葬式ビンゴ

@metyakataru

第1話

 ジョエルが待ち合わせの場所に到着すると、ベンチに座っていたアランが立ち上がって話しかけてくる。「俺最近気づいたんだけどさ、俺の両足って微妙に長さが違うんだよね。本当に微妙なんだけど、でも同じってわけじゃないんだよ。絶対にこれはもう同じってわけじゃないの。具体的に言うとさ、きっと1センチは違うと思うな。ちゃんと測ったことはないけど、でも1センチほどは違っていると思うんだよ。どうしてこんなことを思うかといってそれにはちゃんと理由がある。彼女に言われたんだよ。ベッドの上で二人で寝転がっているときに、彼女のレベッカ・スコットに言われたってわけなのさ。『あなたって本当に長い足をしているけれども、でももしかして長さが微妙に違うんじゃない? ほら見て御覧なさいよ。やっぱり少し長さが違うみたいよ。あなたの体ってどこか歪んでるんじゃない?』ってね」

 ジョエルはアランの話を黙って聞きながら思った。「こいつ久しぶりに再会したと思ったらいきなり何の話だ? こいついきなり俺に何の話をしてきやがった? 俺の耳が正しければ、いまこいつは俺と再会したとたんに『なあ俺の両足の長さって実はちょっと違うんだぜ』みたいなことを言ってきやがった? もしかしてこいつそんなことを俺に言ってきやがったのかよ。どうかしちまったのか、どうかしちまったのかアラン! お前はまさかそんな奴だとは思わなかったけどな。そんな自分の話をいきなり再会した友達に言い放ってくるような奴だとは思っていなかったけれどもな! もっと控えめで大人しい奴かと思っていたよ。もっと遠慮するのが大好きで、友達の家に遊びに行ってそこで出されたお菓子にも全然手を付けないような、みんなで居酒屋に行っても、最後に残ったからあげの争奪戦に巻き込まれるのが嫌だから、そもそも俺は初めから手を付けない、などというデタラメな選択をする男かと思っていたのに、今日は一体どういう具合なんだ? いきなりお前が自分の話を、それもどうでもいいとしか思えないような、『俺って左右で足の長さが違うんだよね』みたいな話をしてくるなんてな。誰かが裏でお前のことを操っているのか? お前いま何らかのミッションをこなしている最中なんじゃないだろうな。こなしているってわけじゃないだろうな! もしそうだというのなら素直に言ってくれ。早めに素直に言ってくれ。俺正直に言うけど、あとから事実を知らされる系のドッキリとか大嫌いなんだよ。俺ああいう手の込んだドッキリとか、すぐにそのドッキリをしかけられている側の人に感情移入しちゃって一緒に心が痛くなっちゃうタイプの人間なんだ。それで何の話だったっけ」

 ジョエルはアランに言った。「へー、お前彼女出来たのかよ」

 アランが答える。「いかにも。いかにもジョエル。申し訳ないが、本当に彼女のいない君には申し訳ないのだが、俺には彼女が出来たよ。それもめちゃくちゃかわいくて背も小さくて、普通に仕事とか料理とかもめちゃくちゃできる、超万能な彼女ができちまったよ。その名もレベッカ。レベッカ・スコットという名の女の子さ」

「お前の体は歪み切っているんだ!」ジョエルはアランに対して言った。「アランよ、アラン、よく聞け。俺も前から思っていた。俺も実はだな、前からお前の体は気持ち悪いなと思っていたよ。お前の体は、もう本当にどうしようもないくらいに歪みきっている! 友達としてお前の横を歩くのも気持ち悪いなと思うくらいに、お前の体は完璧に歪み切っているんだ。そのままいつかねじれてちぎれ飛んでしまうんじゃないかとは何度もお前の体を見るたびに俺が思ってきたことだよ。この俺がお前の体の歪みを見るたびに思い描いてきたグロテスク極まりない絵はもう何枚も俺の頭の中で出来上がってしまっているんだ。いいか冷静になるんだアラン。お前はもっと自分の体をよく見てみるべきだ。もっとしっかりとよく見てみるべきなんだよ。さあ両足の長さがちょっと違うくらいですんでいるか? お前の体の歪みは、そんな些細な違いで言い表せられるものだとでもいうのかよ」

 するとアランは言う。「お前こそ冷静になれよジョエル」そして彼は続けて「俺の体が歪み切っているだって? もう一度言おう、俺の体が歪み切っているだってジョエル? いったいどこをどう見たらそんなことが言えるというのかね。まったくそんなことって言えやしないんだよ。俺の体は別に歪み切ってなどいない。歪み切ってなどいないといえるだろうね。そりゃ多少は歪んでいるかもしれない。だって彼女にも指摘されたんだ。それに人間だから生きていれば多少の歪みも出てくる。だから俺には確かに歪んでいるところがあるかもしれない。でもまさかそれでも『歪み切っている』だなんてそんなことは言えないのさ。だいたい人の体が歪み切っている状態ってどういうことなんだ。どういう状態を指し示してそんな言葉をお前は使っているというのかな。まさかお前は本当に俺の体がよじれて今にもちぎれかかっているとでもいうのか。どうせ適当なことを言っているんだろう。俺に彼女の出来たってことが信じられなくて悔しいから、だからお前は今そんな適当なことを俺に言ってくるんだ。俺に何とか一矢報いてやろうとして虚勢を張っている。かわいそうな奴め、ジョエル! かわいそうな男ジョエル!」

