ドラゴンとアーサー

読天文之

第1話世界大会への白羽の矢

『ねえ、君は将来何になりたいの?』

小五の頃のある日の放課後、あいつは俺に話しかけた。

あいつは本当に変わった奴だ、まず日本人ではないことはもちろん、多くの生徒・先生から恐れられ蔑まれているこの俺に、まるで友達のように声をかけてくる。

友達なんて俺にはできない。いや、不要なもののはずなのに・・・。

「将来なんて、特に決めていない。」

『ええ!?そんなのもったいないよ、夢があれば頑張れるのに。』

そもそも未来なんてどうなるかわからない、夢なんてあろうがなかろうが関係ない。

「じゃあ、お前の夢はなんだ?」

『僕は科学者、そしてハーバード大学で研究することなんだ。』

俺はふーんと頷くだけ。

『じゃあさ、約束しよう。お互いの夢が叶ったら、その結果を手紙に書いて、送るって。僕も科学者になったら手紙書くから。』

俺は何も言わなかった、あいつの提案を黙殺した。

でもあいつは約束を守ると信じて、俺に向かって笑った。

それからあいつはしばらく、放課後に俺のところに来ては一緒にいた。

俺としては夏の蚊のようにうっとおしく、煩わしい存在だった。

そして俺と一緒にいた代償をあいつは思い知った、仲良くしていたあいつのクラスメイトは全員、「ドラゴンの仲間」と手のひらを返してあいつをいじめたおした。

そしてあいつは日本でできたガールフレンドにはめられ、不登校児に変わり果てた。

それからあいつはホームステイしている家で引きこもり、厄介払いされるように強制帰国されたそうだ・・・。










「竜也、ちょっと来てくれないか?」

トレーニング中にコーチの下田しもだに呼ばれた俺・城ヶ崎竜也じょうがざきりゅうやは、下田のところに向かった。

「どうしたんですか?」

「全国格闘技協会の人が来ている、会って話を聞いてくれないか?」

「わかりました。」

俺は下田の後についていった、下田が応接室のドアを開けて、スーツ姿の男に俺のことを紹介した。

「君の活躍は聞いている、私は一条晴也いちじょうはるやだ。」

「城ヶ崎です。」

俺は下田の右隣りになるようにソファーに座った、一条は単刀直入に言った。

「城ヶ崎さんは、全世界格闘技フロンティアの日本代表候補に推薦されました。」

「ええ!?本当ですか!!」

俺はただ大会があると教えられたふうにしか受け取らず、派手に驚いたのは左隣にいる下田だった。

「全世界格闘技フロンティア、それが俺の出るべき大会ですね。」

「そうだ、君の勢いは日本中の格闘ファンを熱狂させている。その強さは人並み外れた、まさにドラゴンだ。」

俺がドラゴンというのは、ある意味事実だ。

俺の中にはドラゴンがいる。

幼い頃、両親により山奥に捨てられた俺は、ドラゴンを宿したことで二年間生き延びた後、生還した。

しかし俺は戸籍登録されていなかったことが発覚し、俺は竜也という名前を自分自身につけたのだ。

「それで、試合の日はいつだ?」

「え、出場されるのですか?」

「当然だ、そもそも推薦されたと言ったのはお前じゃないか。」

「そうでしたね、それでは本部に出場の連絡をいれます。一週間後に東京で記者会見があるので、その前日に迎えに来ます。準備していてください。」

「わかりました。」

そして一条は下田と十分ほど会話した後、ジムを後にした。

「それにしてもお前が全世界格闘技フロンティアに出場するとは・・・、お前の才能は神がかりだ。」

「そんなたいそれたもんじゃねえよ。」

『謙遜することはない、お前が磨き上げた力が栄光と認められたことじゃないか。』

ドラゴンが俺に言った。

「そのようだが、俺はまだ自分が強いかどうか解らず、自覚できない。」

『まあ、それでも良い。それがお前の強さの基になっているのなら。』

ドラゴンの声が止んだ。

とにかく全世界格闘技フロンティアに出場するだけ、今の俺の頭はそれだけだった。









翌日、俺が住んでいるアパートに電話がかかってきた。

「もしもし?」

