第十一話 商売の神様 3

「おはよう、羽倉はくらさん。ところで来て早々だけど、商店街のリサーチ、どうだった?」


 休み明け、出勤早々、課長に声をかけられた。


「あの神様の雰囲気そのままでした。お店の人達も元気いっぱいで、商店街全体で盛り上げようという空気がみなぎってました」


 とにかくすごかった。神様だけではなく、人間の皆さんも元気だった。そしてその元気は、商店街にやってくるお客さん達にも影響しているようで、商店街全体がすごく良い雰囲気に包まれていたように思う。


「なるほどー。その神様達の元気さは、店主さん達の心意気からきてるんだねえ」

「こういう場合、神様の性格が、その地域に影響するんじゃないんですか? えーとつまり、神様の御利益的な作用では?と、思うのですが」


 お店だけならともかく、商店街のような広い範囲でのあの空気感は、私も初めて感じるものだった。私達は神様達すごいと感心しきりだったが、課長の意見はどうやらその反対らしい。


「でも羽倉さん、あんな元気な神様、今までに会ったことあるかい?」

「ないです。あんな大阪のオバチャン的な神様、初めてでした」


 私の意見に課長が笑う。


「大阪のオバチャンか。まさにピッタリな表現だね」

「ちょっと失礼な言い方かも、しれませんけど」

「ま、神様の前では言わないほうが無難だね」


 うっかり口にしないよう、気をつけなければ。


「とにかく、神様は本来、あんなに喜怒哀楽きどあいらくが激しい存在じゃないんだ。考えてもごらん、神様が本気でたたることって、めったにないだろう? つまり、その反対もそうなんだよ」

「ああ、なるほど。そう言えばそうですね……」


 神様達の転職を助ける八百万やおよろずハロワでも、神様同士の相性で問題が起きることはあるが、ほとんどは鎌倉かまくらさんや、特殊技能持ちの職員で対処できることだ。


 ちなみに神様達の『本気でたたる』が起きた場合、こんな規模ではすまされない。全国の神社仏閣で一斉祈祷いっせいきとう大仏建立だいぶつこんりゅう元号改元げんごうかいげんなどなど。真面目な話、深刻な国家存亡の危機なのだ。今までそんな事態を見たこともないし、これからも見たくはないが。


「あの神様も、元は他の神様のように、物静かな神様だったってことですよね?」

「そうだね。きっと今の場所に来て、そこの人達の元気さに影響されて、少しずつ変わってきたんだと思うよ?」

「神様にまで影響を与えるエネルギーって、考えたらすごいですね。あ、ちなみに、あの神様がいるお店はお肉屋さんで、揚げたてのコロッケがおいしかったです」

「僕も学生の時、近くの肉屋さんのコロッケをよく買い食いしたなあ。そういうところは、今も昔も変わらないね」


 最初はそんなつもりはなかったのに、お店の前で買い食いをしている野球少年達の姿に、つられてしまったのだ。今では珍しいラードで揚げる昔ながらのコロッケで、とてもおいしかった。


「そこのご主人、雰囲気がなんとなく、あの神様に似てました」

「他人同士の夫婦でも、長く一緒にくらしていると似てくるそうだよ? それと同じだね。しかし話を聞いていると、なかなか楽しそうな商店街だね。僕も今度、休みの時に奥さんと行ってみようかな」

「ぜひ行ってみてください。色んなお店が入っていますし、きっとお気に入りが一つは見つかると思います」


 もしかしたら、こんなふうに口コミがひろがって、あの商店街に人を呼び込んでいるのかもしれない。自分としてもあの雰囲気はとても気に入ったので、これからも元気な商店街であってほしい。


「地元住民のやる気が神様に元気を与え、その神様の元気が商店街に活気を与えて人を呼ぶ。人間と神様との相乗効果そうじょうこうかが、本当に良い形でできあがっているね」

「新しい神様を紹介する場合、そのサイクルを壊さないように、慎重に紹介しなければいけませんね」

「そうだね。そういう意味では、神様が自分達でスカウトしたことは、理想的なのかもしれないな」


 あんなことは初めてだけどねと、課長が笑う。


 あの日、あの神様がいる洋菓子店ものぞいてみた。お店の人は数年前まで、大手ホテルのパティシエとして働いていたそうだ。神様は店内でニコニコしながら、ケーキを作るオーナーさんの様子をながめていた。あの様子からして、神様が満足しているのは間違いない。