 ジョエルはアランに言われて再び黙り込む。「こいつは自分に彼女のできたことがそんなに偉いことだと思っているんだな。そんなに厳かで立派で、他人からは常にうらやましいと思われていることだと思っているんだ。まったくどっちがかわいそうな奴なのか。どちらがかわいそうな奴だというのかなアラン。そんな彼女の出来ることくらい普通じゃないか。そんなこと全然珍しいことでもなんでもないよアラン。ただお前みたいな男にも彼女が出来たってのは驚きだな。それは確かに驚くべきことだろうよ。だってお前といえばいつも気持ちが悪くて言動も不確かで安定性がなくて、常に周囲の人間たちを困らせていて、おまけに体が歪みまくっていて、足どころか手の長さや左右の肩の位置なども自分で気づいていないだけかもしれないが全然違うんだからな。これはもう本当に全然違うんだからなアラン。だからよくもそんなお前に彼女が出来たもんだよ。それでええと何だったかな、お前の彼女は。レベッカ・スコットだったかな? どうせブサイクな彼女なんだろうよ! 見るも無残な、もはやゾンビと同等の見た目をしているような、そして性格だって人として腐りきっている最低の女なんだろうな! お前にはお似合いさ。体が歪みすぎて今にもちぎれかかっているお前にはピッタリの女だよ。せいぜい今のうちに自慢話でも何でもするがいいさ!」

 アランがポケットからスマホを取り出し、ある一枚の写真をジョエルに見せてくる。そこにはアランの彼女、レベッカ・スコットの姿が映っていた。

 ジョエルはそれを見て思う。「むちゃくちゃかわいいじゃないか」そして彼は続けて「やばい。これはどんなハリウッド女優よりも美しい。この女はどんなハリウッド女優たちよりも美しく、そしてかわいく可憐ではないか。レベッカ・スコット、彼女は輝きすぎている。そう、俺にはどうしても今彼女が人間として逆に輝きすぎているように見えてしまうよ。これは一体どういうことなんだ? 今俺の目の前でどういう事態が繰り広げられようとしているのかな? まさかアランにこんなにも美しい彼女が出来るだなんてな。こんなにも正真正銘の美人がアランの彼女だなんて夢にも思わなかった。どうしよう。俺は一体どうすればいいのかな?」彼は頭の中で続ける。「なるほどそういうことか。わかったぞ。きっとアランは何か反則技を使ったんだ。その反則技で彼はこの美女と付き合うことに成功したんだ。だがしかし、それでこの男は一体どんな手を使ったというのだろう。彼女をものにするためにこの世で何をしでかしたというのだろう。もしかして彼女に何か犯罪みたいなことをやりやがったんじゃないだろうな。犯罪ではないにしろ、でもどちらかというと犯罪に分類されてしまうようなことをこの男は彼女に対してしでかしたんじゃないだろうな。それにしてもこんな美女とベッドを共にできるなんてこの男はなんて運のいい男なんだ。きっと彼女をものにするために、こいつは何か人に言えないようなことをこっそりとしたに違いないんだぞ。お金もたくさん使ったことだろう。もしかしたらどこかの消費者金融で借金とかもしたかもしれない」

 ジョエルは言った。「お前一体何をしたっていうんだ?」

「どういうことだ?」アランが聞き返してくる。 

「とぼけるんじゃない」ジョエルは続けて「確かにお前の彼女はかわいいよ。お前の彼女、レベッカ・スコットはかわいいどころかとんでもなく美人でお前にスタイルも最高だよ。まったく最高だといえるだろうね。だから俺は不思議なんだよ。どうしてなんだろうと思うね。どうしてお前みたいな奴が、こんなきれいな彼女と付き合うことができたのかなって。俺は悲しい奴さ。俺はみじめでしみったれていて、決していい人間なんかじゃない。だからこんなことを思ってしまうのだけれども、お前何か彼女の秘密を握っているんだろう。彼女の弱みを握っているから、だからお前は今彼女と付き合うことができているんだろう。そうじゃなきゃおかしいんだ。そうじゃなきゃ、世の中のみんなの納得することはあっても、俺は納得できない。絶対に何かお前は彼女に対してよくない行いをしているんだ。人として非難されるようなことをしているに違いないんだよ。さあ白状するんだアラン。お前は犯罪者だ。一人の美しい女性をだまして脅して付き合っている、本当の最低野郎なんだろ?」

