第十二話 商売の神様 4

「イチゴショートがおすすめなのか。じゃが、わしも自分でおみやを選びたいのう」

「ええ?!」


 パソコンの神様あらため、週末限定スマホの神様のこの言葉で、神様も一緒にケーキ選びをすることになった。出かける時、スマホは常に持ち歩いているから問題ない。問題なのは『自分で選びたい』ということだ。


「良いんですかねえ、そんなことして……」

「問題ないじゃろ」

「まあ、神様が問題ないって言うなら、問題ないんでしょうけどね……」


 というわけで今、私はあの商店街方面に向かう市バスに乗っている。神様は楽しみなのか、朝から浮かれまくりだ。目覚ましアラームは、いつのまにか設定時間より一時間も早くなっていた。内政干渉ならぬスマホ干渉だ。


―― あの、神様! 誰かに見られたら困りますから、絶対にスマホの中から出てこないでくださいね! ――

『ここはせまいのう』

―― そりゃ、パソコンじゃなくてスマホですから! ――


 移動中のバスの中で、神様をおとなしくさせておくことが大変だった。久しぶりの外の世界に出てきたせいか、さっきからスマホの中でボソボソとうるさい。


『外を見たいのう』

―― もうちょっとガマンしてください! ――

『しまったのう。不精をせずに、人の形になれば良かったのう』

―― だから言ったんですよ、最初に人の姿で行きますかって。なのに歩くのがめんどうだって言ったのは、神様ですからね! ――


 他のお客さんから見たら、私はスマホで、ひたすら誰かとやり取りをしていると、思われているだろう。だがしかし、私が返事をしているのは、スマホ本体にたいしてだ。スマホというか、スマホの中に宿っている神様というか。


―― でも、知りませんでしたよ。こんな風に、スマホの神様とお話ができるなんて ――

『そりゃ、お前さんはこのスマホを、目覚ましがわりでしか、使っておらんかったからのう』


 痛いところをつかれ、心の中で「グギギギ」となる。


―― とにかく、遠隔で留守番中のお爺ちゃんが、ケーキを選ぶって設定、忘れないでくださいね! ――

『バスをおりてから、人の形になってはいかんかのう』

―― いけません。誰かに見られたらどうするんですか! ――


 視察の時に神様責任者が出てくる時は、視察に出向いた職員にしか見えないから問題ないが、今回はケーキ屋さんでケーキを選ぶのだ。ケーキ屋さんに姿が見えるようにするということは、他の人達にも見えるということなのだ。バスをおりて人通りがある場所で、いきなりお爺さんが出現したら、大変なことになる。


『つまらんのう……』

―― また次の機会にでもどうぞ。次があるのは知りませんけど! ――


 それこそ、今はハロワでパソコンの神様としてお留守番をしている、本来のスマホの神様しだいだろう。


「おや、羽倉はくらさんじゃないか」


 いきなり声をかけられ、顔をあげると、課長が立っていた。


「あ、おはようございます、課長!」

「おはよう。もうこんにちはの時間に近いけどね。どうしたんだい? まさか商店街に?」

『おお、課長さんではないか。奇遇じゃのう』

「?」


 挙動不審きょどうふしんな私の態度に、課長が首をかしげた。


「えーとですね……これを見ていただますか」


 そう言いながらスマホの画面を課長に向ける。


『おはようさんなのじゃ。今日はおみやのケーキを、自分で選びに行くんじゃよ』

「……もしかして、いま話しているのって、アレのアレ様?」


 画面にどんどん出てくる文字に、課長が愉快そうな顔をした。


「はい、すみません。パソコンのアレ様とスマホのアレ様が、なぜか交替しちゃいまして……なぜか一緒に、ケーキを買いに行くことに」

「おやまあ。ああ、そうだ。うちの奥さんを紹介するよ。羽倉さんは会ったことがなかったよね? 奥さん、こちらはうちの職場の羽倉さん。あなたの後任として、窓口1番で働いてくれている人だよ」