「今回に限っては、新しい神様を紹介する時、神様責任者の神様に、事前面接をしてもらったほうが良いでしょうか? そんなこと、今まで一度もやったことはありませんけど」

「羽倉さんの手間が増えるだけだけど、今回はその方向で頼めるかな」

「わかりました」

「こういうケースは初めてだけど、うまくいけば、また全国会議で報告できる案件になるね」

「今度は報告書の枚数が増えそうです」


 報告書の作成の手間を考えると、素直に喜べないところはあるが、これも新しい居場所をさがす神様達の役に立つのだ。頑張らなければ。


「ちょっと大変だけど、がんばってね」

「はい!」


 ロッカーに荷物を置き、事務所に入る。そして自分の席についてパソコンの電源をいれた。


「おはようさんじゃの」


 いつものように、パソコンの神様がひょっこりと顔を出す。


「おはようございます。今週もよろしくお願いします」

「こちらこそ、今週もよろしくじゃ」


 神様はなにか期待しているようで、目がキラキラしていた。もちろん神様が期待しているのは、私が買ってきた「おみや」だ。


「週末のリサーチ先でのおみや、ちゃんと買ってきましたよ。残念ながら日曜日をはさむので、生のケーキは持ってこれませんでしたけど」


 私の言葉に、神様はまゆげを八の字にして残念がる。


「それは残念じゃのう、楽しみにしていたのに。どうじゃった? 食べたんじゃろ?」

「私はレアチーズケーキとイチゴのショートケーキを買ったんですけど、すごくおいしかったです。あの商店街がここに近かったら、毎日でも買いに行っちゃいますね」


 それは本心からの言葉だった。とにかくあのイチゴショートは絶品だった。


「ほうほう」

「で、持ってきたのはマドレーヌです。すごくおいしくて、今日の朝ごはんがわりにも食べてきました」

「良きかな良きかな。それはおやつの時間が楽しみじゃ」

「イチゴショート、神様にも食べてもらいたいですよ。本当においしかったから」

「行きたいのう。じゃが、さすがにパソコンを背負っては行けんじゃろ?」

「そうなんですよねえ、そこが悩ましいことろで」


「簡単に解決できるでしょ」


 いきなりツンツンとした、有閑ゆうかんマダムのような声がした。


「?!」

「なんじゃ、スマホの神」

「あーた、この子のスマホの神になれば良いじゃないの。そしたら一緒に行けるわよ」


 ちなみのこの神様、パソコンの神様いわく、私のスマホの神様らしい。らしいというのは、自宅では一度も見たことがなく、この事務所でしか姿を見せないからだ。


「わしがパソコンの神からスマホの神になってしまったら、このパソコンはどうなるのじゃ」

「あーた、パソコンと同じで頭カチカチなのねー。この週末だけ。あたくしと交替すれば良いでしょ? あたくし、土日ぐらいパソコンでもガマンできるわよ」

「じゃが、わしのスマホの神なんぞできるじゃろうか?」


 心配そうなパソコンの神様の様子に、スマホの神様は鼻で笑った。


「大丈夫よ。この子、目覚ましとメールぐらしいか使わないから」

「いや、さすがにもうちょっと使ってますけど……」


 スマホの神様の言葉に異議を申し立てる。


「バスの中でちょっと読むぐらいじゃないの。せっかく新しい機種になったのに、あたくし、すごくヒマでびっくりよ」

「もうしわけないです……」

「そういうわけだから、あーた、この神をつれてもう一度、ケーキ買いに行きなさい」

「……神様がそれで良いなら」

「いいのよ。あーたよりあたくし達のほうが、こっちのことは詳しいんだから。おとなしく言うこと聞きなさいな」

「……はい」


 そんなわけで、今週末の予定が決まってしまった。私がうなづくと、スマホの神様は気がすんだのか、ロッカーで昼寝してくるわと言って、姿を消した。


「お前さん、スマホを使いこなしておらんのか」


 そして今度はパソコンの神様にあきれた顔をされる。


「いやあ、家にもパソコンがありまして、あれこれ見るとなると、画面が大きなほうが楽でして……」

「スマホの神が気の毒じゃのう」

「すみません……」

「ここで神様に気をつかうのもよいことじゃが、自分の神様も大切にしないとダメじゃぞ」

「……はい」


 とは言え、自宅では神様の姿が見えないので、なかなか難しい。


―― 家にある物を順番に事務所に持ってきたら、どうなるんだろ…… ――


 神様達の不満爆発だったら怖いな……と思わなくもなかった。

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