 アランは言う。「友達のことをいきなりそこまで最低呼ばわりするなんてお前こそひどい奴だ」彼は続けて「ジョエルよ、なあジョエルよ。レベッカとはただ職場が一緒だっただけなんだ。彼女とは職場でたまたま一緒になって、それでいろいろと二人で話しているうちに親しくなって、ある日、俺が勇気を出して彼女をデートに誘ったら、彼女もオッケーしてくれたんだよ。あのときはうれしかったな。で、何度かデートを重ねたあと、俺たちはごく自然に付き合うようになったわけなのさ。だから俺は別に彼女のことをだましてなんかいないよ。俺は彼女に何も嘘なんてついていないんだ。俺は、ただ純粋に彼女のことをかわいいと思っているしきれいだと思っている。それに純粋に好きなんだ。俺は彼女のことが好きなんだ。俺たちは普通に付き合っているだけだよ。俺は彼女とただデートをしたり一緒の部屋で過ごしたりして暮らしているだけなのさ。彼女って絵を描くのも上手なんだぜ」

「お前みたいなものはやはり体が歪み切ってそのままちぎれ飛んでしまえ」ジョエルはアランの話を聞きながら思う。「まったくお前は人の気にさわる野郎だ。なんてむかつく奴なんだ。いつからお前はそんな嘘の話ばかりをするような奴になっちまったんだ。現実味のない話ばかりをする奴になってしまったというのかな。ところで俺がお前にとって最低の友達だって? 俺みたいな奴はただの最低野郎だって? ふん、俺から言わせればお前の方が最低野郎なんだよ。アラン、まったく俺はお前に対してこんなことは言いたくないのだがな、本当に言いたくないのだが、嘘はやめろ。あとは何でもいいから、とにかく俺に嘘をつくのだけはやめろ。どんなに最低な友達だって俺には友達なんだよ。俺にはそういう奴も友達には違いないんだ。だがな、嘘をつく奴、もう本当にこいつだけはダメだぜ。話にならないんだぜ。だって信用できないからな。何が嘘で何が本当かわからないんだから、そいつの話なんか信用できるわけがないだろう。どうせその写真も誰かの彼女のものなんだろう。お前の彼女の写真じゃなくて、ほかの誰かの彼女を自分の彼女として俺に自慢するために借りてきたものなんだろう。わかってるんだぜ。だいたいお前のことなんて俺は何でもお見通しなんだ。俺は小さいころ、お前の家に何度も遊びに行ったことがある。だからもう本当に白状するんだ。お前がどんな過ちを犯して彼女を洗脳しているのか、すっかりと告白しちまうんだ。そしてお前は自分が嘘つきのなまけものでどうしようもない奴だとさっさと認めてしまえ。今だったらまだこの美しすぎる彼女の嘘も許してやらないでもないぜ。だって俺はお前と違って、心の広いタフな人間だからな。映画の主演とかにもピッタリな、人として出来るタイプのいい男だからな」

「絵を描くのが上手いってどの程度?」ジョエルが質問する。

 アランが答える。「彼女、漫画とかすごくたくさん知ってるんだよ。俺の知ってる漫画はもちろんのこと、俺の知らない漫画にもものすごく詳しいんだ。初めて彼女の部屋に遊びに行ったときのことだよ。彼女の部屋にはたくさんの本があったね。そしてたくさんの本があったってことは、つまりそこにはたくさんの本棚もあったってことだよ。だから俺は、あの部屋の圧迫感にはびっくりしてしまったね。それで彼女とその本棚にあった本の話になったんだ。そこにあったのはほとんど漫画ばかりだった。ほんの少しだけハードカバーの本やら、何やら小説らしい文庫本なんかもあったみたいだけどね、でもやっぱりほとんどは漫画ばかりだったよ。それで俺は彼女にたずねたんだ。『君って漫画が好きなんだね』そしたら彼女はこう答えたんだよ。『そうよ、私は漫画が大好きなの。読むのも好きだし、それに描くのも好きなのよ』話の続きで、俺は彼女に彼女のパソコンのフォルダを見せてもらうことになった。そこには彼女の描いたであろうたくさんの絵たちがあったよ。どれも何かしらの漫画のキャラクターなんだよね。それもすっごく上手でさ。俺の知っている漫画のキャラクターもあったかと思ったら、全然知らないキャラクターたちもいた。俺が『これも何かの漫画のキャラクターかい?』ってたずねたら、彼女は『いいえ、これは私がオリジナルで描いたキャラクターよ』そうさ、つまり彼女はもうほとんど漫画家なんだよ。プロではないけれども、ほとんどプロ同様の漫画家といっていいだろうね。でも先週くらいかな? そのパソコンに保存しておいた、彼女が今までずっと小学生くらいから書き溜めていた作品の数々のデータ、彼女はそれらを自分の手で全部消しちゃったらしいよ。それに持っていた本も本棚も全部捨てたんだってさ」

「どうして?」ジョエルが言う。

 アランが答える。「何かわかんないけど、今は彼女、漫画よりも絵を描くことよりも、何よりも俺のことが好きなんだってさ。それじゃあこうして俺たち無事に出会えたことだし、ジェームズの告別式に行こうか」


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