【読み切り版】Faust〜どうやら異世界に転生しても俺は不運に愛されているらしい〜

ラウ

ガチムチアイランド編

第1話 プロローグ


 二〇六四年、三年に渡る第三次世界大戦は遂に終結。

 第三次世界大戦はアメリカ合衆国を中心とする日本、欧州、旧ロシアの連合国軍が勝利し、革命によりロシアを分割する形で新たに興った神聖ソビエト帝国、中華王国他アジア諸国による枢軸国軍は敗北。国土の一部割譲と多額の賠償金を支払うことになった。

 かの大戦により世界地図は大幅に書き換えられ、戦勝国の一つであるアメリカ合衆国が世界一の国土を誇るようになり、大戦中小さな国々は強国へ対抗するため合併を繰り返し、世界の国数は一九○余国から僅か十四ヵ国までその数を減らしていた。

 そして大戦終結から早四年、アメリカ合衆国を始めとし、日本、イギリス、旧ロシアなど地図に残った国々は第三次世界大戦の復興作業を終え、世界は戦前の様相を取り戻していた。

 しかし、その漸く掴んだ平和も不安定なもので、大戦の勝敗に異を唱える集団、組織が各地に現れ、暴動やテロ事件を起こしていた。





「ーーザザうとうしろ!ーザザザ恭弥!応答しろ!」


 アメリカ合衆国、世界の警察とも言われる世界一の国土を誇る強国の中でも、最も巨大と謡われる国内有数の軍事企業ガレオン社のラスベガス支部社最下層特殊研究施設。


 普段ならミサイルにも耐えられる透明な強化ガラスや金属製、又は化学反応しにくい特殊な樹脂製のデスクに様々な研究器具、機械が並び、無機質的で冷たい印象を与える研究施設なのだが、今はそれとはある意味真逆とも取れる惨状を晒していた。


 ミサイルにも耐えられると謳われていた強化ガラスは粉々に砕け、柔軟性と強度ともに最高水準と機能面において評判だったデスクは無惨に切り裂かれ、その切断面から燃え盛る書類を吐き出していた。研究器具、機械は当然の如く尽く破損し火花を散らしていた。


 そしてこのかつて無機質的という印象を受けた研究施設を言うなれば有機質的と形容できるであろう研究施設へと塗り替えた最たるモノが床を埋め尽くしていた。


 死体。


 研究員だけでなく、この惨状を作ったモノを排除しようとしたであろう特殊部隊のような格好をしたもの、身体にピタリと張り付いてる印象を持たせるパワードスーツを装着しているもの、夥しい数の様々な死体がそこにあった。



 そんな地獄絵図と化した特殊研究施設の広い玄関ホール、地上へと繋がる唯一の空間に一人の血塗れの男が地上へ繋がる唯一のエレベーターを背に預ける形で座り込んでいた。



 その男の眼前数メートル先には男と同じく血塗れの、一体の怪物が倒れていた。基本フォルムは四足歩行に進化した人間、だが、顔、肩から手の甲にかけて、臀部から足の甲にかけて、鋭い爪の四箇所はツルッとした骨のような材質で構成されており、鋭い歯が無数に並んだ口と頬は肉が剥き出しに、それ以外の箇所は剥き出しの肉体を網目状の白く柔軟な軟骨のようなもので覆っていた。臀部、肩部からはそれぞれ三対計十二本もの白い骨で覆われた先の鋭利な触手が生えていた。

 その怪物はここ、特殊研究施設の独断で秘密裏に作られたモノだった。

 ここは大戦により産まれた反社会組織の一つと裏で繋がっており、テロ活動のために生物兵器を製造していたのだ。

 エレベーターを背にして座り込んでいた男はそれと研究施設を処分し、研究員を捕縛するために派遣されたガレオン社が有する特殊警務部第三制圧部隊の隊長であった。

 しかし研究施設の最奥部に眠っていた最後の一匹を隠れていた研究員により解放され、彼は他の生物兵器とは比にならない、あまりにも強大な生物兵器を前に部下を逃がし、一人立ち向かうことになったのだった。


