだよ」
……なんだ。それなら……。
「なるほど、なら別にやる事は変わりませんね。どっち道この島を出るためにも修行して強くならなければいけないんですから」
俺のその言葉に今まで沈んでいたベルゾレフの表情に活力が戻り、鎮まった陰鬱な空気を笑い飛ばした。
そうだよ、難しく考える必要なんてない。俺達人間に出来ることはただ強くなって、困難を乗り越える。ただそれだけなのだから。
「……ふっ、HAHAHA!まったく……その通りだね。君なら“凶兆”なんて幾らでも乗り越えられるよ」
「幾らも“凶兆”を頂くなんてたまったものじゃないですけどね」
陰鬱とした空気は吹き飛び、いつもの明朗な空気が戻ってきた。
さて、そろそろ夕時だ。飯の支度をしないとな。
窓の外の夕暮れに照らされた森を眺めながら、明日も、その先も、この綺麗な夕暮れを眺めよう。そう、内心独り言ち、今晩の献立は何にしようかと考えた。
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