孤高の塔と"魔女"の呪い

みやび

第1話 出会い

 “魔女”と呼ばれるその怪物は、夜な夜な黒い鳥の姿で街や村の上空に現れて、好みの人間がいると”贈り物”と言う名の呪いをかけていくという。

 この呪いにかかる者はそう多くはないが、運悪く呪いにかかってしまった者は、人間がふとした時に抱く負の感情から生まれる邪気を、その身に集め続け、10年程経つと全身が蝕まれ、命を絶つ。

 初めは”魔女の使い”と言われるカラスや黒いアゲハチョウを呼び寄せるだけだが、次第に周りの人間にも呪いの影響が波及し始め、身の回りで小さな怪我や些細な事故が頻発するようになる。そこからどんどんエスカレートしていき、酷くなれば呪いを受けた人間が其処に居るだけで、周りの人間が死んでいくなんて事も理論上はあり得るが、大抵はその段階に達する前に、呪いを受けた本人の体が持たなくなって死んでしまう。

 勿論優秀な魔術師がいれば、呪いの進行を遅らせることは可能だが、完全に呪いを解いたという者は未だ現れない。



 城下町にある高い塔。

 それは戦乱の時代、この国を勝利に導いた聖なる場所だった。この塔が建ってから、何故だか全ての戦争に勝利するようになり、それが偶然なのか必然なのかは誰にも分からないが、いつしか塔は勝利の象徴、転じて魔や邪を払うものとして崇められるようになった。

 しかし特別塔が何かに使われることはなく、街の若い者の中には、塔に対する信仰を鬱陶しく思う者も少なからずいた。だが、丁度10年程前から、その塔のてっぺんの窓に、人らしき姿が認められるようになった。

 それで、街では幽霊だとか魔女だとか様々な憶測が飛び交ったが、今ではすっかり、あれは”魔女”の呪いを受けた哀れな少女だという話で落ち着いていた。

 だから大人達は幾ら気になっても塔の上を見ないようにしたし、塔の上の少女の話題もしないようにした。


 しかし僕ら子どもはそんなこと関係なかった。

 別に塔に近付いても怪我なんてしないこと、塔の上の少女を見ても事故なんて起こらないことを知っていたからだ。最初は少し怖かったけれど、勇気を出して塔に近付いて、少女の事を見てみても、何事もなかった。

 それに小さな塔の窓から時折覗かすその姿から、大層美しい子であることは遠くからでもよく分かった。

 仲の良い友達も口々に"結婚するならあの塔の上にいる女の子が良い"と言うのであった。

 勿論僕も、そう思う。あんな子と結婚出来たらどれだけいいだろう。

 けれど大人達は皆、あの子の話はしちゃ駄目だという。何でもあの子の話をすると、死んじゃうだとか、重い病気にかかるだとか、事故に遭うだとか、馬車に轢かれるだとか。

 だから僕らは、大人のいないところであの子の話をする。

 あの子に会いたくて、塔の扉を開けようとしたこともあった。

 だけれど、扉はしっかり鍵がかかっていて、僕らが中に入ることは出来なかった。



 そんなある日の夜だった。

 僕は何だか眠れなくて、窓辺に行ってあの塔を見上げていた。あの子も多分、眠っているのだろう。塔の上の窓からあの子の姿は見えなかった。

 それでもぼんやりその塔を眺めていると、塔の下の扉、僕らが前に開けようとしても鍵がかかっていて開けられなかった扉の前に、城の兵士の格好をした人が現れた。そしてその人は、なんと、その扉を開けて中に入っていった。

 気になって気になって仕方が無くなり、こっそり家を抜け出して、僕も塔の扉に手を掛けた。

 期待通り、扉の鍵は開いていた。早速中に入り、階段の影に隠れた。兵士の人が降りてきて、外へ出たのを見計らって、僕は塔の最上階まで登った。


 そこには今まで外から見ていたあの子が、こちらに背を向けて、藁敷きの上で横たわっていた。

 薄っぺらいブラウスと質素な黒いズボンに、靴は履いていない。随分と粗末な格好だった。太陽の位置が低くなってきているこの季節には、少し寒そうなくらいである。だけれど、その長い金髪だけは誇らしげに月明りを浴びて光っている。

