第11話 新世界への目覚め

 どこにでもある その入り口

 瞳を開けば 見えてくる


 木漏れ日に ふと見上げた時

 夕焼けに 目を細めた時

 湧き出す心が めざめへのいざない


 知らない言葉を 覚えても

 声に出せない 気持ちがある


 なんで ありがとうと 泣くのだろう?

 どうして 悔しいのに 笑ってしまうの?

 つのる想いが 未知への案内状


 踏み出して 踏み出して ふりかえってもいいから


 目覚めれば おはよう あらたな世界



   ♪


 観客たちは観た。

 ステージに立ち歌うのは、おそらく高校生の少女。

 長い黒髪と鋭さのある瞳。そこには大人になりきれないあどけなさがある。

 美少女と言って差し支えないが、さりとて突飛な個性も見えない。

 学校帰りにしか見えない少女は、ステージに迷い込んだとしか思えなかった。


 観客たちは、これで意外と目が肥えている。

 普段から『Shooting Star』に出入りし、数々のアイドルのパフォーマンスを観ている。もちろん、どんなパフォーマンスでも新人のステージならば、できるだけ応援ししようという気概のある観客たちだったが、審美眼は厳しい。

 表向き応援していても、帰り道で『イマイチだった』と語ることなど日常茶飯事。

 だからこそ『リリック』と名乗った少女がどんなパフォーマンスを見せたところで応援はしても驚きはしない。

 その上、『リリック』は練習していない学芸会の舞台に上がったのかと思えるほどビクビクしていた。さらに観客に語りかけることも、ダンスをすることもない。ただ歌うだけのパフォーマンス。

 もっとも単純な表現方法。そうなれば、おのずと鑑定眼は厳しいものになる。


 ――はずだった。


 流れ始めたピアノの音に、耳を澄ませてしまった。

 歌い始めた『リリック』の口元に、注目してしまった。

 決意の宿った瞳に、吸い込まれてしまった。


 ただの女子高生だとあなどった思考は、一瞬でくびり殺される。

 あるものは、スポットライトに木漏れ日を幻視た。

 またある人は、『ありがとう』と泣く友人の姿を幻視る。


 観客全員が最後に幻視たものは、そのすべてを塗り替える青空。

 視界いっぱいに広がり、どこまでも続く新しい世界ゾーン――



   ◇


 ――歌える。

 ――歌える!!


 震えが嘘のように声が伸びる。

 緊張が霧散したかのように身体中が叫んでいる。


(なに……これ)


 意識せずとも歌詞が浮かび、そこに不安の欠片もない。

 最初から決まったパズルのピースを淀みなく埋めていくように、ピアノの旋律とつづりの歌声が結ばれ、曲を紡いでいく。

 つづりは今まで、こんなに気持ちよく歌えたことはない。

 気持ちよく歌った時は、あとで聞き直せば独りよがりになっている。

 うまく歌えている時は、何かがんじがらめになっているような拘束感がある。

 なのに今は、確実に上手く歌えている。

 つづりの思い込みなどではない。


「こりゃぁ……」

「一体……」

「嘘でしょ……?」


 観客たちが、あんぐりと口を開けてつづりの歌に聞き入っている。

 こんなの初めてだ。

 中洲で歌っている時、たとえ聞いてくれる人たちがいても、時間つぶしや「まぁ、上手いね」ぐらいの扱い――日常、コンビニやファミレスに入ったときになんとなく耳に入るBGMほどに気を止めていないのに。

 今は、観客たちがつづりの曲に注目している。


(ピアノだ)


 間違いない。すべての原因はこのピアノの音色だった。

 伴奏として主張しているわけではない。聞くものによってはつづりの歌声に霞んでしまっているように感じすらする。

 だが、つづりの力を最大限発揮させようと背中を押す音。

 影となって足元を支えるような旋律。

 つづりの歌に破綻があればピアノの音色が補い、つづりがもう少し声を出そうとすれば、引き上げるような力強さ。

 つづりの弾くピアノとは明らかにレベルが違う。

 いや、ピアノの奏者としても、並外れた技量だ。


(これが、私の『弱点』?)


 歌の技量とピアノの技量、双方が備わっていないとピアノマンは伝えたかったのだろうか。

 それとも――?


 疑問をよそに、歌は終わりに差し掛かる。

 自身を照らすスポットライトの中に、何故かつづりは広がる青空を――ピアノマンとネクタイと同じ色を――幻視た。

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