第9話
翌朝、目を覚ました清吾は頭痛がないことを幸運に思いながら、階下からの良い匂いに釣られて一階に下りた。明け方まで呑んだ時はよく頭がズキズキ痛むことがあるのだがなんだか今日は調子が良いようだ。
ダイニングルームに清吾が現れると料理をしていたひかりが振り向いた。翔太は椅子に座って牛乳の入ったグラスを両手で持って飲んでいた。
「おはようございます」
笑顔のひかりに迎えられた清吾は、朝一番のこの温かな雰囲気に全く慣れないので少し照れ臭く感じた。
挨拶を返そうとした清吾に、今度は翔太が「あーよう」と、笑顔の挨拶をくれた。
慌てて清吾は二人に元気良く挨拶すると、ひかりがフレンチトーストとハムエッグを用意いてくれた。
清吾はひかりがさっそく家政婦の仕事を始めてくれたのか、と感心し、そしてフレンチトーストなんて何年ぶりだろうと感激した。清吾は朝一番から嬉しくなってテンションが上がった。
「頂きます!! 」
孤独な清吾にとって、ひかりと翔太がいて三人で朝食を摂る事が有り難かった。そしてこの穏やかな雰囲気を過ごせる事が、嬉しかった。
清吾がこの家で、人と朝食を摂るのは祖母が亡くなってから実に二年ぶりである。
もし一人なら、今もまだ落ち込んでいただろうし、明日も落ち込んでいただろう……そして明後日も、その次の日もずっとずっと落ち込んでいたかもしれない。
フレンチトーストは美味しかった。人に作って貰うってところが、美味しさをより一層惹き立たせるのだろう、そう感じながら清吾はひかりに礼を言った。
朝食を摂った後、清吾たちは三人で繁華街に出かけた。二人の必要な物とひかりには携帯電話を買い与えることが最優先事項である。
清吾は電気屋で、ひかりには最新モデルの携帯を買った。清吾に今更金を出し惜しむ考えなど全く無い。彼はこれから本気で積極的にお金を使っていくつもりなのだから。携帯使用料金の引き落としも勿論清吾持ちである。
その後ショッピングモールに到着すると「では、当座の服や必要な物を揃えて下さいね」と言った。
ひかりは「何から何まで有難うございます」といった後「あの頂いた支度金ですが……給料から引いてください。そんなに良くしてもらっては、私はどうしていいのか困ってしまいます」と恐縮しっぱなしで、居心地の悪そうにしている。
彼女はまだ何か言いたげにしていたが、清吾は「イヤイヤ、それは必要経費扱いですので遠慮しないで下さい」と言いながら、、片手を挙げてひかりがまだ何か言いかけているのを制止した。
それから清吾は翔太に手を振って二人と別れた。
彼はひかりたちの買い物が済むまでフードコートで待つことにした。
彼女とはまだそこまで仲良くもなっていないので、清吾に気を遣って落ち着いて買い物が出来ないだろうと考えたからである。
本当はひかりたちと一緒に回って荷物くらい持っても良かったのだが……。
フードコートに着くと彼は、コーヒーを買い、白色の丸テーブルが沢山置かれている場所を素通りして壁と一体型のソファのイスに腰掛けた。
それから清吾はテーブルにうつ伏せて目を瞑って、これからの事を考えていた。
ひかり達が、どうすれば快適に過ごせるかと……。
幼稚園ていつ頃から通うのだろうと、ふと頭に思い浮かんだ。
ひょっとして翔太はもうそれぐらいの歳なんじゃないだろうか? 清吾はその事について、ひかりに訊いてみる必要があると思った。
彼は今、色々と考えていた事を忘れないように携帯にメモを打ち込み始めた。
「一色くん? 」と、聞き覚えのある声がした。
清吾が顔を上げると、目の前に元恋人の優子が立っていた。
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