「はじめまして。主人がいつもお世話になってます」


 課長に隣に立っている女性がにっこりとほほ笑む。


「あ、はい! 初めまして! あ、席、変わります!」


 課長、本当に奥さんと商店街に来たんだ!と慌てつつ、席を立とうとした。すると課長と奥さんは、笑いながら私を押しとどめる。


「僕達、そんなに年寄りじゃないから。いいから羽倉さん、そのまま座ってなさい」

「そうそう。立っていた方が運動になるし、増えてきた脂肪を燃焼させるためにも、そのほうが良いのよ」


 奥さんにお腹をつつかれて、課長は痛そうな顔をした。


「それで? 今、羽倉さんがスマホでお話しているのは……アレのアレ様なの?」


 奥さんが興味深そうな顔をする。


「……はい。私が窓口で使っている、アレのアレ様です」

「あらあら。これも時代かしらねえ。そういうこともできるんだ。びっくり」

『驚いたことに、今どきの若者のくせに、このスマホは目覚まし機能しか使われておらんのじゃ! それもびっくりじゃ!』

「いや、そこはバラさなくて良いですから……」


 画面に出てくる文字を手でおおう。


「相変わらず自由よね、か、じゃなくてアレ様。私が在職していた頃も、アレ様の気まぐれに振り回されている職員が、たくさんいたわよ?」

「そうなのかい?」


 課長が目を丸くした。


「ええ。あなたは気づいていなかったみたいだけど。それを考えれば羽倉さんは、うまく付き合えているようだし、感心しちゃうわ」

「それは、この、アレ様のおかげと言いますか……」

『そうじゃ。わしが寛大なのじゃ』

「自分で言いますか、それ?」


 思わずツッコミを入れると、課長と奥さんが笑った。


「ですが、お爺ちゃん? あまりワガママを言って、羽倉君を困らせないでくださいね? そこは頼みますよ?」

『わかっておるのじゃ』


 課長の言葉に返事が返ってくる。


「本当にわかってくれているんでしょうかねえ。今回のことだって、勝手に二人で決めちゃったんですよ?」

「大事なのは羽倉さんが決めたわけではなく、アレ様同士で決めたってことだよ。アレ様同士で決めたことは、上の権限もおよばないから」


 上というのは霞が関かすみがせきのことだ。つまり今回のようなことは、厚労省こうろうしょうとしても関知しません、処罰の対象外です、ということらしい。


「それがケーキ選びでもですか?」

「ケーキ選びでも。それに勤務時間以外でも交流があるってことは、それだけ、羽倉さんとお爺ちゃんの気が合うってことだしね。こちらとしても、そのおかげで事業所の成績が上がるってことだし、僕としてはとてもありがたいです」

「そのうち金一封ください」

『わしは東京のおみやがほしいのう』


 私達の返事に、課長と奥さんが笑った。


 商店街最寄りのバス停で降りると、私は二人のオジャマ虫になるつもりはないので、早々にあいさつだけして二人から離れた。


「さてー、すぐにケーキ屋さんに行かなきゃいけないんですか? 一宮いちみやさんお気に入りのさつま揚げが売っているお店とか、榊さん一押しのコーヒー豆のお店とか、いろいろありますよ?」

『その前に、ここの神様責任者の神に、挨拶をしておかねばならんじゃろ?』

「今日は、ハロワの仕事できたわけじゃ、ありませんけど?」


 神様の言い分に首をかしげる。


『じゃが、わしがここに来たことは、ちゃんと言っておかんとな。ここは彼等のナワバリじゃから』

「そんなこと言ったら、他の人が持ってるスマホの神様はどうなるんですか。前に来た時、挨拶なんてしてませんでしたよ? 私のスマホの神様も」

『それはお前さんが見えておらんかっただけじゃ。ほれ、挨拶につれていくのじゃ』


 そう言われて、あのオバチャン神様がいる肉屋さんへと向かう。


「神様の世界って、知れば知るほど面倒ですね……」

『なにが面倒じゃ。よその家に来たら挨拶をするのは、人間も神も同じじゃろ?』

「まあそうなんですけどね……」


 今までは、八百万やおよろずハロワと視察先でしか、神様達と顔を合わせることはなかった。しかし、私が深く考えていなかっただけで。日常生活の中でも間違いなく、神様達は存在し活動しているのだ。


「……あ」


 新たな考えが頭をよぎる。


『なんじゃ』

「もっともらしいこと言ってますけど、それ、絶対に揚げたてのコロッケが目的ですよね?」

『おお、バレたか。フォッフォッフォッ!!」

「やっぱり!」

『コロッケだけではないぞ? アメリカンドッグもじゃ。ここに来る前に、口コミサイトを調べたんじゃよ』


 間違いなく私の世界は広がった気はするが、パソコンの神様はあいかわらずの性格だった。しかも、私よりスマホを使いこなしている!

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