問一の答え☆

 俺は会社用携帯を胸ポケットにしまうと、


 ふ~っ


 長い溜息をついて優し気な表情を浮かべた。


 ゆっくりと彼女に近づき、トントンとせわしなく動いている指先に手を添えた。

 動きを止めたところを、すかさず握りしめる。


 彼女は疑いの目を崩してはいないものの、俺に手を取られたことで少し機嫌を直したようだ。


「早苗、そんなの、決まっているだろう」


 彼女の耳元で甘く囁くと、彼女は期待に胸を膨らませたように表情を綻ばせた。


「それじゃあ……」

「もちろん仕事さ!」


 カチャリ!


「えー只今午後八時十八分。結婚詐欺の容疑で、雨宮玲子あまみやれいこを確保しました!」


 俺はポケットの携帯に向かって言った。


「な! なによ、あんた!」


 両手に掛けられた手錠を見下ろした後、早苗は恐ろしい形相で俺を睨みつけた。

 いや、本名雨宮玲子。

 今まで数多の男を手玉にとって結婚詐欺を働いてきた張本人。


 だが直ぐにもとの可愛らしい雰囲気に戻してウルウルした瞳で尋ねてくる。

「雨宮玲子? それって誰のこと? 私は宮瀬早苗よ。隆さん何言っているのよ」

「あーすまない。でも、君からの被害届がいっぱい提出されているのでね」

「だから! 雨宮玲子って誰って言っているのよ」


 動揺を隠しながら玲子はもう一度言ってきた。

 自分の正体がばれていないと思っているらしい。


 ふっ、君が俺に居れた睡眠薬入りのコーヒーをすり替えておいたのさ。

 君が眠っている間に家中探させてもらったよ。

 まさか、本物の免許証がぬか漬けの瓶の中に入っているとは思わず、結構時間がかかってしまったが……


「じゃあ、今からぬか漬け食べに行こうか」


 俺のその言葉に、玲子の態度が急変した。

 今までの可愛いらしい女性オーラが綺麗さっぱり消え失せて、ギラギラとした女豹のような顔立ちに急変。

 憎々し気に俺に足蹴りをくらわしてきた。


 おっと、俺だって一応警察官の端くれだからな。

 そんな蹴りでやられるわけにはいかないな。


 玲子の蹴りを華麗にかわすと、傍から駆け付けた他の捜査員に玲子を引き渡す。


 ふ~っ。無事任務完了。


 つまり俺の仕事は、潜入捜査官。


 今回は悪名高い結婚詐欺師、雨宮玲子を逮捕すべく、動いていたと言うわけさ。


「あーあ、今回ばかりは私も焼きが回ったってものだね。そんなしょぼくれた男が潜入捜査員なんてさ、まさか気づかないわよね」


 しょぼくれた男で悪かったな。


 俺がしらーっとした目で見つめていると、玲子は開き直ったように言った。


「ふん! 結婚詐欺って立証が難しいって知っているんだからね。こんなふうに荒っぽく逮捕するなんて、名誉棄損で訴えてやる!」


 口の減らない女だなと思いながら、無事任務完了でほっとした。

 逃亡の恐れありと報告して、なんとか守り抜くことが出来た。


 俺の貞操をね!


                  完



(注)これは全くのフィクションです。

 結婚詐欺の容疑者を捕まえるために潜入捜査員が活躍することは……現実には無いだろうな~(^^;

 結婚詐欺罪は、現行の法律では無くて、詐欺罪が適用されるようです。

 罪状確定に至るにはなかなか難しそうですので、気をつけないといけないですね。



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