第十七話 特殊技能持ち職員 2

さかきさん、榊さん」

「ん? なに?」


 その週末、八百万やおよろずハローワークの職員が集合したのは、繁華街にある全国チェーンの居酒屋さんだった。残念なことにあのイタリアンのお店は、結婚披露パーティーの予約が入っているらしく、貸し切りだったのだ。


「ちょっとお聞きしますが、課長の隣に座っている新人さんて、民間から来た中途採用さんですか?」


 上座に座っている課長。その横に、見たことのない男性職員が、ちんまりと座っている。


 我が八百万やおよろずハロワでは、歓迎会を行う時の新人の席は、課長の横と決まっていた。おしゃくをしろということではなく、課長がそれぞれを紹介する時に楽だからだ。もちろん、紹介が終わり飲み会が始まれば、全員が好きな場所に移動できる。


 とにかく、あの男性職員が今あの場所に座っているということは、彼は新人さんということだ。


「違うわよ。一宮いちみやさんと一緒に配属されてきた子よ」

「ええ?! そうでしたっけ?!」


 あんな人いたっけ?と頭をひねったが、まったく記憶にない。顔を見た記憶がないし、話した覚えもない。当然のことながら、名前も浮かばない。


「そうよ。あら、覚えてなかったの?」

「そうみたいです。ものすごくショック……」


 そんなに自分の記憶力は貧弱だっただろうかと、かなり落ち込んだ。


「ま、心配ないわよ。今から課長が、紹介してくれるから」

「そうなんですけどねー……」


 歓迎会の前に、あの人と顔を合わせる機会がなくて良かった。自分の反応を見たら、浜岡はまおかさんと同じように、ショックを受けただろうから。


「いやー、久し振りに全員がそろったねえ」


 全員がそれぞれの場所に落ち着いたところで、課長がニコニコしながらグラスを持った。


「みんな、今週もお疲れさま。特に出張組は、本当にお疲れさまだったね。しばらくは、うちから長期出張は出ないと思うから、安心してほしい」


 それを聞いた出張組の一団が、安堵あんどため息をもらす。


「ところで、歓迎会を始める前に一つ。みんな、今年度は新人さんが二人入ってきたけど、ちゃんと顔と名前、憶えてるかな?」


 課長の質問に、微妙な空気が流れた。


「あー、やっぱり。事務所に残っている一般職と、外に出がちな特殊技能職、毎度のことながら情報が断絶しているみたいだね」


 笑いながらグラスをテーブルに置く。


「じゃあ、あらためて僕から紹介するよ。今年度は二人の新人が入ってきました。一般職では、窓口業務についている一宮さん。そして特殊技能職では、神社仏閣関係の担当チームにいる脇島わきじま君。みんな、よろしくね」


 その場にいた全員が拍手をした。


「あ、二人とも心配しなくても良いよ。いまさらだし、なにか抱負を語ってくれとか言わないから。あ、それとも何か、語りたい?」


 課長の両隣に座っていた二人は、ブンブンと首を横にふる。その様子を見て、課長が笑った。そして再びグラスを手にする。


「だよねー。じゃあ遅ればせだけど、出張組の慰労会をかねた新人歓迎会をはじめます。かんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」


 課長がグラスをもって音頭をとり、全員がいっせいに声をあげた。乾杯が終われば、ほぼ無礼講ぶれいこう。座る場所を自由に移動する。課長の横には、鎌倉かまくらさんやさかきさん、そしてここに長くいる職員達が集まった。一宮さんは私の横にちんまりと座っている。


「皆の前でなにか話をさせられるのかって、ドキドキしちゃいました!」


 目の前にある枝豆とシシャモを取り皿に入れながら、一宮さんが言った。


「横に座るように言われたら、そう思って当然だよ。私もあの場所に座った時、すごく緊張したし」

「そのころから、今の課長さんだったんですか?」

「うん。ここは普通の部署と違って、あまり異動がないからね。もちろん希望すれば、別の部署にいけるけど」


 ここにやってきた一般職の職員の中には、このハロワの空気が合わなくて、早々に異動の希望を出す人間もいた。ここにやってくるのが、人間ではなく神様ということもあり、その手のことに敏感な人だと、長くは耐えられないのだ。


