問三の答え☆ (八方を美人に囲まれる・モテキ編)

 一つ年下のあおいちゃん、実はずっと気になっていたんだよな。

 こんな風に言ってくるところを見ると、脈ありって考えていいだろう。


 僕は意を決して、彼女をデートに誘ってみようと口を開きかけた。



 その時、先ほど話題の新人桃子ももこちゃんが給湯室に飛び込んで来た。


「あ、関川さん、探したんですよ~仕事で分からないところ聞きたかったから」


 柔らかなアッシュブラウンの髪をふわりと揺らしながら、僕の腕を掴みそうな勢いで近づいてくる。

 遮る様に、蒼ちゃんが僕と桃子ちゃんの間に滑り込んだ。


「今、関川さんは休憩中なの。少しは気をつかいなさい」

「なら、私もお茶にします」


 桃子ちゃんはケロリとした顔で紅茶の用意を始めた。

 蒼ちゃんはイライラしたような顔になる。


 ピリピリし始めたこの場の空気をどうにかしないと!


 僕が必死になって考えているところへ、同期の黄美子きみこちゃんが怒りながら入って来た。


「もうあったまきた! あの鬼上司!」

 ガチャガチャと派手に音を立てながらコーヒーの準備を始めたのだが、ふと僕の存在に気づくと、嬉しそうに言ってきた。

「丁度いいところに! 関川君、今日は飲みに付き合ってもらうわよ」


 え? なんで僕が? と声を上げようとして蒼ちゃんの声に阻まれる。

「関川さんは、今日は私とデートのお約束をしているんです!」


 え? そんな約束してないし!

 いや、誘おうと思ったのは紛れもない事実だけれどさ。

 まだ誘ってないよね?


「え~、関川さんへお礼をしたいから、お食事に誘おうと思ってたのに~」

 今度は桃子ちゃんが口をとがらせた。


 黄美子ちゃんは二人の勢いに驚いたような目をしたが、不満そうに呟いた。

「えーでも、同期で愚痴言っても聞いてくれるの、関川君だけなんだよねー」


 ギロリと振り向いた蒼ちゃん、

「ほら、言ったじゃないですか! 関川さんみんなに優しいから、こうやってみんな勘違いしちゃうんですよ」


 勘違いって? 何を?


 僕は疑問符がいっぱいになる。


「関川君、今日申し訳ないけれど残業お願いできないかしら?」

 そこへ、丁度通りがかった紫原むらさきばら係長が、美しい眉を申し訳なさそうに下げながら聞いて来た。


 おお! 紫原係長! なんてナイスなタイミング!

 美しい助け船。

 と、僕が即決返事をしようとしたのに、なぜか別の声がかぶさってくる。


「関川君、探してたの。今日は得意先のA社へ行くから一緒に来てもらえないかな。先方の社長さん、あなたのことお気に入りなのよ。だから一緒に行って欲しいんだよね」


 営業課の朱里あけざと課長が拝むようにしてやって来た。

 そう言われてみれば、先方の緑川みどりかわ社長、やたら俺の個人アカウント聞きたがっていたな。かわすのに苦労した……


 あれ?


 俺はゆっくりと給湯室の中を見回した。


 偶然か必然か?

 今この狭い給湯室に、朱、桃、黄、蒼、紫の五人が揃って、勝手に僕の今夜のスケジュールを決めようとしていた。


 なぜだ? なんでこんなことになっているんだ?


「今夜はもう、私と約束しているんです」

 上司に臆することなく、蒼ちゃんが自信たっぷりにそう言い放つが、紫原係長がかぶりを振って睨んでいる。

「こちらは忙しいの。あなたのお約束は関川君が暇な時に変更してもらってください」

「紫原係長、今日はこちらを優先してもらえないかしら? なんといっても緑川社長はわが社にとって大きな取引相手なのよ。この契約を逃すわけにはいかないの。幸い、緑川社長は関川君がお気に入りだから」


 げ! それって? 僕人身御供ひとみごくう的な?


 朱里課長の言葉に、僕は背筋がひやりとしてしまった。

 いや、そんなことは無いよな。

 そんな理不尽なことは……


「お言葉ですけれど朱里課長、関川君は法務課の社員なんです。勝手に連れて行かれては困ります」

「あら、でもこの契約書の法的確認は、関川君の担当でしょ。きちっと契約内容の確認を目の前でする義務があるのじゃ無いかしら?」

「いいえ、それはあくまで営業課の範疇です。我々はトラブルが起きないようにチェックをしてアドバイスはしますけれど、契約自体は営業課の仕事です。いちいち付いていく必要性は無いはずです」


 紫原係長と朱里課長が静かに火花を散らす周りで、蒼ちゃんと桃子ちゃんと黄美子ちゃんは、勝手に僕との計画を叫んでいる。


「だから今日は私とデートだって言っているのに!」

 蒼ちゃんが悔しそうに唇を噛んでいる。

「もう~私だって一緒にお食事に行きたかったのに~」

 拗ねるような桃子ちゃんの声。

「あー、私のストレス解消! 関川君付き合ってくれないと困るー!」

 黄美子ちゃんは頭を抱えている。


 うん?

