待つのも、待たせるのも

汀桜

第1話

千紘ちひろくんが帰って来なくなって一週間。


私、三嶋みしま雪音ゆきねは、早くも限界が近づいていた。





















私と月永つきなが千紘ちひろくんは、少し前まで同棲していた。千紘ちひろくんのお家の人がとても厳しかったから、私との交際は真正面から否定された。

そこから千紘ちひろくんとお家の人は、喧嘩に発展してしまい、結局今の千紘ちひろくんは家出扱い。

堂々と胸を張って2人の関係をみんなに発表できる訳ではないけど、一緒に居られるだけ良かった。





_______そのはずなのに。


















いつも通りの、「行ってきます。」を最後に、千紘ちひろくんは姿を消した。



ただ、ふらっと帰ってきて、焦っていた私を“バカだな”って、笑い飛ばしてくれたらいいだけ…

_______同じ空間に居てくれるだけでいい…

_______それ以上はもう、何も望まないから…







今日で何回目だろうか。千紘ちひろくんとの個人メールには、あの日の夜からずっと、心配の言葉や現在地の確認、今日あったことなど、

私が一方的にメッセージを送り続けていた。

消息を絶った彼だ。

勿論、既読は付かない。


“私のこと、嫌いになっちゃった?”


そう送ろうとして、



やめた。



「…こんなこと言われても困っちゃうよね……。」


“おはよう。今日もごはん、作っておきます。

いつでもリクエストしてきていいからね!!



いつでも待ってるよ”


彼がこのメッセージを読んでくれても、読んでくれなくても、

私が彼に世界で一番嫌われていても、そうじゃなくても、


彼が帰ってこなくなったあの日から、ずっと__________






(_________“既読”だけでも欲しいなあ…、なんて……。)








帰ってこなくなった理由もわからないし…、

今どうしているのかもわからない。


千紘ちひろくんのお家の人たちも、ずっと捜索していると聞いた。

友達も、彼がいなくなって驚いていて。


一週間って、こんなに長かったっけ。


そう思えるほど、私の中で彼の存在は大きいものだと

失ってからやっと、思い知らされる。





空白の時間が怖い。

沈黙の時間が怖い。


空白や沈黙が、どさくさに紛れて千紘ちひろくんの存在を奪い去っていきそうな気がするから。


机に突っ伏し、何もかも忘れられたらと力を抜いてみる。

その時響いたのが、チャイムの音。

飛び上がった。

そりゃあ飛び上がる。私にすれば、“千紘ちひろくんが戻ってきた”という可能性があるものの一つだから。



急がなきゃ。

逃げてしまう。


「おかえりっ、千紘ちひろくん___!!…あ……」

玄関のドアを開けて、ハッとする。

(今の私には、逃げてしまう幸せすらないもんね………。)

「……あの…っ、…ごめんなさい、突然訪ねて……。それに、期待させちゃって…。メールか電話を入れた方が良かったわよね………?本当、ごめんなさい…。」

「いえっ!大丈夫ですよ!…訪ねてきてくださって嬉しいです、羽恋わこさん!」

訪ねてきたのは、千紘ちひろくんのお姉さんで私のお友達の、月永つきなが羽恋わこさん。千紘ちひろくんと仲良くなり始めた頃に、街中で困っているところを私から声を掛けた。そこから仲良しになって…

今では、私が唯一、千紘ちひろくん以外の月永つきなが一家の人物で何でもない話ができる人になっている。



「…わざわざお茶まで淹れてくれてありがとう……!私のほうから勝手に訪ねたのに…。」

「いやいや、お客様にお茶なしはおかしいじゃない?…少なくとも私はそう思っているから…。だから気にしないでください!」

優しいのね、と穏やかに微笑む羽恋わこさんは、以前と比べてかなり痩せた様に見える。

(…体調が心配だな……。)

「…それで……、ヒロのこと…」

「……!」

「……雪音ゆきねちゃん、ずっと無理しているように見えて…………、とっても心配で…。」

「そんなこと!羽恋わこさんの方がよっぽど………。だって、弟の行方が分からないんだもん…。」

そうへらっと笑って誤魔化すと、羽恋わこさんが酷く苦しそうな顔をする。

「………雪音ゆきねちゃん…。

無理しないで……顔が疲れてる。ちゃんと眠れてる……?ちゃんと食べてる……?」

「…っ、…大丈夫ですよ……?私、元気ですよ…?」

そう言ってみるけど、羽恋わこさん相手には駄目みたいで…、

「……今日は私がごはんを作ります!」

こんなハメに。




「そんなっ、申し訳ないです!お客様なのに……。」

「…弟の不始末や失敗は、姉である私がカバーするのですよ。…だから、今日くらいは私に任せてください。」













「…今日はありがとう……、ございます………。本当に。凄く助かりました………。」

「…ううん。…………突然…、…突然訪ねた私を……、受け入れてくれて、ありがとうね……。」





帰っていく羽恋わこさんの華奢な背中を見て、思った。


______なんだか、私だけが世界から切り離されたみたい……。



と。

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待つのも、待たせるのも 汀桜 @arisu_sora

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