わがままはお好き?

しましまにゃんこ

第1話 私、あなたと結婚します

◇◇◇


「オーベルト=マシュー様。わたくし、あなたと結婚します」


 アルボルト公爵家で開かれたお茶会の席。公爵令嬢の放った突然の言葉に、その場の空気が凍りついた。


「……はい?」


 いきなり名指しされたオーベルトは思わず手にしたティーカップを落としそうになった。慌てて持ち直したが落とさなかったことにほっと胸を撫で下ろす。手の火傷などどうでもいいが、このティーカップひとつの値段でオーベルトの着ている一張羅の金額を優に越えてしまうだろう。貧乏伯爵家の三男であり、しがない騎士であるオーベルトにとってはそのほうがよほど恐ろしかった。


「聞こえなかったのかしら。わたくし、あなたと結婚したいの」


 優雅に紅茶を飲みながらチラッとこちらを見つめるのは今年16歳になったばかりのアルボルト公爵令嬢ミランダ。燃えるような真っ赤な赤毛に意志の強そうなエメラルドの瞳を持つ通称『アルボルト家のわがまま姫』だ。


 あらゆる分野に深い造詣を持ち、オリビア王国始まって以来の天才と言われるミランダは、国内外から優秀な人材が集まる学園においても才媛の名を欲しいままにしている。しかし、大人しく控え目な女性が好まれるオリビア王国の貴族社会において、物怖じせず自分の意見をはっきり言うミランダは気の強いわがまま娘と陰口を叩かれることも多い。


 とはいえ、父親であるアルボルト公爵は娘を掌中の玉のように溺愛しているし、伯父である国王陛下からも実の娘のように可愛がられている。聞くところによると、あまり優秀とは言えない息子たちよりもよほど頼りにされているとか。とてもではないが、貧乏伯爵家の三男坊である自分と釣り合う相手ではない。


 今日は先日社交界デビューを果たしたミランダのためのお茶会。というのは建て前で、実際には公爵がこれはと思う貴公子を集めたていのいいお見合いパーティーだ。ミランダは一人娘のため、将来はミランダの夫が婿入りしてこの公爵家を継ぐことになる。


 確かにオーベルトも年頃の貴公子の一人である。しかもミランダとは幼年学校からの幼なじみでもある。しかし、周囲の驚きの視線がオーベルトの今の立場を如実に物語っていた。そもそもこのお見合いパーティーは完全なデキレースのはずだったのだから。

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