 ここに来て、まだ日が浅い一宮さん。彼女はどうだろう。


「心配しなくても大丈夫ですよ。私、この職場の雰囲気が大好きなので!」


 考えていることを察したのか、一宮さんが元気よく言った。


「それは良かった」

羽倉はくらさんはどうなんですか?」

「うん。私もこの職場のこと、すごく気に入ってる」

「ですよね! 私もなんです!」


 少なくとも自分達二人に関しては、異動の希望を出すことは当分なさそうだ。


「でもきっと、家族に話しても信じてもらえないですよね。神様の職業斡旋あっせんをしてるだなんて!」

「それは私も同じかな」


「やあ。羽倉さん、一宮さん、楽しんでるー?」


 浜岡さんが、私達と同じテーブルの席に座った。


「はい、ぼちぼちですがー」

「あ、そうだ! 私、浜岡さんに質問があります!」


 一宮さんが挙手きょしゅをする。

 

「んー? それって僕個人のこと?」

「っていうか、特殊技能職についてです!」


 一宮さんの言葉に、浜岡さんは少しガッカリした顔をしてみせた。


「えー、僕個人のことじゃないの?」

「浜岡さんの個人情報には、一ミリも興味ありません!」

「そこまでハッキリ否定されるとショックだなあ……」


 アハハと笑う。


「ま、僕にわかる範囲でなら、かまわないよ? それで聞きたいことって?」

「特殊技能職は、私のような一般職からも、資格試験を受けてなれるものなんですか?」


 浜尾さんは目を丸くした。そしてこっちの顔を見る。


「どういうこと?」

「一宮さんが言いたいのは、修行をしたら一般職の職員でも、特殊技能職になれるかって話だと思います」

「修行って。羽倉さん、映画の見すぎじゃ?」

「修行と思っているのは一宮さんですよ。ね?」

「はい! 修行したら資格試験を受けられますか?」


 浜岡さんは、しばらく一宮さんと顔を見つめていた。そしてため息をつく。


「まず言っておくと、そんな資格試験はないよ」

「え、ないんですか?!」

「うん。この技能は、修行してどうこうできるものじゃないんだよ」

「そうなんですかー」


 一宮さんはガッカリした様子だ。


「なんていうのかな……特殊技能職についている人間が持っている技能って、運転免許とか英検とかそういうのじゃなくて、生まれつきのものだからね」

「それってやっぱり、戦えたりするってヤツですか?」


 そう質問をすると、浜岡さんが笑う。


「だから羽倉さん、映画の見すぎだよ」

「え、そうなんですか? 私、てっきり御札おふだとか錫杖しゃくじょう使って戦うとばかり」

「相手は神様だよ? 人間ふぜいがかなうわけ、ないじゃないか」


 言われてみれはそうだ。へたをすれば天変地異てんぺんちいな神様達に、人間がかなうはずがない。


「ちょっとガッカリです」


 思わず本音がもれた。


 ここの八百万やおよろずハロワの特殊技能職を持つ職員の中には、すごくガタイの良い人が何人もいる。てっきりあの人達は、神様と格闘するんだろうなと勝手に思っていた。どうやら違うらしい。ガッカリ……じゃなくて、思い込みは禁物だ。


「いやまあ、あまりその手の話はしないから。そんなふうに誤解している人が、ほとんどだと思うよ」

「じゃあやっぱり、課長のお供でお寿司屋さんて無理ですねー」


 一宮さんがざんねーんとつぶやく。そのつぶやきに、浜岡さんがこっちに目を向けた。


「そういうことなのかい? 羽倉さん?」

「女子の胃袋はなかなか貪欲どんよくなんですよ」

「いやはや、まいった」


 まいりましたとばかりに両手を上げる。


「けど僕からしたら、課長だって立派な特殊技能持ちだと思うんだけどな」

「言いくるめの神、ですか?」

「それそれ。あの交渉術のテクニックはもはや特殊技能の領域だよ」

「なるほど! 目指すはそこですね!」


 一宮さんが元気を取り戻す。


「目指せ、課長の話術! あ、これって立派な修行では?」

「んー……そうなのかな?」


 浜岡さんは微妙な顔をした。


「一宮さん、絶対に私より出世しそう」

「え、そんなことないですよ!」

「いやいや、絶対に出世する」


 特殊技能についてはよくわからないままだったが、そこは間違いないと思う。

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