「竜也か、下田から聞いたぞ。世界格闘技フロンティアに出場することになったそうだな。いやあ、お前がまさか世界大会に出るなんて驚きだよ。」

親父・城ヶ崎永久じょうがざきとわの興奮した声が聞こえた。誰が教えたかは検討がついている。

「もう知っていたか、下田のやつめ・・・。」

「それで明日、文殊と愛の家で竜也の出場を祝うパーティーを開くんだ。主役はお前だ、必ず来いよ。」

「わかった、じゃあまた・・・。」

明日はジムが休みなので、パーティーには参加できる。

文殊と愛の家は、俺のおふくろ・城ヶ崎桃枝じょうがざきももえが運営している児童養護施設。俺もそこで少年時代を過ごした。

文殊と愛の家では俺は有名人、施設に入居した子どもたちは俺のことを大抵慕っている。

まあ、俺には正直どうでもいいことだが・・・。

俺は朝食を食べ終えると、荷物を持って下田のジムへと向かった。

ジムに到着すると、着替えて自主練を始める。

「お!竜也、気合十分だな。」

三十分程して下田と他のメンバーがそろった、俺は下田のところにやってきた。

「えー、昨日竜也が世界格闘技フロンティアに出場することが決定した。そのため、竜也には特別な特訓をする。それにより、竜也はみんなと練習時間が変わるのでよろしく頼む。」

下田の話が終わり、俺は自主練を再開した。

とにかく早くパンチを打ち込む、無駄のないように腕を伸ばす。

パンチ力に必要なのは筋肉ではない、瞬発力だ。

俺は誰よりも早く拳を出すことを意識して、サンドバッグを殴った。

そうこうしているうちに昼食の時間になり、食事休憩を済ませて自主練を再開する。

「真面目に練習するのはいいが、無理するなよ。世界大会があるからな」

下田の言葉は、パンチの音にかき消された。

そしてみんなが帰った後も、俺は打ち込みに励んだ。

もう汗はダラダラと皮膚の上を流れている、砂漠に遭難した人のようだ。

午後七時をまわると下田が言った。

「今日はここまで、ゆっくり休んでくれ。」

俺は下田に挨拶をすると更衣室で着替えて、ジムの入り口にある自動販売機でスポーツドリンクを買って帰宅した。








翌日、午前九時ごろに文殊と愛の家にやってきた俺を子どもたちが出迎えてくれた。

「竜也さん、大会出場おめでとうございます!!」

合唱のように声を合わせた子どもたちが、一斉に拍手をした。

一応手を振り笑いながら歩くと、大林撫子おおばやしなでこがいた。

「竜也さん、本当に凄いよ。全世界格闘技フロンティアに出場するなんて。あの大会に出場するは、オリンピックの代表になるのと同じくらい大変なんだよ。」

「そうか、俺はそんなに名誉のある大会に出るのか。」

「だから負けないで、優勝目指して頑張って!!」

撫子は笑顔で俺に言った。

「やあ、竜也君。全世界格闘技フロンティア出場、おめでとう。」

俺はこの鷹揚な声を聞いて、嫌な気分になった。

目の前に現れたのは、大島愛知おおしまあいち名古屋老若連合なごやろうにゃくれんごうという秘密結社のボス。

俺を勧誘しようと、しつこく言い寄ってくるのだ。

「なんだ、あんたか・・・。」

「あんたは失礼だよ、大島さんがわざわざパーティーに来てくれたというのに。」

「いいよ、撫子さん。それにしても君は本当に強い、でもその強さをもっと広く役に立たせることができるはずだ。」

「ふぅ・・・、あんたの言う事はわかった。でも今は大会に集中させてくれ。」

「わかった、君のことは名古屋老若連合が総力を挙げて応援するよ。でも、大会が終わったら必ず君を、名古屋老若連合に加入させるからね。」

そう言い残して大島は去った、俺は奴の下につくのはごめんだ。

「竜也、出場おめでとう。しばらくみんなと会えなくなるから、話していきな。」

桃枝が俺に言った、まあみんなに話すことなんて特に考えていないが。

「ああ、そうするよ。今日はありがとう」

そして俺は、大会の前祝いを楽しんだ。






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