 最後の生物兵器との激闘に辛くも勝利した男はエレベーターに力なく凭れながら耳元で煩く喚いている通信機の応答ボタンを右手で押した。


 「そんなに喚かなくても聴こえてるさ」

 「恭弥!良かった、無事だったんだな」


 通信機から先程まで叫んでいた上官らしき女性の安堵の息が聞こえてきた。


 どうやらだいぶ心配させてしまったようだ。


 「ああ、例の怪物ならギリギリ倒した。正直言って割に合わねぇ糞みてぇな仕事だったな」

 「では頑張った褒美だ。上にボーナスでも出すよう言っておいてやる」


恭弥が辟易したように力なく吐き捨てると、上官が嬉しいことを言ってくれる。


 「おっ、それは嬉しいな。それじゃその金で今度皆で飲みにでも行くか」

 「傷を治したらな」

 「はは、分かってーー」


らしいセリフに半ば呆れながら付け加えると恭弥は笑ってそれに応じようと言葉を綴るがそれは途中で途切れた。


 一瞬、何かが動いた気配がしたのだ。


 「どうした?」


言葉が途中で途切れたことに異変を感じて尋ねるが、恭弥は「いや、何でもないよ」と答え、言葉を続ける。


 「……それより逃がした部下はちゃんと回収しただろうな?あと周辺の避難状況は?」



 男は倒したばかりの地に伏す怪物を注視しながら聞いた。



 「ああ、恭弥が命懸けで逃がしたんだ、隊員全員が暴れてだいぶ苦労したがなんとか麻酔銃で眠らせて本社へ強制送還した。

周辺住民の避難はまだ完全には完了していない。避難しきるのにあと十数分はかかるだろう。

...…急にこんなことを聴いてどうしたんだ?例の怪物を倒したなら後は帰ってくるだけだろう。動けないようなら人員を派遣するが…」



 微かに、だが確実にそれ・・は動いた。



 「いや、その必要はない。

それより、部下達に伝えてくれ。『次の隊長は瀬文、お前がやれ。

仲間の事を最も理解し、実力もあるお前になら俺の後を充分任せられる。

そして愛すべきバカども、後ろを振り向くのは構わねぇ。だが囚われるな。自身の背に背負った想いを糧に前を向いて生きろ』とな」



 ぐったりと萎れていた触手がゆったりと動き出した……。



 「ちょっと待て……何なんだそれは……それじゃまるで遺言みたいじゃないか。

……敵は倒したんじゃないのか!!」



 怪物は起き上がり、触手を床に突き刺した。



 「悪い、存外生命力が高かったらしくてな、俺としたことが仕損じてたみたいだ」


 「そんな……ならさっさと片付けて戻ってこい!皆で飲みに行くんだろ!」


 「言ったろ?ギリギリだったってよ。

悪い……今まで世話かけたな。

何時も何かと迷惑かけたり、憎まれ口叩いてたが、こんな俺を拾ってくれて、殺すしか能のなかった俺の力の正しい使い方を教えてくれたお前には……一番感謝してんだぜ。

……本当にありがとうな。部下達のこと……頼んだぞ」


 恭弥は立ち上がり、腰からナイフを、懐から小型圧縮爆弾という範囲を狭める代わりに威力を通常の数百倍にまで高めた物を取り出した。しかし、大量失血の上、全身の傷がズキズキと激しい痛みを発し、それに反して大量失血の影響か意識が朦朧として最早立ってるのがやっとの状態だった。


 「…………クソ。

私はお前の力は人を殺すためじゃなく、人を生かすために使えと言った。そこには勿論お前自身の命も含まれてることぐらいお前ならわかっているだろう。……感謝してるならこれぐらい守れ」


 耳元の通信機から聞こえてくる彼女の声は震えていた。


 「悪い、だけど俺は怪我のせいでろくに動けない。血を流しすぎたしな。

だから、どうせ死ぬなら俺は少しでも後の奴らの負担を減らして華々しく最期を迎えたいんだよ」


 「……分かったよ。ならこれが私が命じる最後の指令だ。

怪物を倒せ、そして来世でまた会おう」



 怪物は恭弥を喰い破らんと床に刺した触手の反動を用いて爆発的な勢いを持って迫り来る。


 「ああ」


 恭弥は爆発的な勢いで迫ってきた怪物を左手に持ったナイフを逆手に持ち、左頬を刺して回転することで力を受け流すようにして殺し、止まった怪物の口内に小型圧縮爆弾をねじ込んだ。口内にねじ込んだ腕が食いちぎられたが今更そんなこと気にもならない。


 「また会おう」


 小型圧縮爆弾は怪物の体内で起爆し、恭弥諸共怪物を爆炎が飲み込んだ。












 とある島、荒れ狂う波が押し寄せる浅黒い砂浜に見た目五歳程度の少年が打ち上げられていた。




 そこに近くの林から筋肉隆々のアメリカンコミックにでも出てきそうな劇画タッチの大男がこれまたガチムチ劇画タッチの大きな虎と豚が混ざったような生き物を担いで現れ、そのまま倒れている少年へと急ぎ足に近づいた。


 大男は虎豚を一旦降ろし、少年の生存確認をした。


 「……ふむ、どうやら息はあるみたいだね。これなら彼女に診せればまだなんとかなる」


 大男はそう判断し、虎豚を再度左肩に担ぎ、少年を右手で腰抱きにして村へと急いだ。

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