 なんか俺の予定をこの五人が勝手に言い合っているんだが、俺の都合は聞いてくれないのか? 

 俺の意志は?

 尊重しては……もらえそうも無いな。


 そこへ橙上とうじょう先輩の暢気な声が響いてきた。

「おーい関川! 前から言ってた野球の試合のチケット、今日の分取れたから一緒に行こう!」

 その声に微かな風穴を感じホッと息を吐いた僕。

 だがみんなの冷たい視線は、容赦無く橙上先輩をも突き刺した。


「え? なんですか、みんなして怖い顔して」

 橙上先輩は男性だ。

 二か月ほど前、結婚まで考えていた彼女に振られてから女性不信になってしまい、暇になると僕のことを遊びに誘うようになった。

 そういえば最近良くつるんでいるな。


 関川さんは私とデート!

 関川さんは私とお食事!

 関川君は私と飲みに!

 関川君は私と残業!

 関川君は私と外出です。

 そして緑川社長の接待です!

 

 みんなが僕の名前を連呼した。


「え? でも俺関川と野球見に行きたいし、チケットの日付今日だし」

 橙上先輩、女性陣の冷たい視線にも引き下がらなかった。

 おお! 先輩強くなったなぁー

 頼む! その勢いで僕をここから救い出してくれ!


 と思ったら、橙上先輩は女性陣に取り囲まれてしまった。 

  

 くそ! これでは先輩のところに行けないじゃないか。

 

 そもそもこの状況はどういうことなのか?

 とてもモテているとは言い難い。

 いやむしろこの流れは、窮地に陥る寸前だ。

 

 そう、僕は今理不尽に追い詰められているのだ。

 だが、下手な答えをすればみんなに捨てられ蔑まれることだろう。


 ガクブルし始めた僕、兎に角この場から逃げ出そうと思った。


 今がチャンスだ!

 橙上先輩がみんなを引き付けてくれている今が!


 気配を消しながら、出口目指してそろりそろりと動いていった。


「あら、関川君休憩中?」

 掃除用具を持ったまま、白髪交じりの白江しらえさんが声を掛けてきた。

 白江さんは最近ご主人を亡くされたばかりの清掃の方だ。

 ついこの間、涙を流しながらの思い出話を散々聞かされたんだったな。


 だが……給湯室脱出計画が、白江さんの一声でもろくも崩れ去る。

 みんなの視線に捕らえられ、いてもたっても居られなくなった。


「こうなったら、関川君に選んでもらいましょう。今夜誰と一緒に過ごすのか」


 そ、その言い方、ちょっと問題ありまくりなんですけど。紫原係長!


「あらーそれは私も参戦しようかしら。あはははは」

 みんなの殺気だった雰囲気を意にも介さないように、白江さんが言った。


 お陰で僕へ向けられそうになった鋭い目が、そのまま白江さんの方へ流れた。

 

 ほっ、助かった。白江さん、グッジョブ!


 俺は胸を撫でおろしたが、白江さんの言葉に少なからぬ戸惑いを感じる。


 俺を助けようと思って言っただけだよな。

 本気では無いはず。

 いくら未亡人とは言え、もう六十歳近い人だぞ。

 いやいやいや。


 「何を言っているんですか。関川さんはまだ二十八歳ですよ。白江さんとはつり合いません」


 蒼ちゃんが遠慮の欠片も無く言うと、白江さんはフンと鼻をならして、

「女は年を取るほど魅力的になるのよ。あなたのようなひよっこ、まだまだよ」


「歳を取り過ぎていても問題です。熟した丁度良い年齢と言うものがあります」

 そう言いだしたのは、朱里課長。

 

 今度は年齢を張り合っているのだろうか?


 ☆


 やいのやいの言い合っている女性陣。

 さっきから背筋に悪寒が走って堪らない僕。


 呆然としている時間は無い。

 今のうちに逃げなければ!


 ようやく辿り着いた出口から片足踏み出した僕の背中に、遂に容赦のない声が叩きつけられた。


「「「「「「「ねえ、関川君!」」」」」」」


 今夜誰を選ぶ?


 僕、今夜を迎えられないかも…… 



                完



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https://kakuyomu.jp/works/16816452219618132890/episodes/16816452219972029917

 

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