 暫く影から様子をうかがっていると、不意にその子が話しかけて来た。

「用が済んだら早く出てってくれ」

 その声は、少年の声だった。話しかけられたのも勿論驚いたが、それ以上にこの子が男の子だったことに一番驚いた。

 僕は咄嗟に言葉を返そうとしたが、上手く喋れない。

 するとやっと彼は、こちらを振り向いて、そして、急に飛び起きて、後退りした。

「な、なんだよ、あんた誰だ?どうやって入って来た?」

 僕も相当戸惑って あたふた してると、

「ああ、分かった、お前みたいなガキが忍び込んで来るなんて、僕を馬鹿にしに来たんだろう、良いさ、好きなだけ笑えよ。どうせ年中こんな塔のてっぺんに引きこもって、暇を持て余しているだけの僕を嘲りに来たんだ」

 彼はそう言って、また背を向けて藁敷きに横たわった。しかし、何だかその背中は、酷く寂しそうに見えた。


「ね、ねぇ、君は一体、どうしてこんなところにいるの」

 僕はおどおどしながら聞いたが、返事は返って来なかった。

「大人達は皆君を避けているみたいだ。だけど……そんなの良くないよね。君だって僕達と同じ人間だ。避けるなんて……」

 すると、僕の言葉を遮るようにして、同じもんか、と呟く。

「いいか、同じだったら、誰がこんなところに閉じこもるかよ。僕だって、本当は――」

 語尾に向かっていくにつれて、声が小さくなっていくのが分かった。

 そして誤魔化すような咳払いをして、良いから出てってくれと言う。

「僕はパウロ。16歳さ。君は僕より少し上みたいだけれど、でも、歳は近いよね」

 彼は、年齢なんて覚えていない、誕生日なんて誰も祝っちゃくれないんだ、と言いかけて、はっとしたような様子で僕の名前を呟いた。

 僕の名前がどうかしたかと聞くと、少し置いて、いや、と否定する。

「それじゃぁ君の名前も教えてよ、相手が名乗ったらそっちも名乗るのが礼儀ってもんだろ?」

 彼は少し鬱陶しそうな顔をしながら、フレディ、と短く答えた。

 その名前を聞いて、何か聞き覚えがある気がしたが、その時はあまり気にしなかった。

「じゃぁフレディ、早速だけれど明日、一緒に遊びに行こう。僕の友達も呼ぶさ。皆ずっと君に会いたくて仕方ないってさ」

 僕はこの孤独な少年をどうにか外に連れ出したかった。皆が期待したような女の子じゃなかったけれど、でも男の子同士なら、きっと友達になれると思った。一緒にサッカーをしても良い。

 そんな僕の誘いに、フレディはぎょっとしたような様子で言う。

「お前何言ってるんだ?お前だってさっき言っていただろ、僕は大人達から避けられてんだよ。塔の外に出たら――ああ、間違いなく明日の太陽は拝めないだろうな」

「安心してよ、フードを貸してあげる。大人達がまだ起きていない朝早くに出発して、それから、城下町の外で遊べば、バレっこないだろ?」

「それだけじゃない。僕と一緒に居たら、お前達まで――」

 その後に何を言おうとしたかは分からない。だけれど僕はフレディの言葉を遮って、「じゃぁ、明日の朝早く、太陽の登った頃に、塔の下のベンチで待ってるよ。ちゃんとフードを持って来るから。遅刻したら、それこそ大人達に見つかっちゃうぞ」

 なんて言って、塔を後にした。

 僕もそろそろ家に戻らないと流石に怪しまれる。寝る前に どやされる のだけは勘弁だ。

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